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『ギルガメシュ叙事詩』から『叛逆航路』まで、神話、SF、幻想、ファンタジィ中心の最高のブックガイド!──『世界物語大事典』

世界物語大事典

世界物語大事典

この『世界物語大事典』はすごい本だ! 

この世界には様々な本が存在するが、その中でも「僅かなりとも現実から離れた」、つまり神話とかSFとか幻想、ファンタジィを中心に、太古の『ギルガメシュ叙事詩』から現代の『ハンガー・ゲーム』まで、幅広く紹介していく一冊である。

文字数的には1500〜4500ぐらいに収まり、深く解説しないものも多い。そうはいっても英語圏のみならず中国、日本の小説(『1Q84』とか)取り揃え、ざっとした内容紹介からその小説が当時どのように受け入れられたのか、どのような歴史的意義があるのかを解説していってくれるので、一言でいえばたいへん勉強になる一冊だ。

たとえば、叙事詩『ベオウルフ』とか「なんかベオウルフっていう英雄の話でしょ?」ぐらいのことはしっていても、それがどのような英雄譚なのかほとんどの人は知らないだろう。本書を読めば、そうした「聞いたことはあるけど内容はほぼ知らない」とか「聞いたこともない」小説の内容と共に、この物語史の中でどのような位置を占めているのかと言った見取り図を把握することができるのだ。取り上げられている本の多くは古典的名著で、今なお日本語で読むことができることもありがたい。

また、本の全体的な装丁も大変素晴らしい。特に中も、文字での紹介が並ぶだけでなく必ず本を象徴する絵画なり、イラストなり、映画のワンシーンなどが差し挟まれており、最初から最後までじっくり読んでも楽しいし、ぱらぱらとめくりながら画集のように楽しむのもいいだろう。とにかく物語好きには手にとってもらいたい本だ。

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星の王子さま

どんな本が取り上げられていくのか。

さて、どんな本が取り上げられていくのか、その一部を羅列していくと……。『ギルガメシュ叙事詩』から始まって、『オデュッセイア』、『変身物語』、『ベオウルフ』と最初は神話が続くが、だんだん年代が後代にうつるにつれて、『西遊記』、『ドン・キホーテ』、『テンペスト』、『ガリヴァー旅行記』、『ニルス・クリムの地下世界への旅』、『不思議の国のアリス』──あたりまでいくと読んだ人も出てくるだろう本が紹介されていく。それからこのころからヴェルヌの『海底二万里』のような純SFも紹介に入り始め、ウェルズ『タイムマシン』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、スタニスワフ・レム『ソラリス』もばっちり入っている。

もちろん『指輪物語』や『オズの魔法使い』、『ナルニア国物語』、『ゲド戦記』といったファンタジィで外すことのできな傑作たちも長文で紹介されているし、『クトゥルー神話』も入っているぞ! 執筆者は各分野の専門家が担当していて、その熱い紹介文にも基本的には読み応えがある。たとえば下記は、ボルヘスの『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』について書かれた文章のうちの一節である。

 物語のなかで、さらには物語を超えて、ボルヘスは詩的感性と信念を現実の世界を変える原動力にしている。その文章は、博覧強記の者たちによる啓蒙の試みから、人類の知識全体を抽出して記録することへ少しずつ移り、さらには世界を新しく書き換えるという過激な営為へと変化していく。

SF的に有名所でいうと、ディックの電気羊であったり、ダグラス・アダムスの『銀河ヒッチハイク・ガイド』、ギブスンの『ニューロマンサー』、アトウッドの『侍女の物語』、スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』、ミエヴィルの〈バス=ラグ〉シリーズなどなど、SFファンであればついついどう紹介されているか読みたくなってしまう本が勢揃いである。一番最後に書かれているのはサルマン・ラシュディの『二年八か月二十八夜』(未訳)で、SFファン的にもっとも最近目にしたのはおそらくアン・レッキーの〈叛逆航路〉三部作(2013~2015)だろう。

ナイジェリアのラゴスを舞台にしたSFンネディ・オコラフォー『ラグーン』(2014)など、特に近年刊行で紹介されているものは未訳のものも多く、読みたくても読めない(英語では読めるが……)作品がたまるのも楽しい。

おわりに

人々を突き動かし、共通言語たりえる文学の力について語った『物語創世 聖書から〈ハリー・ポッター〉まで、文学の偉大なる力』や、沖田瑞穂さんのインド神話から北欧、オセアニア、中南米の神話までをざっくり解説した『世界の神話』など、「文学」「神話」についてのあたり本が最近多いので、合わせて楽しんでもらいたい。

この手の本はちと高いのがたまに傷だが、『世界の神話』は新書だし、とっつきやすくていいですよ! 神話や物語(特にSFやファンタジィ)はもちろん現実からある程度距離の離れた作り話なわけだけれども、だからこそ持ち得る機能もあって、現代を生きる我々にも多くの意味を教えてくれる。

世界の神話 (岩波ジュニア新書)

世界の神話 (岩波ジュニア新書)