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終わりなきモルヒネとしての量的金融緩和──『中央銀行の罪 市場を操るペテンの内幕』

中央銀行の罪 市場を操るペテンの内幕

中央銀行の罪 市場を操るペテンの内幕

今の経済は僕にとっては複雑すぎる。デフレが続けば消費をしなくなって結果的に景気が後退するから、金利を引き下げて投資や消費を促し、それでもダメなら量的緩和だ、というのは理屈としては理解できるが、かといってその単純な理屈のままに実体経済に供給された金が反映されるわけではない(単純にやり方がまずいのもあるが)。

低金利は確かに人々を投資に駆り立てる効果があるだろうが、それが生産的なものかどうかははっきりとしない。投資が高リスクなものへと向かい、破綻が早まるだけかもしれない。金が供給されたところで、それがきちんと実体経済に反映されるところまで届くのかという問題もある。需要と供給、そこに住む人達の経済に対する認識、リスクに対する意識、法律の問題が複雑に関わってくるから、読みづらい。

加えて、現実の政策や銀行のとっている各種行動が国家間やトップのプレイヤー層の人間関係の配慮や力関係によってどこまで歪まされているのかが見えてこないので、意味不明なことをやっているな、とかなんでそんなことをやる必要があるんだ? と疑問に思っても、担当者が無能なのか、そういう行動をせざるを得ないパワーが背後にあるのか、というのがわかりづらいのである。そんな裏側なんか考える必要がない、理屈上の正しさを追求すればそれでよいというのももっともな話だが、結果として人間がバカをしてそういう行動や決断に出ているわけではないのなら、その背後に控えている問題を解決しなければ事態は改善しないわけで、手詰まり感がある。

で、本書は、米FRB(連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)、日本銀行といった各国の中央銀行がどのような力学や考え方や人間関係のもとに近年の量的緩和政策(やそれに類する策)を取り続けているのか、またそれには本当に効果があるのか、どのような副作用があるのか──を追っていく一冊になる。『中央銀行家たちが互いに支持を表明するか反対を表明するかは重要だ。わたしは本書で、人々を犠牲にして銀行活動に資金を供給するためにマネーを作り出してきたFRB、欧州中央銀行、日本銀行などのセントラルバンカーたちのこうした関係や権力争いを暴き出す。』

著者の立場は書名をみたらわかるが、中央銀行に対して批判的である。たとえば、2007年から2008年にかけての金融危機に対する、非常時の策としてはじまった量的緩和やマネーづくり政策がすっかり常態化してしまっていること。また、それが経済秩序の混乱をもたらし、世界中の経済状況を著しく悪化させたこと。ほとんどの中央銀行は銀行や市場に大量のマネーを供給する一方で、そのマネーが長期的で実態のある成長や安定を実現する役割を果たしていないこと、何より、そうした量的緩和を続けたところで、それを取りやめた際に大きな不況の揺り戻しがくることで、マネーを投入し続ける以外の出口戦略を誰も持っていないことを痛烈に批判していく。

 広く知られていようがいまいが、主要中央銀行のこの共謀は蔓延し、深く根づいている。おまけに、セントラルバンカーたちは、自分たちの政策に対する出口戦略、すなわち優れた巻き戻しプランを持っていない。持っていると示唆する言葉を繰り返しまき散らしているだけだ。それは巨大な雪の玉を崖っぷちまで転がして、それが転げ落ちて途中にあるものをすべて破壊してしまう前に崖が平地に変わることを期待するようなものだ。

本書を読んで、曖昧模糊としていた現在のグローバル経済がどのような力関係のもとに動いているのか、それがよりクリアになって見えてきた。ページ数も400を軽く超えており、内容もずっしり重いので読むのに時間はかかるが、現代のグローバル経済を理解するために、じっくり取り組むだけの価値のある一冊だ。

ざっくり紹介する。

構成としては、最初に2007年の金融危機後、FRBが世界の金融システムにマジック・マネーを供給したこと、なぜそれが多くの問題を引き起こしたのかという概観が語られる。その後にそれが起こした世界への影響を、メキシコ、ブラジル、中国、日本、欧州の順に中央銀行がどのように対応したのかを通して描き出していく。先に前提となる情報だけ共有しておくと、アメリカのFRBは量的金融緩和政策としてQE1(1兆7250億$、QE2(6000億$)、QE3(月400億$)がそれぞれ行われている。

で、最初に問題としてあげられているのは、FRBが供給したマネーを実体経済に回す直接的な経路がなかったことだ。それを可能にする法律も規定もなく、経路としては民間銀行からの資金供給が必要で、企業が中央銀行から直接借りられるわけではなかった。民間銀行は、そうした金を受け取る条件として実体経済に貸し出すことを義務付けられておらず、この金を使ってウォール街は投機的取引を拡大する一方で、中小企業への投資は縮小された。それでは実体経済へと行き渡りようがない。そして、FRBはこの流れを世界に押し付けることになる。『アメリカをはじめとする世界の大手銀行は、きわめて複雑につながり合い、依存し合っていたので、銀行システムにマネーが流入し続けるようにする唯一の方法は、世界中の協力者を得ることだった。』

『主要七カ国(G7)の中央銀行は二つの理由からFRBに従った。ひとつは地政学的理由、もうひとつは恐怖である。FRBの指示に従わなければ、流動性危機がさらに深刻化し、さらに長引くのではないかと恐れたのだ。』また、こうした世界的なマネー製造の影響は実施した国以外にも波及する。G7諸国が金を生み出すと、その投資先を求めてブラジルのような相対的に金利の高い国へと資金流入が加速し、過剰な投機が行われる。投機がある分にはいいじゃないか、と思うかもしれないが、実態としてはごたごたが起こり続ける。FRBの金利の引き上げや、より青い芝を求めて一度投機された莫大な金が流出するリスク、投機された銀行は自分たちの利益を増やすだけで、民間企業には高い金利のまま貸し出すことで深刻な対立が巻き起こるなど。

素人が、と思われそうだが(実際に経済は素人なのだけれども)ある国で行われた金融緩和の影響がこうして諸外国に派生していく、という視点が僕には完全に欠けていたので、このあたり(メキシコとかブラジル)の中央銀行がどのような状況で闘っているのか、という視点は非常に読んでいて面白い部分でもあった。

おわりに

本書を読んでいて感じるのは中央銀行への怒りよりかは、「もっとうまくできたはずなのに」という諦念のようなものだ。巨額の資産を持つ中央銀行は投機ではなく投資に資金を供給できたはずだった。民間銀行に資金を供給するのではなく、開発銀行や公的プロジェクトと協力できたはずだった。『そうしていたら、本当の意味で非伝統的で一般の人々にとってはるかに効果的な政策になっていただろう。だが、そうしなかったのだ。』できたのにしなかったのだから、それは中央銀行の怠慢だといえる。

『中央銀行のマネー生み出し術は、よく言って効果がなく、悪くすると、永続的な影響を考慮しないという重大な怠慢を示してきたということだ。』いま世界の中央銀行で何が起こっているのか、という複雑に絡み合った状況を、ごちゃごちゃになった糸を解きほぐすようにしてクリアに描き出してみせる、迫真の一冊だ。ぜひ読んでもらいたい。