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恐竜の始まりからその終わり、さらに「現代の恐竜」まで、一冊でみっしりまとまった快作──『恐竜の世界史──負け犬が覇者となり、絶滅するまで』

恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで

恐竜の世界史――負け犬が覇者となり、絶滅するまで

この『恐竜の世界史』はいい! 実は恐竜は羽毛が生えてたんじゃね、実はティラノサウルスって走るのそんなに早くなかった説、実は鳥、恐竜であるとか、いわゆる恐竜学もこのうん十年で化石発掘、コンピュータでの解析が進みこれまでの定説と異なる意外な真実が明らかになってきた。本書は、恐竜、その誕生から終わりを、現代最新の研究成果でアップデートし一冊でコンパクトに描き出す、非常な快作である。

 それこそが、私がこの本で語りたい物語だ。恐竜はどこから来て、どうやって支配者に成り上がったのか。どのようにして巨大化し、あるいは羽毛と翼を発達させて鳥に進化したのか。そして、なぜ鳥以外の恐竜が滅び、その結果として現代の世界に至る道が拓け、私たち人類が誕生することになったのか。そんな壮大な物語を語ろうと思う。その中で、私たち研究者が手持ちの化石を手がかりにその物語をまとめ上げてきた過程についても紹介したいし、皆さんには、恐竜を探すことをなりわいとする古生物学者の気分をいくらかでも味わってもらいたい。

恐竜、その歴史は、恐竜の前身ともいうべきものから考えると一億年以上の長期に渡るものなので、それを追っていくと恐竜それ自体の歴史というだけでなく、「地球環境の激変に翻弄され、絶滅する生物たち」の狂騒が浮かび上がってくる。『天気の子』では雨ばっか振って大変だわあと言っているが、恐竜の祖先である双弓類が繁栄するペルム紀の末期はそれどころではなく、シベリアに特大のホットスポットができ、マントルを貫いて火山から溶岩が流れ出し、何百万年も垂れ流し続けた。

そんなことが起こって地球環境に影響がないわけがない。大陸は溶岩に焼かれ、破滅的なガスが出続け、火山灰が吹き上がり、高温の二酸化炭素が蔓延し、地球は現代よりもはるかに高い気温で安定してしまう。噴出した二酸化炭素は海洋にもとけこんで海水の酸性度は上がり、海の生き物もこの過程で多くが死に絶えた。地球は環境の激変により幾度かの生物の大量絶滅を経験しているが、これはそのうちのひとつだ。

無論、生物はそこからしなやかな復活をとげる。数百万年噴火し続けた火山はその活動を停止し、二酸化炭素の脅威も減って、植物が再び繁茂し、同時に生物も多様性を増していく。だが、かつて優勢だった生物種はその姿を消している。誰もいなくなった世界、時代区分を三畳紀に移したその時代に、恐竜たちがやってくる。

最初の恐竜

最初の恐竜が現れたのは2億4000万年〜2億3000万年前の間だ。1000万年の幅があるのは、最初期の恐竜と近縁の恐竜形類がよく似ていて、判別が難しいこと。三畳紀の化石産出層の地層を年代ごとに分けるのが難しいことあたりが原因のようである。この時代、恐竜は支配的な立場ではなく、体もまだ小さいし、食物連鎖的には真ん中ぐらいにいる存在だった。支配者といえるのは巨大なワニ系統の主竜類だ。

三畳紀で特筆すべきは、地球環境的にいうと、北極から南極まで大陸が繋がっていることだ。フィクションの簡略化された世界地図みたいだが、地球にもそういう時代があったのである。そんな今とはまったく異なる地形だったからというわけではないが、当時は今よりも二酸化炭素濃度が高く、南極にも北極にも氷河はなく、夏の気温は現代のロンドンやサンフランシスコと同程度だったらしい(20〜30度ぐらい?)。暑い赤道域は一年を通して35度を下回らなかったが、エレラサウルスやエオラプトルなどの恐竜が暮らしていた中緯度域は湿度が高く、比較的住みやすかったという。

大陸もいつまでも繋がっているわけではない。三畳紀の最後の3000万年間で超大陸は左右に引っ張られ続け、裂けていった。ふーん、じゃあそこから今みたいにばらばらの大陸に分かれていったのね、というのは確かだけれども、大陸が裂けるとその裂け目から溶岩が溢れ出し、火山が噴火し、先に紹介したペルム紀の大絶滅と同じような流れでまたもや大絶滅が起きることになる。この時は植物種の実に95%が死滅し、植物を餌としていた動物も多くが死に絶えたことから絶滅した種は全体の3割を超えると言われているが、実はこの大絶滅こそが恐竜躍進のタイミングなのである。

それまで支配的だった偽鰐類の足跡がその頃を境に減り始め、恐竜は(以前は足跡の2割ほどを占めるだけだったのに)全体の5割を占めるようになり、さらには種の多様性がぐっとます。『何とも意外な展開ではないだろうか。地球史上最大級の火山噴火が起きて各地の生態系が大打撃を受けたのに、恐竜ときたら、種類を増やし、個体数を増やし、さらに大型化したのだ。ほかの動物群が滅んでいくのを尻目に、目新しい種を進化させ、新しい環境に広がっていった。』

種の深堀りと化石発掘者たちの物語

と、そんな感じで時代はジュラ紀、白亜紀へとうつり、恐竜が絶滅するきっかけとなった隕石の衝突、そして鳥類へ──と順当に進んでいくので、歴史の説明はこれぐらにしておこう。とはいえ本書はそのまま時系列順におっていくだけでなく、ティラウサウルスやトリケラトプスがどのような生態を持っていたのか深堀り紹介を行ったり、それぞれの年代に関係する化石発掘者たちのドラマが語られたりもする。

たとえば、T・レックスは全長10メートル以上、体重1.5トン。規格外の強さを持つ最上位捕食者なわけだが、なぜこれほどまでに巨大で、強くなれたのか。どれほど噛む力があり、それを支えるためにはどのような筋肉が必要で、頭骨の強度はどれほどか。一日にどれだけの食物を必要とし、子供から大人になるまでにどんな速度で成長していくのか。そうしたことを、最新のコンピュータモデルや有限要素解析などの手法を用いながら最新の知見を紹介してくれる。たとえば、T・レックスの最高速度は時速15〜40キロほどだったとか、実は狩りをする際には単独ではなく群れで行っていたかもしれないとか、「はじめて知った!」という情報も出てくるに違いない。

おわりに

「恐竜の時代」というと、鬱蒼とおいしげるジャングルの中を恐竜ががおーと言いながら我が物顔であるきまわっているイメージがどうしても湧いてくるが、常に覇者であったわけでもなく、時代ごとにその支配圏も大きさも異なり──と、本書を読むことで、より解像度高く恐竜がいた世界を捉えることができるようになるだろう。

一億年以上に渡る恐竜の歴史をこうやって概観していくと、いかに生物種が地球環境の激変にさらされながらアップダウンを繰り返し、翻弄されてきたのかがよくわかるし、生物としての力強さ、能力なんて、環境の激変の前にはまるで意味のないものだと思わずにはいられない。はたして人間は、いつか必ず起こり得る大絶滅級の環境変化を生き抜くことが出来るのか……いずれすっかり化石となって掘り返されるのを待つばかりにならないか……と心配になってくるが、ま、その時はなるだけ発掘しやすい形で残ってやりましょう(そんな結論でいいのか)。