基本読書

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言葉によって綴られた幻想の架空都市──『方形の円 偽説・都市生成論』

方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)

方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション)

言葉によって綴られた幻想の架空都市──とお題が出されれば、幻想文学ファンは息もつかせず「(カルヴィーノの)見えない都市ー!」と轟をあげると思うがここに邦訳として新鋭が誕生した。ルーマニアの作家、ギョルゲ・ササルマンによる『方形の円 偽説・都市生成論』である。計36個の架空都市が一つ数ページの中におさめられており、ページをめくるたびに想像だにしなかった都市の姿が立ち現れてくる。

一つ一つの都市の記述が短いのでおお! おお! と驚きつつページをめくっていくうちにあっという間に読み終わってしまう(紙の本の長さが213ページなのもあり)。ただ、その内実はストーリーの展開というよりかは都市のスケッチに近しいものが多く、短編小説集というよりかは詩を読んでいるような、あるいは都市の写真集を見ているような感覚が沸き起こってくる。なので、何度も読み返したくなる一冊だ。

パラパラと好きなようにめくって楽しんで欲しい本だが、僕が何より惹きつけられるのは各都市についての書き出しの一行だ。とにかくそこでぐっと読者を惹き付けるぞ、と気合の入った書き出しで、毎度毎度まんまと罠にハマってのめりこまされてしまう。たとえば最初の一篇「ヴァヴィロン 格差都市」の書き出しは次のようなものである。『遠くから見ると街は塔型寺院に似ていた。だが内部構造から判断すると、むしろ何億倍にも拡大したミツバチの巣か、シロアリの巣穴と比較したほうがよい。なぜかと言うと、どっしりした日干し煉瓦製の一基の塔とは大違い、ヴァヴィロンは市民全部を住まわせる数万の暗い部屋のあるアーチ状のフロアの重なりだからだ。』

意表を突く最初の一文から即座にそれを否定、あるいは深掘りする意外な事実が判明し、どうなっているんだどうなっているんだ、この都市はなんなんだ……? と興味を湧き起こされてしまう。特にお気に入りのものをもう一篇紹介しておくと、「ヴァーティシティ 垂直市」の書き出し『その都市には起点も終点もなかった。いつもその周囲に群がっているヘリコプターから見ると一つの巨大な塔に似ていて、頂上部は遠近法効果で小さく見え、遠い彼方に消えていた。』には完全に心を持っていかれてしまう。いやー、その都市には起点も終点もなかった、というのは素晴らしいね。

著者についてとか

物語は都市の外観、内部構造の描写からはじまって、そこで住まう人々の生活を展開し、最後に都市や住民についての何らかの意外な事実が判明して終わるという構成が多いが、都市を探検する登場人物に軸足が置かれているもの、そこで暮らす人々の数百年に渡る帰結、都市そのものの変化を描き出すこともあり、わりかし自由である。

著者はこれを書いた当時建築士だったというが、それで彼の想像力が縛り付けられるということはなく、時にSF的に、時に幻想的に、時には内部構造までしっかりと描写し、と軸足をきちんと置きながら縦横無尽に広がっていくのが素晴らしい。

『時とともに、当然、人類は水中生活に慣れるだろう。』という書き出しから始まる「ポセイドニア 海中市」。完璧に同一の地区からなる都市があり、そこで暮らす住民は次第に自分の住まいの特徴がもはや見分けられなくなって、手近な空いた家に入るという解決をとるようになり、しまいにゃ何度も住まいを変えていることにすら気づかず、だんだんと個々人の差異が消えていく──という奇想短篇「ホモジェニア 等質市」。いったいいつ出現し、拡がり始め、どんな力によって拡張しているのか確かなことが一切わからない「モートピア モーター市」。

ひたすら地面を掘削し、視力は衰え、代わりに聴覚、触覚、嗅覚が異常発達したひとりの男を描き出す「プルートニア 冥王市」。氷で建設された都市であり、太陽が一度も水平線より上に上がらず、居住者は体の表面から青白い強い光を発していた──という「アンタール 南極市」。崩壊の最中を描いた「アトランティス」。意外な結末へと落着する月面都市「セレニア 月の都」──などなど、ここで紹介したのはほんの一部だが、都市の情景の圧巻のスケッチあり、奇想・SF短篇として極上の掌篇あり、と幻想小説好きだけでなくSF好きも満足させてくれる一冊である。

おわりに

本書が本国で刊行されたのは1975年のことであり、その間にスペイン語、ドイツ語、フランス語への訳出、またアーシュラ・K・ル=グインにより24篇が選ばれ、翻訳された英語版もある。本書にはフランス語版あとがき、スペイン語版まえがき、ル=グインによる英語版序文、日本語版向けのまえがき──さらにさらに、酉島伝法の解説、訳者あとがきまで収録されていて、豪勢な作りだ。好きな人はこの紹介を読んだ時点で「スキー!」となっているはずなので、ぜひどうぞ。Kindleもあるよ。

見えない都市 (河出文庫)

見えない都市 (河出文庫)