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人間集団の大きな流れの物語──『人口で語る世界史』

人口で語る世界史 (文春e-book)

人口で語る世界史 (文春e-book)

人口については、日本においては最重要検討事項のひとつだろう。日本の年齢の中央値は現在46歳。世界で最も高い部類で、米国より9歳も高い。1950年に20人に1人だった65歳以上の人数は、2005年には5人に1人。出生率は世界的にみても最低レベルで、どんどん人口減少と高齢化が進む、世界でも有数の先駆者だからである。

で、本書はそうした人口的な観点から世界史を捉え直していく一冊である。人口は戦力的にも経済的にも重要だから、その変動をおうことで文明の発展、個人の生活の変化について、多くの部分の理由を説明することができるし、これがおもしろい。たとえばバラク・オバマの当選については、アメリカが非白人社会に向かっていなければ実現しないことだった。逆に、トランプの当選には白人票(白人の58%が投票した)が重要だったわけだが、21世紀の半ばにはアメリカの白人は全人口の50%未満となり、白人層人気で非白人層の不人気を埋め合わせるには厳しい時代を迎えつつある。

また、より広い視点としては、この200年〜300年ばかりの間で、10億にも満たなかった世界人口が70億を超え、わずか30歳ちょっとだった寿命が80を超えるまでになった国も出てきて──と、世界人口の変貌ぶりには驚くべきものがある。

ますます速くなる人口動向の大変化という嵐が、地球上のある地域から別の地域へと吹き荒れ、古い生活形態を根こそぎにして、新しいものが取って代わる。本書はあちらで増えてはこちらで減る人口の潮流、人間集団の大きな流れの物語である。そしてその見落とされ軽視されてきた潮流が、歴史の流れにどれほど大きな影響を与えてきたかを語るものだ。

200年足らずの間に起こったのは一気に増えただけではなく、一気に減ることでもある。たとえばタイの女性が生む子どもの数は1960年代の後半に比べて4人少なく、現在の世界の人口増加率は1970年代初頭の半分である。まだまだ人口は(アフリカなどを中心として)増え続けているが、それも21世紀中には終わり、その後は世界的な人口減少が続くことがほぼ確定している。なぜ未来の人口の増減が把握できるのか? といったことも、本書で取り上げられる話題のひとつである。

全体的な構成など

さて、その人口の世界史は、具体的にどの年代から語られるのか──といえば、意外かもしれないがわりと最近で、1800年からはじまる。これには正当な理由があって、それ以前の世界全体の人口増加については緩やかで、黒死病みたいなものが発生した時は後退するなどするが、それは一時的な傾向にすぎないからである。人口動向に大きな変化が起こるのは、1800年以降であり、それゆえ本書はそこから始まる。

1800年頃を境として、まずヨーロッパを中心に人口が爆発的に増え始めるのだが、人口が増える理由は3つしかない。出生率が増えること、死亡率が減ること、移民が増えることである。当時はだから、産業革命をきっかけとしてこれらのことが同時に進行していたのである。本書ではそうした状況を、まずは英国を中心に語り、その後ドイツ、アメリカ、ロシア、日本、中国、東南アジア、そして最後に現状まだまだ増え続けているアフリカの順番で語っていくことになる。

人口動向について、未来に確実に起こること

日本、中国、韓国などのアジア諸国も、おおむね英国と同じ経路で人口が増え続け、減り始めた。基本的に、女性が教育を受けるようになると、出生率は下がる。『教育を受けた女性が六人や八人の子を生むことは、個々のケースではあっても、社会全体のレベルでは起こらない。』また、女性が教育を受けられる社会ではインフラの整備も進んでいるので死亡率が下がって平均年齢が上がり、少子高齢化が進行する。

ヨーロッパの国の多くではすでに人口減少がはじまっていて、ブルガリアとモルドバは21世紀末には現在の人口の半分、ドイツは10%減、イタリアは20%減とみられている。それにより白人率の低下が起こり、民族間の対立がさらに激しくなっていくかもしれない。一方で、過去40年で全世界で年間2%だった人口増加率が、1%前後にまで低下しているので、環境に優しい社会へと移行するチャンスでもある。

日本からブルガリアまで、人口が減り始めたところでは、急速に自然が取り戻される。アフリカの出生率の低下速度が予想よりも遅かったために、国連の現在の予測では世界の人口は今世紀末まで百十億を超えて増加し続ける。しかし増加速度は現在の十分の一、一九六〇年代から一九七〇年代前半までの二十分の一で、そのころには人口も安定し始めているはずだ。前に使った比喩をもう一度使えば、人口は最初はゆっくり走っていて、やがて猛烈なスピードで走り出す車のようなものだ。しかし最近は大幅に減速しているので、今世紀の終わりまでに止まる可能性が高い。

人口減少は高齢化とセットでもあり、高齢化に伴って年金と介護の問題がこれから世界的な問題になるだろう(日本は一足先になっているが)。同時に、若者と犯罪率の高さには相関があるので、どちらかといえば平和な世界になるのかもしれない。

おわりに

ここでいうところの予測は現在の技術水準からの予測なので、デザイナー・ベビーの普及や平均寿命の飛躍的な向上のようなことが起こりえれば人口動向に対する大きなインパクト足り得る。うーん、でも個人的にはそういうことにはならないんじゃないかな、と思う。100年、200年の単位で起こるのは人口減少でしょうね。

本書はそうした起こりうる未来へのショックについてなにかの解決策を示してくれるものでもないが、今世界で何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるのかの大きな物語について、かなり精度の高い予測を提供してくれているので、ぜひ読んでもらいたいところだ。