基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

SFとして、小説としても圧巻の短篇集──『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』

勇敢にも「世界初」と銘うたれている百合SFアンソロジーである。女性同士の広い関係性を扱う百合と、サイエンスなフィクションであるSFという、重ならないわけではないが別々のジャンルが、なぜアンソロジー(色んな人が作品を寄稿してまとまったもの)になっているのか? と疑問に思う人もいるかもしれないが、いくつか大きくバズった事件があり、「百合SFイケるのでは!?」という雰囲気がじょじょに醸成され、その流れの最先端のひとつがこの『アステリズムに花束を』なのである。

百合SFアンソロジーが出るまでの流れを説明する。

流れ自体は長大なものなので最初からは追わないが、大きなきっかけとなったのは早川書房からひっそりと刊行された宮澤伊織『裏世界ピクニック』の刊行。しっとりと、されど燃え上がるように女性同士の関係性、明確に「百合」的な何かを指向した作品で、これがジワジワと人気を博し、その後、このシリーズを書いている縁で下記イベントが行われ、公式のnoteで書き起こされた時に破壊的にバズったのだ。

その後は、こうした大きな(局所的な)盛り上がりを受けて、SF専門誌であるSFマガジン2019年2月号にて百合SFの特集が組まれたことも大きい。そこには、この本にも収録されている5篇の百合SF短篇が日本人作家に書かれた他、百合姫編集長へのインタビュー、百合SFガイドとめっぽう充実した内容で、それに加えて「百合SFだと!?」的にめっちゃバズって、雑誌としては異例の増刷を重ね、その後幾度もSFと百合についてのトーク、インタビューも開かれるようになった。
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全体雑感

いきなり本書を見かけた人は「百合SFアンソロジーって何?」と驚いたかもしれないが、その背景にはこうした段階がある。というわけで、この百合SFアンソロジーではあるが──、とにかく百合がどう、SFがどうとか以前に、小説として、物語として抜群におもしろいものが集まった、今年読んだ中では飛び抜けて素晴らしいアンソロジー・短篇集だ。参加者としては、漫画で参戦の今井哲也、ベテラン小川一水、草野原々、櫻木みわ☓麦原遼の共作、南木義隆、伴名練、宮澤伊織、森田季節、陸秋槎と、ベテランから新人まで、書き手としても多様な書き手が集まっている。

正直僕自身は百合というものに格別な思い入れはなく(嫌いなわけではなく、男☓男とか異種生物におけるわけわからん性における関係性と比べて、飛び抜けて百合を好んでいるわけではないということ)、説明してきた百合SFブームみたいなのも、「へ〜みんな百合がそんなに好きなんだなあ」ぐらいの若干冷めた目で見ていたんだけれども、そんな軟弱な態度を吹き飛ばす破壊的なおもしろさがある。

SFマガジン 2019年 02 月号

SFマガジン 2019年 02 月号

ざっと紹介する。SFマガジンにのったやつ

では、全9作をざっと紹介していこう。トップバッターはブームの火付け役ともいえる、百合を語るのではなく(語っとるが)百合をやる男、宮澤伊織の「キミノスケープ」である。はーん百合SFね、どんなもんやろ、と気軽に手を伸ばしていきなりこの短篇に出会うと衝撃を受けるかもしれない。何しろ舞台は突如人間が人っ子一人いなくなってしまった世界で、ただ一人残された女性が誰かを探して世界を旅する話なのだ。女性同士の関係性を扱っているはずなのに、女性が一人しかいない!?

世界から人が消えてしまった系の話はSFではそう珍しくないが、本作はその状況に遭遇してしまった最初のパニック、そこから立ち直った女性が、日々どのような生活をおくっているのか、といった質感の描写が丁寧で素晴らしい。誰かを探して旅を続ける彼女は、ある時入った美術館の中で、「I'm fine」とだけ書かれた絵を発見するのだ*1。姿はないが、誰かがいた「痕跡」だけが残っており、今ここにはいない誰かを狂おしいほどに求めているという意味で、これも純然たる百合なのである。

続くのはライトノベル分野で活躍している森田季節の「四十九日恋文」。過去に早川から『不動カリンは一切動ぜず』という百合小説(でもある)を出していたりと百合との関係性は長い作家だ。これがなあ……霊魂が証明され、死んだ人と四十九日の間はやりとりができる、ただし一日ごとに交流に使える文字が一つずつ少なくなっていく──というシチュエーションで交わされる、二人の女性の痛切なやりとりを綴った一篇で、そんな設定と構成を考えた時点で勝ってるよね。最高、というか反則。

今井哲也「ビロウトーク」は唯一の漫画作品。枕が変わると寝られないんだ、といって実際に一秒も寝ない先輩とお気に入りの枕(先輩は前世の記憶を保持していて、前世で枕をなくしたらし)を探しに旅をする女子高生二人の物語。今井哲也の描く女の子がかわいすぎるのは言うまでもないが、うおおおお切ねえええと下降しながらもふわっと上昇して着地してみせる最後のコマが素晴らしすぎて何度も読んだ。

我々の現実の宇宙とは異なる世界である幽世と、それを基盤としたテクノロジー幽世知能を用いて地獄のような完全相互理解へといたろうとする異色作である草野原々「幽世知能」は宮澤伊織と同じく百合はここまでやっていいんだ、と百合の領域を拡張してくれる。発表作こそ著しく少ないものの、出せば一撃必殺な伴名練の「彼岸花」は恐ろしくカロリーの強い文体で、日記帳を交換する二人の女子生徒──片方が片方をお姉様と呼ぶ特異な関係性──の相互を思う強い思いが描かれていく。

