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都知事狙撃事件の〝真犯人〟を追うド真ん中のクライム・サスペンス──『泥の銃弾』

泥の銃弾(上) (新潮文庫)

泥の銃弾(上) (新潮文庫)

この『泥の銃弾』は『PSYCHO-PASS』関連のスピンオフノベライズや劇場版脚本で縦横無尽の活躍をする吉上亮の久しぶりのオリジナル長篇となる(2016年に出た『磁極告解録 殺戮の帝都』以来だから約3年ぶり?)。これまでの作品傾向的にはSF・ファンタジィが多かったわけだけれども、今作は舞台を2020年の至近未来におき、2019年に発生した都知事狙撃事件の真相を追ううちに、より大きな日本の暗部が明らかになっていく──というド真ん中のクライム・サスペンスである。

ざっくりとしたあらすじ

都知事狙撃事件の犯人はクルド人難民と発表され、国策として難民を大量に受け入れるようになっていた日本では〝わかりやすいストーリー〟として誰もが納得し、決着がついていた。だが、今どき珍しいぐらいに真実の探求に人生を賭ける記者・天宮理宇はなぜか彼に情報提供をする謎の人物アル・ブラクの手助けを借りてその結論を覆す証拠を次々と見つけ──という、最初の「都知事狙撃事件の真犯人は誰なのか」という巨大なフックから次々と背後に控えているより大きな謎が明かされていき、おいおい、どうなってんだよとフックに引かれてあっというまに読み終わってしまった。

いくつもの読みどころがあるが、まず推しておきたいのは天宮理宇と、決して姿をみせない情報提供者アル・ブラクとの顔を合わせない男同士の信頼関係が築き上げられていく、バディ物としての側面だ。アル・ブラクが寄せる情報はどれも的確で、明らかに事件の背景に深く関わっている超不審人物であり、とても信頼関係なんて構築できそうに見えないが、話が進むにつれ彼が事件の真相追求に賭ける過去が明らかになっていき、お互いがお互いの行動と信念を通してその結びつきを強めていくのだ。

そのアル・ブラクは〈シリア、トウキョウ〉なる難民が難民を守るための組織に所属している凄腕の傭兵で、血と硝煙にまみれた彼を中心としたパートや、彼の過去にからんでくるシリアでの惨劇や難民を取り巻く物語は、『極大射程』(スティーヴン・ハンター)さながらの狙撃戦も盛り込まれ──と、彼の人生がより鮮明に明らかとなる後半に伴い、どんどん物語のボルテージが上がっていくことになる。特に僕はアニメ攻殻機動隊(のS.S.Sだったかな)のスナイパー同士の戦いとか、冲方丁のシュピーゲルシリーズの狙撃戦が大好きだから、まあ大満足なわけですよ。

シリアとトウキョウが難民によって接続され、〝都知事狙撃事件の真犯人〟が次第に確固たるものとなるにつれ、今度はさらにその背後にある謎──〝なぜ日本は突然難民の受け入れを政策として推し進め始めたのか?〟に切り込んで、難民問題における日本の国際的な立ち位置を問い、シリアとトウキョウの枠を超えて広がっていく。

おわりに

『PSYCHO-PASS』で鍛えたのかどうかはわからないが迫真の警察・公安描写はどれも素晴らしいし(カフカめいた理不尽な情報操作も良い)、〝真実〟とはいったいなんなのか、対立する真実があった時、どちらを優先すべきなのか──というジャーナリズムにおける葛藤など、取り上げておきたいよみどころもまだいろいろあるのだけれども、あまり情報を開示したくないので短めだけどこんなところでやめておこう。

泥の銃弾(下) (新潮文庫)

泥の銃弾(下) (新潮文庫)