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身体を重ねるたびに夢で訪れることができる街の地図が完成に近づいていく──『パリンプセスト』

パリンプセスト (海外文学セレクション)

パリンプセスト (海外文学セレクション)

この『パリンプセスト』は《孤児の物語》シリーズや『宝石の筏で妖精国を旅した少女』などの邦訳があるキャサリン・M・ヴァレンテの最新邦訳作品。記事の見出しにも入れたように、夢の中でしか訪れることができない街パリンプセトについての物語なんだけれども、一言で表現すると摩訶不思議、少なくとも相当変な作品だ。

半分ぐらいは夢の世界の話なのだから不思議の国のアリス的な摩訶不思議さがあるのは当然にしても、そもそも現実パートの話からして常に幻想的な雰囲気が漂っており、さらにはパリンプセトへ行くための条件が「身体のどこかに地図を持つものと性交すること」なので、登場人物が相手が男だろうが女だろうがやたらと色んなパートナーと性交しまくるのだ(性交することで相手の地図の場所にいけるのだ)。

地図を持つ者同士はどうも惹かれあうようで、性交に至る流れも村上春樹ばりにスムーズだ。たとえばノーヴェンバーという女性は食事に入ったレストランで女と出会い雑談を交わしているうちにいきなりレストランの外でキスをして「あたしが欲しいよね」と言われそのまま性交へとなだれ込んでいくし、京都に住むアマヤ・セイは新幹線の中でたまたま出会った男、サトウ・ケンジと会話をしているうちに惹かれてしまったのか連結部の隙間にケンジを連れて行って性交するし、いろいろな場所、いろいろな経緯でスッと性交に移行する。それはどれも非現実的な光景なので、ポルノ的ないやらしい感じはなく、もうほとんど性交それ自体が夢の中の出来事のようだ。

 ユミコにキスされ、銀閣寺は二人の背後で鈍く輝いた。ユミコはセイのスカートの下に手をすべりこませ、もどかしげに秘やかに指を押しつけた──近くには誰もいなかったが、太陽は白く凍った色で照りつけ、二人は大して多くをまとっていなかった。セイは足を開き、少女の手を内部に受け入れ、暖かな空気、紅葉、銀の寺院を締め出すように目を閉じた。ユミコの口のササフラスとラム酒の匂いと、鋭く尖った小さな歯が邪魔で、息が吸えなかった。セイは自分が裏返され──白から黒になり──基盤から落ちて、消え失せるのを感じた。

バラバラの場所に住む男女4人の性体験とパリンプセストでの日々を通して、次第に彼らが現実でも相互に関係を持つようになり、やがてそこ(パリンプセト)に永住するための方法を模索しはじめる──というのが大まかな流れにはなるが、この先いったいどうなるんだ!? という興味によって駆動されるというか、彼らが性交を繰り返すことによって、パリンプセトの特異な地図が、一つの絵が塗られていくように完成形へと近づいていくのをぐっと息を詰めて見守るのがたいへん楽しい物語である。

特に中盤から終盤にかけての流れは何がなんだかよくわからないんだけれども、4人の過去が次々と明かされ、それがパリンプセトで浄化され、狂おしいほどにそこでの定住を望むようになる強烈な欲望が幻想的な情景と心情の吐露と相まって、とてもぐっとくるんだよな……まあ、なにがなんだかよくわからないんだけど……。