最初こそ普通の、時代を古く取ったマリみてみたいなスール系百合なのかな、と思いきや、「代血(ターミナルブラッド)」、「嗜血機関(ヘマトフィリア・エンジン)」など特徴的な造語が随所に配置され、次第にこの世界の状況、この二人の特異な関係性が浮かび上がってくるのだが──そうしたプロット面を一切抜きにしても、オルガンをひく女性、日記交換という形式、お姉さまの緋文字の美しさに興奮する妹分、とひとつひとつの描写があまりにも厳かで、腹を殴り続けられるような衝撃を食らった。

ざっと紹介する。書き下ろし篇

こっからは書き下ろし篇。百合文芸小説コンテストに応募され、ソ連百合としてやたらとバズっていた南木義隆「月と怪物」がこっちで登場。1944年のソ連を始点とし、崩壊していく家族と国家を描きつつ、残された二人の姉妹が過酷な環境で生き延びていくうちに、生来利発な姉が持っている特殊な能力が、ソ連の宇宙計画と結びつくことになる。時代小説を思わせる硬めな、されど伸びやかな文体で、超能力や共感覚実験、ロボトミーなど当時のおぞましい状況に巻き込まれていく姉妹の関係性が丹念に描きこまれていて、実力派揃いの本短篇集でひけをとらない逸品だ。

続く「海の双翼」は、ゲンロンSF創作講座出身の櫻木みわと麦原遼のコンビによる共作短篇で、本書中ではもっとも幻想・ファンタジィ色が強い。「あなた」と別々の相手に向かって語りかける二人の日誌・日記のような体裁をとっており、一見めっぽう複雑な構成をとっているが、だからこその終盤の仕掛け、というか語りにぐっとくる。続く陸秋槎「色のない緑」とあわせて、言語理解についてのSFでもある。

本書の中で一番ぐっときたのが、これがはじめて発表したSFだという陸秋槎の「色のない緑」だ。舞台となっているのは何十年か先の未来。語り手の女性であるジュディス・リスは自動翻訳された小説に脚色を施す仕事をしているのだが、かつて青少年学術財団で計算言語学班として機械翻訳をテーマで共に研究していたモニカが亡くなったという連絡を受け、同班だったエマと共に葬式に赴くことになる。どうやら自殺だったようだが、果たして彼女はいったいなぜ自殺したのか? という謎と、機械翻訳は人間を凌駕しえるのか? という未来の深層学習を中心とした自然言語処理の話が密接に絡んで解決へと結びついていく、あまりにもスマートな言語SFである。

あと、陸秋槎は『元年春之祭』というこれまた異常に重たい百合ミステリィを書いているんだけれども、まさにその著者らしく死を通して相手の意図と、その死への自分の関与が見えてくるという構成でこれもまた重い百合の傑作なんだよなあ…それと同時にモニカとジュディとエマの学生時代の会話はあまりにも尊すぎて、だからこそ対比としてラストが暗く美しく浮かび上がってくるのだ。

気持ちを完全に持ってかれた後にくるラストが小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」。タイトルからして飛ばしているが中身もご機嫌。ガス惑星の大気圏を動飛行している魚を漁する女の子二人の百合で、冒頭はそんな情報一切知らないから、『柱状雲上流で高度方向の幟群をやっているので、あの昏魚はカタクチに見えると思います。カタクチだったら風上を向いてほとんど動かないので、ビームトロールで下流上方から俯角でかぶせていこう、そういう流れに、普通はなると思います』とかの謎の会話が行われてもえ、え、この人達は一体何してるの? と困惑するのだけど、読み進めるたびに徐々に情報が整理され、「はいはい、ガス惑星上での百合漁物ねわかるわかる」と了解されるようになっていくのが気持ちがいい。

ガス惑星を飛ぶ船は礎柱船と呼ばれ、全質量可換粘土でできており、太陽発電、真空航行時でそれぞれ自在に姿を変える。それを操作し、漁のときには特に網を自在に作り出すのがデコンパと呼ばれる職種であり、24歳の婚期を逃しつつあるテラは、操縦がしたいからと、本来女性がやるべきではないとされる舵取り、ツイスタに固執し、すべてをなげうってでもテラの相棒となりたいと願ったダイオードと共にコンビを組み、その中を深めていくことになるが──。女性かくあれし、という規範から踏み出すことへの勇気と浮遊感。ガス惑星に縛り付けられた氏族そのものからの解放への衝動が密に描きこまれ、アンソロジーのラストにふさわしい爽快な一篇だ。

おわりに

それまでの経緯の説明もあったとはいえちょっと長い記事になりすぎたが、まあそれぐらい一篇一篇が重要なアンソロジーだということでひとつ。「あなた」へ向けられた小説、日記帳と百合の相性の良さという幾つもの発見があり、不在の百合に理屈によってエモさを排除した百合と、百合の可能性を拡張するアンソロジーでありと、それは同時にSFの、小説の未来の拡張でもある。無論ドストレートなイチャラブな百合も(ガス惑星の軌道上とか死後の世界との四十九文字の中で)味わえるぞ!

*1:念の為。これがオチみたいな書き方だけど、これは序盤の話でまだまだ続きます