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世界に対する認識そのものが問われる、SF密室ミステリィ──『世界樹の棺』

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

世界樹の棺 (星海社FICTIONS)

  • 作者:筒城 灯士郎,淵゛
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/11/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
この『世界樹の館』は、『ビアンカ・オーバーステップ』という作品で衝撃のデビューを飾った筒城灯士郎の最新作である。ビアンカの何が衝撃のデビューだったのかというと、もともと筒井康隆がはじめてライトノベルを書いたという触れ込みの『ビアンカ・オーバースタディ』という作品があった。筒城灯士郎はその続篇を勝手に書いて新人賞に応募してきて、権利面などの困難さはあるものの、それをはねのけるだけのパワーを持った作品であったためにデビューに至ったという経緯があるのである。
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で、実際『ビアンカ〜』って、コメディからシリアスまで縦横無尽にこなし、メタ・パラフィクションであり、能力バトルであり異世界物であり同時に超弩級のSFであるというめちゃくちゃな要素が見事に混交した傑作だったのだ。もし読んだことがない人がいるのならば、どこかで機会をみて読んでもらいたい──と、それはおいといてそんな著者の第二作がこの『世界樹の棺』なのである。で、これがまたべらぼうにおもしろい! 前作から引き続いて無数のジャンルが混交し、相変わらず怒涛の百合であり、最後まで読んだ後思わず読み返さざるを得ないタイプのミステリィだ。

書名やその表紙からはファンタジィ的な世界観を想起するが、最実際初の舞台は美しい架空の小国を舞台に恋塚愛理というメイドの少女を主人公に展開する真っ当なファンタジィである。だが次第に、〈古代人形〉と呼ばれる人間とほぼ見分けの点かない存在をめぐった人/ロボットの境界問題が取り上げられるようになり、〈世界樹の苗木〉の中で密室殺人事件が起こる──といった流れで、SFからミステリまで様々な趣向を取り込んだ『ビアンカ〜』以来のごった煮感が戻ってくることになる。

序盤ののんびり小国漫遊パートから多数の違和感が仕込まれているのだが、それ以外にも大きな物としては、〈古代文明〉〈古代人形〉とは何なのか、恋塚愛理のパートと交互に挟まれる時系列のよくわからないお姫様と愛理の恋愛パートはいつの、どのような状況の話なのかなど世界の謎が明らかになっていくにつれ、この物語、世界、それ自体への「認識」が一変することになる。一言でいえばこれは世界に対する認識そのものが問われるミステリィで、SF✕ファンタジィ✕ミステリィ、それぞれの要素が不可欠に結びあわなければ成立しない作品なのである。

ざっと世界観とかを紹介する。

主な舞台となっているのは〈世界樹の苗木〉と呼ばれる巨大な大樹が存在している石国(せきこく)である。石国は超大国である帝国に対して弱い位置にあり、「旧文明時代兵器」を帝国へと供託する、石国の民が帝国の民を傷つけてはならないなどいくつかのルールに縛られることを条件に、ぎりぎり侵攻されることを免れている状態だ。

〈世界樹の苗木〉の中は空洞であり、そこには旧文明時代のからくりである〈古代人形〉が住み着いていると言われている。最初は石国のお姫様に使えるメイド、恋塚愛理の視点を通して美しい町並みをゆっくりと見渡していくわけだけれども、定期的に行われているはずの〈古代人形〉との交易の場に彼らがやってこないという異変があったことから、趣味で考古学をやっている男、通称〈ハカセ〉と愛理が調査に赴くことになる──というのが冒頭の流れであり、このへんまでは完全にファンタジィだ。

少しずつ積もっていく違和感。

だが、そこから物語はどんどんきな臭くなっていく。たとえば、古代人形は人形とはいってもその実態は人間とほぼ同質に作られており、食事から構成素材は異なるものの見た目は見分けがつかないという。さらに、先行して世界樹に赴いた者たちが発見したのは、人間と同数いたはずの古代人形が一体もみつからなくなっている事実だ。

『「──じつはわたしたちの住むこの街に、すでに、こっそり紛れていたりしません?」』という疑問も湧いてくるが、世界樹には関所があってかなり厳重にやっているから不可能だろうという。違和感はまだまだあって、たとえばハカセと愛理がどちらも「ハイオク」を頼んでごくごくと飲む。世界樹に入り込んでからは、そこで暮らす6人の少女(全員人間であると主張している)と出会うのだけど、彼女たちが本当に人間なのか見当もつかない。その少女たちは愛理の目から見れば人間と同じ食事を食べているのだが、たまに乾電池をおやつとしてナメているなど不可思議な点も多い。

そうこうしているうちに実質的な密室下で6人のうち1人が殺されてしまい、ミステリ展開がスタートするわけだが、『これは死体か? それともスクラップか?』というように、死体発覚を契機としてヒトと古代人形の真実が明らかにされていく。このヒトか、古代人形か、という問いは別の場所では石国と帝国間の取り決めである「石国の民が帝国の民を傷つけてはならない」にかかってきたり(民の中に古代人形は含まれないから、古代人形であるならば条約違反ではないといえる)、特殊ルールミステリのおもしろさが国家規模の紛争に適応されていくスケールのおもしろさもある。

おわりに

物語的にはこのあとさらなる殺人事件が起こり、それを解き明かす過程でこの世界がこうなるに至った経緯もまた、次々と明らかになっていくのだが、その時に問われるのは、ヒトか、古代人形かという判別を超えた、「この世界を我々はどう認識するのか」という世界の認識そのものである。最後まで読み終えることで、殺人事件の謎が解き明かされるだけでなく、それまで見てきた「この世界の様相」それ自体がガラッと切り替わり、冒頭で見てきた美しい小国の町並みが、まったく別の風景として立ち上がってくることになる。その体験はまさにSFを読む醍醐味に満ちあふれたものだ。

ロボット三原則と特殊なファンタジィ設定が組み合わさった独特としか言いようがない特殊ルールミステリィが展開するので、特殊で難しいことをやっている一方で会話文のリズムの良さ、セリフのかけあいのおもしろさも飛び抜けている、とにかく隙のない作品である。童話っぽい雰囲気とノリとツッコミのテンポ、ジャンルを貪欲になんでも取り込んでいく作品傾向など無数のポイントが田中ロミオの『人類は衰退しました』シリーズに近いので、田中ロミオファンにも手にとってもらいたいところだ。
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