基本読書

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中国だけで2100万部、話題性と本物のおもしろさを兼ね揃えたバケモノ級の中国SF──『三体』

『三体』とは! 中国の作家劉慈欣によって書かれたSF三部作の第一部目にして、中国国内だけで三部作累計2100万部を刊行し、さらに日本でも人気のケン・リュウによる翻訳によってアメリカの歴史あるヒューゴー賞を受賞した傑作である。ヒューゴー賞受賞の何が凄いかと言うと、翻訳書としてははじめてのの受賞になるのだ。

それぐらい作品の内容が圧倒していたともいえる。で、あまりSFとは縁のなさそうなオバマやザッカーバーグも絶賛していたりとか、アニメ化が決定したりとか話題は尽きないんだけれども、とにもかくにもこれだけは覚えて帰ってもらいたいのは、この『三体』は、話題先行の内容はまあおもしろいね、いうほどじゃないけど的な軟弱な態度で読み終わる作品ではなく、その肥大化しきっているともいえる話題性に劣らない、圧倒的なおもしろさのある、純粋におもしろいSF小説であるという点だ!

読み進めるたびにガンガンスケールアップしていく世界観に、それを支える確かな背景の理屈、理論のおもしろさ! 1967年の文革から始まり、それが決定的に人生の行末を変えてしまった女性が物語の中核をなしていく、中国の歴史や文化と密接に関わった作品性! どのページも相当な知識量と同時に緻密さ、真面目さがないとこんなもんは(世界の背景とか理屈とか)書けねえと思わせられるのと同時に、頭のネジが二、三本同時にとんでなきゃこんなわけのわからん発想は出てくるはずがないと確信させられる、背反したものが高度なレベルで同居している劉慈欣の恐ろしさ!

ひとつひとつのSFギミックはありふれたものも多いのだが、本書の場合それが違和感なくしかも大量に投入・結合されており、さらにはその魅せ方、演出が素晴らしい。読みながら何度興奮して走り出しそうになったことか。『三体』読書中の人々が興奮を抑えきれず実況を始めるのを何人もみているが、その気持がよくわかる! 思わず走り出したくなるような、原初的なおもしろさに満ちた傑作なのである。

ざっと内容を紹介する。

さて、第一印象的な感想はそれぐらいにして具体的な内容を少し紹介してみよう。

驚愕の事態が明らかになるたびになんだこれはなんだこれは!? とページをめくる手が止まらなくなっていくタイプの作品なので、あまり書けることは多くないのだけれども、まず舞台となっているのは中国だ。1967年の文革を物語の端緒とし、そこで優れた物理学者であった父を失った葉文潔(イエ・ウェンジエ)はその後自身も物理学者として過ごす傍ら、『沈黙の春』に端を発する意見書を中央政府に送ったと濡れ衣を着せられて(友人の手紙の代筆をしただけだった)政治犯にされてしまう。

だがその優れた頭脳を求められ、バーターとして国内の大規模兵器研究プロジェクトにに参画することになるのだが──といって話はその40数年後、もう一方の主人公、汪淼(ワン・ミャオ)にうつることになる。汪淼はナノテクの研究者だが、彼の身の回りでは不可思議なことが起こり続ける。一流の科学者にして葉文潔の娘でもある楊冬(ヤン・ドン)が『すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも、物理学は存在しない。この行動が無責任なのはわかっています。でも、ほかにどうしようもなかった。』と書き残して自殺。他にも汪淼の周囲の物理学者らが次々と自殺を遂げ、調査の過程で次第に”人類の歴史が決定的に変わってしまった”ことを知る。

たとえば、この世界の物理法則はどこに行こうが同じ、一定のものであり、同じ質量、形を持つ物体に同じ場所で同じ運動量の変化を与えたら、同じ結果を返す。だが、それが毎回異なる結果を返すようになってしまったとしたらどうだろうか? 大金をはたして作られた高エネルギー粒子加速器は、粒子を衝突させるためのエネルギーの大きさを一桁引き上げたが、その結果判明したのは次のような事実だった。『「物理法則は時間と空間を超えて不変ではないということを意味しています」』

