基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

我々は、いかにして生まれたのか──『我々は生命を創れるのか 合成生物学が生みだしつつあるもの』

本作は、小説や科学系のノンフィクション作家である藤崎慎吾さんが講談社ブルーバックスのウェブサイトで連載していた「生命1.0への道」の書籍化したものになる。改題後の書名の通りに、「生命を創れるのか」を問い、各研究者らへのインタビューと仮説・手法の紹介が中心になっていくわけだが、生命を創るためには必然的に「我々は、いかにして生まれたのか」を欠かすことができないから、本書では、「我々はどこで、どうやって生まれたのか」も必然的に追っていくことになる。

地球の生命はどこで生まれたのか問題

地球の生命は、どこで、どうやって生まれたのか。とりあえず海なのは確かじゃろ、で、熱噴出孔みたいなところでボコボコしてるところでアミノ酸が生まれて、こうなんかうまい感じでタンパク質ができたりできなかったりしそうな感じだが、実際には専門家の中でも陸派と海派、宇宙からの隕石がきっかけだよ派などいくつもの流派で割れている。絶対的な意見があれば派閥が入り乱れたりしないので、つまりはそれぞれの意見には多かれ少なかれ乗り越えねばならぬ大きな課題があるのである。

たとえば、熱噴出孔関連の生命発生シナリオでは、実験によってアミノ酸が生成されることは確認されているものの、300℃に達するような高温環境では有機物は分解されてしまう問題がある。とはいえ、熱いとはいえ様々な温度環境が広がっていて、紫外線が届かないなどのメリットもある。一方陸上(温泉地帯)から生まれたんじゃね説の方は、生物の細胞にはナトリウムイオンよりカリウムイオンの方が多く、地上の温泉地帯と同じであること。核酸に必要なリン酸が海水中よりも温泉に多いこと。湿ったり乾いたりする場所があり、有機物が重合しやすいこと(海中では乾いた場所がなく、核酸を生成するために必要な水分子の棄却プロセスが難しいと想定される)温泉が100℃以下のちょうどいい温度であることなどがメリットとして挙げられる。

ちなみに──本書でいうところの生命って何を指しているの? と疑問に思うかもしれないが、次のような定義が用いられていることが多い。『科学的に「とりあえず」生命とは何かを定義しようとなった場合、自他を区別する「境界」があり、「代謝」と「自己複製」をする、という特徴を使うことが多い。近年はこれに「進化」する、を加えるようになっている。』で、どちらの説であっても、アミノ酸ができて核酸ができて、と進むことは保証していないし、こうした生命の定義には至らない。

そこでまた別仮説が必要になってくるが、たとえば、がらくたワールド説というものがある。これは、アミノ酸を含む水溶液を熱することでできる小さな細胞状の構造体ができるといった、「生命っぽいもの」の生成が熱水噴出域のような場所でバラバラに同時進行することで、「生命0.0001」から「生命0.1」、「生命0.3」のように小さなバージョンアップを繰り返していつしか複雑なRNAのような構造を獲得するに至ったのではないかとする説だが、これも結局のところはどうやってRNAやらタンパク質ができるのかには答えられないので(仮説はある)、霧の中なのは変わらない。

かつての地球にはもっと頻繁に隕石が飛来していて、その隕石の中にはアミノ酸や核酸塩基を含むものがあることから、それを起源とする説もあるが(これも一つじゃなくて火星生命起源説など無数のバリエーションがある)、結局どうやったら複雑な生物ができるのかについてはまだわからんので、結論はでない。

じゃあ、どうやって創るのか

どうやって生まれたのかわからなければ創りようがなくない? と思ったし、現に完全な人工生命みたいなものはまだできていないのだけれども、部分部分ならつくれる、というのが著者がインタビューする研究者らがやっていることである。たとえば、自発的に動き回り自己複製をする生命は無理でも、細胞をつくる、細胞の中でもまずは細胞膜をつくる、と細かなステップを踏んでいくことは可能なのである。

たとえば、細胞膜なら100円ショップの材料でつくれるといい、著者はつくってその手順を本書の中で公開している。30分ほどあれば誰でもできるし、さらにもう少し手間をかければ細胞膜の中にDNAを注入することもできる。それは自己複製するわけでもないし代謝もしないから細胞の模型のようなものだが、そんなかんたんに模型ができてしまうなら本物の生きた細胞もすぐできるんじゃないの、と思ってしまう。

実際、プロの研究者はもっと高度なやり方で作った細胞膜の中に、細胞がタンパク質を作るときの行程(DNAをmRNAに転写して、タンパク質に反映させる仕組み)を再現するシステムを入れ、タンパク質を生成させている。自己複製もできないし、出口と入り口もないからエネルギーと老廃物の出し入れもできないが、生命っぽい。「なんだ、その程度なの」と思うかもしれないが、こうして一歩一歩進めていくことで、生命が持つ機能を分解して検討し、踏破していくことができるという利点がある。

例を挙げると、このちょっとした機能を持つ細胞膜に「自分でエネルギー源を得る」機能をつけるにはどうしたらいいか?(光合成に似た仕組みを再現できないか?)を検討し、その仕組自体を内部で生成できないか、と試行錯誤し、と現在も一歩一歩進めている最中なのである。光合成機能を可能にする人工葉緑体はすでにできていて、生命に必須の機能のひとつである「代謝」の実現が近いとみられている。

さまざまな段階の生命を再現しようとする人たちがいる

細胞膜に光合成の能力を入れたり自己複製させようとしたりする人がいる一方で、それよりもっと前段階の生命の生成を狙っている研究者たちがやっていることも、本書では続けて紹介されていく。たとえば、まだ形すらも曖昧で「単なる高分子」的な生命0.1レベルの再現を狙っている人もいるし、アミノ酸や核酸ができるもっとずっと手前、生命0.00000001から生命0.09ぐらいを中心に研究している人もいる。

宇宙の起源にすら迫ろうとしている(宇宙の起源もまだわかっとらんが)人類が、いまだに生命の成立過程については謎が多く、無数の領域で研究を続けているということそれ自体が僕にはとても興味深く感じられる。原初的な生命の成立過程を知ることは、過去の地球・宇宙環境についても深く知る必要もあり、様々な分野の知識が総動員されなければならないというのもこの分野の科学的なおもしろさを物語っている。

おわりに

紹介で触れられなかった点としては、「創造過程を完全に把握している生きた人工細胞が作れた場合、その人工細胞は死なないのではないか(もとに戻せるから)」という死に関する問いかけであったり、この世に存在しない生物、生命をデザインできるんじゃないの? という「生命2.0」に関連する話だったり、非常に読み応えがある。

正直、まだわかっていないこと、できていないことも多く、一般向けの本としてまとめるのは相当難しかったんじゃないかと想像するが、著者は果敢に挑戦し、実りある記述を勝ち取っている。オススメ! 宇宙を創りたい人には下記をオススメ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp