基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

今年も早川書房が海外SF作品の電子書籍セールをはじめたので、新刊を中心におすすめをピックアップ! 2019年版

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

この数年は毎年の恒例となっている早川書房の海外SF作品電子書籍セールが今年も(2019年)このぎりぎりの年の瀬に始まったので、SFマガジンの海外SF書評欄の連載担当として今年もおすすめをピックアップいたします。全体は下記参照。
www.hayakawabooks.com
毎年セールの顔ぶれが違うのでおすすめする作品もがらっと変わってくるのだけれども、今年ありがたいのはウィリアム・ギブスンによるサイバーパンクの金字塔『ニューロマンサー』『クローム襲撃』『ディファレンス・エンジン』が入っていることかな。他、アシモフのファウンデーションシリーズや、ヴォネガットやクラークやディックの諸作品など、有名どころが勢揃い。

特にギブスンの作品はどちらかというと紙よりも電子書籍で持っていたい感があるから、たとえ読んでいたとしてもこの機会に買っとくか……と思わせられるものも多い。と、今さらファウンデーションだったりを紹介するのも(僕が)しんどいので、ここからはいったん新しめの作品を中心に紹介していこう。

近刊からピックアップするぞー!

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

ビット・プレイヤー (ハヤカワ文庫SF)

たとえば、今回の個人的に目玉といえるのはグレッグ・イーガンの二〇一九年に出たばかりの短篇集『ビット・プレイヤー』。イーガンらしいハードな物理描写でまだみぬ世界への冒険をみせてくれる「孤児惑星」、「鰐乘り」、世界の見え方ががらりと切り替わる瞬間を描き出す「ビット・プレイヤー」、色覚を拡張し生身の人間とは違った世界が見えるようになった人間を描く「七色覚」など、小説であるからこその描写の喜びに満ちた、様々なイーガンの側面を堪能できる傑作短篇集だ。
生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:ケン リュウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: Kindle版
もうひとつの目玉と言えるのが、同じく一九年に出たばかりのケン・リュウによるSF短篇集『生まれ変わり』。最初の邦訳短篇集『紙の動物園』が又吉直樹さんに絶賛されたが、(ケン・リュウの短篇が)凄いのは、その後二作目、三作目と短篇集が刊行されてもその質が落ちないところ。プログラマであり、弁護士であり、翻訳家であり、と多彩な顔をみせるケン・リュウの幅広い見識が存分に取り込まれた短篇集であり、ポストヒューマン物から暗号通貨物まで、様々な技術で変化した未来の物語を通して現代について考え直すきっかけにもなる極上の短篇集だ。
蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

蒲公英王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:ケン リュウ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: Kindle版
ケン・リュウについては、第二短篇集である『母の記憶に』もセールになっている他、架空の島々を舞台にした幻想武侠譚『蒲公英(ダンデライオン)王朝記』が刊行済みの二巻までセールになっているのも見逃せない。後者は中国などの東アジアで重要だった有機素材を使う特別なテクノロジーを使うことで発展したとする「シルクパンク」と名付けられた独特な世界観を描き出しており、独特な読み心地がある。
クロストーク (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

クロストーク (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

続けて新しめの作品として紹介しておきたいのは一八年末に出たコニー・ウィリスの『クロストーク』。これまでウィリスを読んだことがなければ、タイムマシンが実用化された未来の歴史研究家たちを描く史学部シリーズ(『ドゥームズデイ・ブック』、『犬は勘定に入れません』など)を読んでもらいたいところだけど、こっちは現代を舞台にした、人の心が読めるようになってしまった女性のラブロマンス物で、非常にとっつきやすい。人の考えが漏れ聞こえてきて、情報の洪水に溺れそうになり、そこからの離脱・回復を図る主人公の語りは現代人には突き刺さるはず。

新刊というわけではないがおすすめしたいもの

爆発の三つの欠片 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

爆発の三つの欠片 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

新刊というわけではないが(一六年刊)おすすめしたいのが、チャイナ・ミエヴィルのSF・幻想短篇集『爆発の三つの欠片』。僕はミエヴィルの描き出す不可思議で異質な世界観が好きだ。時にそこで描かれる風景には見惚れてしまうほど。石油プラットフォームが海底に沈没した後、数十年の時を経て突如動き出す「コヴハイズ」。環状の壕になって死んでしまう感染症によって世界が崩壊していく様を描いた「キープ」など、どれを取り上げてもミエヴィルにしか描けない世界ができあがっている。
火星の人

火星の人

火星に一人取り残された植物学者がひたすら火星でじゃがいもを育てて生き延びようとするアンディ・ウィアー『火星の人』もまだ読んだことがないならマストバイな一冊。できるかぎり科学的整合性にこだわった作品をハードSFというが、人間って、科学の力って、すげーー! と信じさせてくれる、この十年でも最良のハードSFである。本書を原作とした映画『オデッセイ』も傑作。
アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF)

また、『火星の人』ほどには知られていないが、同著者による『アルテミス』も月面都市を舞台に酸素供給の利権をめぐるSFサスペンスとしておもしろい。元気な少女を主人公にしたコメディタッチな物語で『火星の人』から路線はだいぶずれるのだけど、『火星の人』と同じく、月でどのように都市が、人間が管理されているのかを細かく描きこんでいくハードな科学描写が大変に魅力的なのだ。

おわりに

とまあ、ほかについては前回や前々回とかぶっているものも多くあるのでこんなところで止めておこう。高い城の男meetsニンジャスレイヤーみたいなロボット歴史改変SFであるピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』『メカ・サムライ・エンパイア』だったり、短篇集『息吹』が刊行されて話題になっているテッド・チャンの前作短篇集『あなたの人生の物語』だったり、今年も傑作ぞろいのラインナップなので、この機会にどうぞ。僕もギブスンは全部買った。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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