「丁儀、きみは明らかに、わたしよりずいぶん多くを知っている。もう少しだけ教えてくれないか? 物理法則は時間と空間を超えて不変ではないと、ほんとうに思っているのか?」
「ぼくはなにも知りませんよ。ただ、想像もつかない力が科学を殺そうとしているような気がします」
「科学を殺す? だれが」
 丁儀は汪淼の目を長いあいだじっと見つめ、それからようやく言った。「それが問題だ」

この時点では物語的にはまだ入り口。その後汪淼は突如として写真を撮ると「1200:00:00」のような数字列が入り込んでいることに気づき、しかもその数字は時間が経って撮りなおすほどにどんどん減っていく。いったいなんのカウントダウンなのか? ゼロになると何が起こるのか? 基礎理論の討論グループ〈科学フロンティア〉の女性から、汪淼は彼が進めているナノマテリアルプロジェクトを止めるように忠告を受け、実際に止めることでカウントダウンも止まるのだが──謎が謎を呼び、一研究者の命運を飛び越えた宇宙規模の問題へと接続されていくことになる。

「ナノマテリアル研究プロジェクトはすでに休止されているけれど、いつか再開するつもり?」
「もちろん、三日後だ」
「だったらカウントダウンも再開されるでしょう」
「今度はどのくらいのスケールでカウントダウンを見ることになる?」
長い沈黙。人類の理解を超えた力を代弁しているこの女性は、汪淼の逃げ道をすべて封じてしまった。
「三日後の──つまり、十四日の──午前一時から午前五時まで、全宇宙があなたのために点滅する」

VRゲーム「三体」

上の引用部を読んだとき、迷わず「うおおおおおおお」とガッツポーズをしたからね。なんというのかな、こうした「視界の端になんだかよくわからないカウントダウンが!?」の時点でおもしろいんだけれども(アイデアとしては類似のものはある)、そこからさらに怪しげな女の登場、怪しげな女がその力の証明として持ち出してきたのはさらにド派手な宇宙規模の演出で──と、無数のアイデアがあらゆるところから生えてきて、そのすべてが勝手に驚異的な成長をしていくようなおもしろさがある。

で、その後汪淼くんはあの女がやってたな……何か裏があるに違いない、とVRゲーム「三体」を起動するのだけれども、これは太陽の運行の予測がまるでつかなくなる乱紀と、一定の間隔で運行される恒紀の二つが予測不可能に入り乱れる特殊な条件が設定されたとある惑星を舞台に、周の文王や墨子といった仮想の歴史上の面々と議論をしながら、いかにしてこの規則が支配していない世界で文明を生きながらえさせるのか? を模索していく。世界は幾度も崩壊&リセットを繰り返しており、まさにゲーム的と言ったところだが、その物理的な法則性は緻密に考えられており、ゲームだがなんでもありではなくSFとして、さらには歴史物としての興奮に満ちている。

おわりに

人物を一部荊軻などに置き換え、短篇小説として仕立て直した「円」が早川書房のnoteで公開されているが、これを読んでもらえれば「歴史物」であると同時に「SF」として、地に足をつけながら壮大なほら話を平然と展開してみせる劉慈欣の凄まじい腕力を堪能いただけることだろう。最後になるが、この『三体』とこれに続く第二部『黒暗森林』、第三部『死神永生』は間違いなくこの10年で最大の話題作にしておもしろさを兼ね揃えた海外SFなので、ぜひ身をゆだねてもらいたい。

『天冥の標』の表紙イラストも手がけた富安健一郎さんの表紙も最高なんだよなあ!

同じく中国SFを楽しみたいなら、幾人もの中国作家の多彩な作品が揃った短篇集『折りたたみ北京』もオススメする。先に載せた「円」が収録されている他、同じく劉慈欣による「神様の介護係」、エッセイなども収録されているので、中国の近年のSFの状態などを知る手がかりにもなるだろう。

第二部が発売されてからの追記

第二部が発売されました。正直第二部は第一部を遥かに超えておもしろいです。

ネタバレはあるけど記事も書いたので読んでね。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp