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アジアンテイストな〈シュヤ宇宙〉を舞台に、宇宙船の魂を人が孕む特殊な世界観を描き出すSF短篇集──『茶匠と探偵』

茶匠と探偵

茶匠と探偵

この『茶匠と探偵』は、現実とは異なる歴史をたどって中国やベトナムの文化・価値観が支配的になった〈シュヤ宇宙〉に属する短篇を集めた日本オリジナル編集の短篇集である。著者のアリエット・ド・ボダールは(本としては)これが初めての邦訳作だが、ネビュラ賞や英国SF協会賞など多数の受賞歴のあるベテラン作家。

ド・ボダールはフランス人の父とベトナム人の母から生まれ、(ニューヨークで生まれた後)一歳の時にフランスのパリに移住。そこで育ったために母語はフランス語ということになるのだが、小説は英語で書いているという。本書には〈シュヤ宇宙〉に属するド・ボダールによる31の短篇のうちから9篇が選び出されているわけだが、すべての話は独立しており、さらにはかなり高い水準でまとまっている。

スペースオペラは西洋的な価値観が基本となっていることが多いから、輪廻転生観であったり、親を敬うなどの儒教的な価値観、「深宇宙」と呼ばれる空間へ現実感覚を失わずに行くために茶匠が特別に調合したお茶が必要という設定が出てくると、それだけで非常に新しい手触りを感じさせてくれる。詩情豊かに複雑な感情を伝えてくるゴージャスな文体、SF的な描写と独自な世界観が合わさったオリジナルな宇宙は唯一無二のものだ。著者は影響の筆頭としてル・グインを挙げているが、僕が個人的に似ているなと感じたのはコードウェイナー・スミスの〈人類補完機構〉だった。

世界観自体はまったく似てないんだけど、なんというかこの詩的な豪華さと「この設定はどこから現れたんだろう」とまったく推測もできないけれど引き込まれてしまう世界の性質が似通って感じられるんだよね。とにかく新しくおもしろい物語であることには間違いがない。9篇のうちから、幾つかピックアップして紹介してみよう。

その特異な世界観

と思ったが、まずはこの特異な世界観を先に紹介しておいたほうがいいだろう。著者HPの説明によると、この〈シュヤ宇宙〉では中国が先にアメリカ大陸を発見し、探検したことによって中国が内側に沈み込まなかったことで分岐が起こったということになっている。15世紀に北米にXuya(旴涯/シュヤ)というこの宇宙の名前になっている植民地が設立され、(地球側の)物語の中心的な役割を果たしていくことになる。

初期の数篇は地球が舞台になっているがその後は人類が宇宙に広がっていった世界を描くものが多く、そこではベトナム文化の末裔である大越帝国(ダイ・ヴィエト)と呼ばれる国家が主な舞台になっている。そういった経緯でこのアジアンテイストな世界観の基礎が生まれるわけだが、世界観の特徴としてはそれだけではない。

たとえば、この世界には有魂船と呼ばれる独自の人格・魂を持った宇宙船が存在しているのだが、その魂に相当する部分は胆魂と呼ばれ、これがなんと人間の子宮から生まれるのである。胆魂は生体と機械が入り混じった形をしているが(出産シーンもあるのだが、死ぬほど痛そう)そうやって人間(もしくは人工子宮)から生まれた後、別枠で設計・製造された宇宙船へと投入されることで、深宇宙と呼ばれる時間や空間の意味がなくなる特殊な宙域を航行できる、特殊な有魂船が生まれることになる。

胆魂は人間から生まれるので性別もあれば人格もあって、船と人間の兄妹や親子のリアルな繋がりや葛藤が本短篇集の中でも描き出されていく。たとえば、「船を造る者たち」という短篇では、胆魂を身ごもった女性が早産しそうになり、大慌てで納期を短縮して船を作る羽目になった意匠和合棟梁の物語が語られる。そこでは父親もいなければ子孫に数えられることもなく、自分の死後に線香も上げてくれない胆魂を生むことにどんな意味があるのかという問いかけと、それに対して「何世紀もの間死なないでしょう」と、幾つかのメリットを答える抱魂婦の対話など、船の設計士のプライド・技術が示されるとともに、世界観の深堀りが行われていくのである。

母を失った兄と妹が、本来受け取れるべきインプラント・メモリ(母親のシミュレーションのようなもの)が、研究者だった母親の研究を続けるために別の研究者へと引き渡されたことへの悲しみと受容が描かれていく「悲しみの杯三つ、星明かりのもとで」も、妹の方が有魂船であるがゆえの価値観と立場の対立に繋がっていて、大変に読み応えがある。兄がクァン・トゥという名前なのに妹(有魂船)は《正榕虎》(タイザー・イン・ザ・バンヤン)だったりして、名前の時点でおもしろいんだよなあ。

ちなみに船はみんな《影子》(シャドウズ・チャイルド)であったり、《桃園三傑》(スリー・イン・ザ・ピーチ・ガーデン)と中国的なカッコいい専用の名前がついているのもポイントが高い。いったいどういう命名規則やねんとツッコミたくなるが……。

茶匠と探偵

粒ぞろいの本作だが、先にあげたもの以外でいうと、とりわけオススメしたいのはやはりこの世界観が色濃く出ている表題作「茶匠と探偵」だ。シャーロック・ホームズをベースにした探偵譚で、性別が二人とも女性になっている他、ワトソン役が戦争でトラウマを負った一船の有魂船《影子》という設定になっている。

探偵役である竜珠は、ホームズらしく、対話時の一瞬の間からどのようなトラウマを持っているのかを推測してみせたりと(『「人が気が付かないことを見つけだすのが私の仕事。先ほども言ったように──私は今集中力が高まっているのです。承諾の返事をする前にあなたはためらった」』)、それっぽいやりとりを積み重ねながら、二人で深宇宙に漂う死体の謎を追ううちに、竜珠の過去もまた明らかになっていく。

深宇宙は時間と空間が意味をなさない非現実的な空間であり、そこで思考を正常に保つために、茶匠でもある《影子》が特別に配合したお茶を必要とするなど、要所要所にアジア要素が入り込んでくるのがまた楽しい。

おわりに

身にまとうことで異文化の言語や身振り、習慣を自然にこなすことができるようになるが、それに頼りすぎると意に反した環境に適応しすぎ、自分と言う個性を殺してしまって依存症状態に陥ってしまう恐ろしい状況を描く「包蠢」、永代化と呼ばれる、自身のシミュレーション作成によって永遠の生を得る手法ギミックについての物語「形見」など、わりとシンプルなSFっぽい話もあるが、どれもこのアジア的な世界観と絡まり合うことで独特であまり読んだことがない手触りに仕上がっている。

意図的に必要な描写であったり情報を落として書いているように思える面もあって、読みづらさを感じるところもあるのだけれども、欠けたピースを探すようにして読むのがまた楽しい。カバーイラスト:Kotakan、装丁:坂野公一による美しい単行本デザインも魅力的なので、ぜひ手にとって眺めていただきたい一冊だ。