- 作者: エヴァンラトリフ,Evan Ratliff,竹田円
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/10/17
- メディア: 単行本
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この男、2012年には逮捕されているわけなんだけれども、いうて麻薬王なんかやべーやつがいくらでもいるし、「魔王」は言いすぎでしょと思っていた。だが、実際に読み進めていくうちに最初の方はある程度まともに見えたのだがどんどんイカれた所業に手を出していって、「いやそれ絶対ウソやん笑」みたいな噂=神話の数々を実際に彼が計画していたということが実際に明らかになり、「うーん、いや、これは確かに、魔王ありですね」という方に傾いていくのだ。
たとえばインド洋に浮かぶ島国のセーシェルに数十人の傭兵を送り込んでクーデターを起こそうとしてたとか……。そもそも、麻薬取引をする前から巨万の富を得ていたのに、なぜそんな破滅的な方向へ行かなければならなかったのか、というのが皆目わからない男なのである。でも、だからこそ(読み物としては)魅力的があるのだ。ちなみに、アベンジャーズでその類まれなコントロール能力を発揮したルッソ兄弟がこの男についてのTVシリーズをとることが決まっているという。絶対おもしろいよ!
ポール・ル・ルーという男
というわけでこのポール・ル・ルーという男が何者なのかをざっとご紹介しよう。この男、1972年、ジンバブエに生まれる。義理の両親に養子として育てられ、そのことを後年に至るまで知らなかったことで人生観に決定的な変化が訪れたようだ。
10代の頃に彼は幸いにもプログラミングにのめり込むのだけれども、巨大な犯罪帝国を作り上げていくうえで、そのプログラミング能力が寄与していた側面も大きい。彼は今では暗号化ソフトとしては著名なTrueCrypt(開発に関わっていたという話もある)の前身の暗号化ソフトE4Mの開発者で、「絶対に破られない情報」を持つことの強み、意味を理解している男だった。巨大な犯罪組織を作り上げていくうえでも、彼は常に秘密主義で、疑り深く、あらゆる情報を暗号化させようとしていたのだ。
そうした幼少期、雇われプログラマとしての日々を過ごした後、彼は自然な流れで事業を立ち上げることになるのだが、そのうちの一つが爆発的に当たった。それはいってみればインターネット薬局事業で、薬局と医師それぞれと個別に契約を結び、顧客からの諸症状がまとめられると、医師の画面にざーっと表示され、医師はそれが妥当なものであれば承認を押し、薬局に送られ、と顧客は医者に出向くことなく鎮痛薬の処方箋を手に入れることができる。違法じゃないの? と思うかもしれないが、医師は薬の間隔とか分量を把握していて、「この前出したばっかりでしょ」といって出さないなどの判断をすることも可能なので、合法的な側面もある事業でもあった。
とはいえ、それはやはり無条件に素晴らしいものではない。たとえば医師の画面には「一括承認」ボタンがあったし(つまり、一切診断しなくても何十人に薬の許可を与えられた)、医師は一人あたり2ドルの金を受け取っていたから、ほんの数年で何千万ドルといった金を荒稼ぎしていた。しかもアメリカは州ごとに法律が異なるので、そうした面の複雑なルールについてもかなり危ういなど、問題も多かった。
犯罪が加速していく
それにしてもその合法寄りのインターネット薬局は爆当たりして、たやすく数億ドルの金を手に入れたのだから、そこで満足してもよさそうなものである。その後多数の傭兵、麻薬事業、武器商人、契約殺人者らと深い付き合いのある非合法の世界へ舵をとる必要はまったく見当たらない。でも、彼はそうせざるを得ない人間だった。
とにかく少しでも多くの金を手に入れ、自分の「帝国」を作り上げることに妄執していた男であることが、関係各所へのインタビューで浮かび上がってくる。
「きっちりした計画の話を聞かせてくれたことは一度もないが……」。そう語るのは、先ほどとは別のコールセンター長だ。「『自分の小さな王国』の話はよくしていたな。『俺たちはアフリカで王国を手に入れるんだ』とか『人々は俺を偉大な指導者と呼ぶだろう』とか、何度も聞かされたよ」
やることなすことめちゃくちゃだ。女たちを買いあさり、片っ端からはらませて、『自分の血を分けた子供たちで信頼できる軍団をつくろうと思っていたのだ。』とか。ソマリアの海域に海賊がはびこっていて、外国漁船がまともに漁ができずマグロが溢れかえっているから、海賊たちを殺しながらソマリアでマグロ漁業をはじめようとか。戦闘が発生するので、銃撃戦のための作業場の装甲化をはじめ、ウクライナから強力な重火器を空輸し、とどんどんやることのスケールが増していくのである。
アメリカ沿岸警備艇に追われて海に捨てられたコカイン2トンが川辺に流れ着き、ル・ルーの一派がそれに気がついて二束三文で買い叩いて莫大な利益を挙げたことから自分たちでも麻薬を作ろうと生産拠点を立ち上げまくるとか。麻薬事業は輸送が重要だから、空輸するためにプレデターという小型無人機をリバースハッキングしたり、北朝鮮から潜水艦を買おうとして失敗して、麻薬輸送用の小型潜水艦を自分たちで作ろうとしたり、しまいにゃソマリアの海賊と組んでセーシェルにいって金持ちをさらい、人質にして身代金をいただこうという「海賊事業」に手を出したりもする。
普通そんなことできないわけだが、もうこの頃には莫大な資金と武器商人らとの付き合い、数百人単位の傭兵、個人的な殺しを請け負う殺し屋とのコネクションがあったので、不可能ではない。実際、ソマリアに送るため、ガトリング砲10門、誘導ミサイル5発、手榴弾1000、AKM500、RPG300、銃弾数百万個(他、対人地雷200個など続く)みたいな武器リストを作っていて、完全に戦争規模の戦闘行動なんだよね。
著者、エヴァン・ラトリフの筆致が凄い!
著者エヴァン・ラトリフの筆致も凄く、下記引用部(序章の最終段落)みたいに「いやそれ絶対盛ってるでしょ笑」みたいな文章上の演出が頻出するのだけれども、それがまた神話と現実が区別しがたいポール・ル・ルーという男の人生と響き合っている。
黒幕の名前を教える気はないかとリヴェラに尋ねると、彼は拒絶した。ある人物だと核心しているが、その名前を口に出したくはない、と。麻薬取締局は「否定も肯定もしない」だろうな、と彼は言った。
だが私には、彼に違いないとすでに確信する、ある人物がいた。「私がこれだと思う名前を言ったら、その人物かどうか教えてくれませんか?」私は尋ねた。
「いいだろう」
「ポール・ル・ルー」
リヴェラがテーブルに拳をたたきつけた。そして無言のまま数秒、私の目を見つめ、声を落としてささやいた。「そのポール・ル・ルーってやつが、超ヤバい野郎だ」
なぜ、ポール・ル・ルーはそんな生き方しかできなかったのかを語りながら、本書のような形で、「凄い凄いと物語られること」それ自体が彼の破滅的なプライドを満たすものになってしまっている側面もあると取り上げ──と、無数の文脈を「ストーリー」として織り込んでいくエヴァン・ラトリフの作家としての力量にも脱帽である。とにかく今年読んだ犯罪物ノンフィクションの中でもピカイチにおもしろい本なので、オススメっすよ!