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全篇詩のように短い文体で綴られた、復讐と暴力の連鎖──『エレベーター』

エレベーター

エレベーター

全篇詩のような短い文体で綴られていく、復讐と暴力の連鎖を描く物語だ。一ページに十数行、場合によっては一行や二行、常に最大限の効果を発揮するように文字が配置されており、文章のビートにのって途切れずに読み進めると、復讐心と悲しみの詰まったカオス的な感情へと深くシンクロしていくことになる。全篇詩のような文体と書いたが、実際には極限まで切り詰められた詩の入り口に立っているような小説の文体であり、すべてが象徴的に機能するように綿密に設計されているのが素晴らしい。

あらすじとか紹介する

主人公は、銃撃で兄を突然殺された黒人の少年ウィル。彼の属するコミュニティには3つの掟があった。ひとつ、『泣くな。何があろうと、けっして泣いてはならない。』ふたつ、『密告はするな。何があろうと、けっして密告してはならない。』みっつ、『愛する誰かが殺されたなら、殺したやつを見つけだし、かならずそいつを殺さなければならない。』ウィル少年は自身が深く兄を愛していたことに合わせて、この鉄の掟(と彼が思い込んでいる)に従って、殺人犯を自ら殺すことを決意する。

武器は? 兄であるショーンは中段の引き出しに誰にも見つからないように、どこかから手に入れてきた銃を隠していた。ウィル少年はそれを引き出しから取り出して、兄を殺す心当たりのある相手に復讐を遂げるため、7階にある自宅からエレベーターへと足を踏み入れる。で、ここからがこの物語の特異なところだが、少年が階を降りるごとに、彼とかつて関わりがあった──しかし今は暴力の犠牲となって死んでいった──幽霊たちが一人、また一人とこのエレベーターに乗り合わせてくるのだ。

で、物語はこのままエレベーターの中でL(obby)に辿り着くまでの時間がひたすら引き伸ばされて展開するのだが、この舞台設定はとても象徴的だ(原題は『LONG WAY DOWN』でこれもいいが、邦題も素晴らしい)。圧迫感があり、誰かが入ってきても逃げ場が一切なく、階から階、それぞれの目的地につくまでは嫌でも同じ場所にい続けなければならない特異な場所。エレベーターがもたらすそうした抑圧的な状態が、物語が進み階がひとつ下がり新たなゴーストが登場し、その人物がなぜ亡くなってしまったのかという、暴力の歴史が開陳されることで、より差し迫ってくるのだ。

最初に入ってくるのは、ショーンの兄貴分だったバックという男で、彼がもともとの銃の所持者だという。弾が何発入っているのか確認しろとと少年に向かって助言し、これから復讐に向かうのだと告げられても特に止めるわけでもない。続いて入ってくるのは(6階)、また別の銃撃戦に巻き込まれて亡くなってしまった、幼馴染の少女ダニだ。彼女は、何のためにその銃は必要なのかと静かに問いかけてくる。

おわりに

ひとつ階を降りるごとに、少年にとってより関係性の深い人間がエレベーターに乗り込んでくるが、それによって少年が住まう一画の、終わりなき暴力と犯罪の在り方が多層的に浮かび上がってくる。これは明らかに日本に住む大多数の人にとっての物語ではない──銃は身近にはないし、殺し殺されの暴力の連鎖も存在しない。

でも、この物語を最後まで読み終え、そこでひとつの決定的な問いかけをなされたとき、読者はきっと作中のウィル少年と同じ立場まで降りていて、これは自分のための物語だったのだと気づかずにはいられない。