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チバニアン認定の歴史が、科学的な意義深さも含めてしっかり理解できる──『地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか』

2020年の1月に、46億年の地球の歴史区分して表す世界共通の地質年代のひとつとして「チバニアン」が採用されることになった。「チバニアンって何?? ジバニャンの亜種なの??」と思うかもしれないが、そうではない。その由来は千葉県からきている。実は、千葉の房総半島にある一部の地層に、この時代を象徴する特徴が記録されているのだ。それが書名に入っている「地磁気逆転」とも関わってくる。

地球には磁場があって、磁石を使うと方角がわかる。そもそも地磁気とはなにかといえば、地球の内部を源として、大気圏を離れた宇宙空間まで進出し、我々を守り方角を指し示す存在である。そして、多くの人は今、「磁石のN極は北を指す」と認識していると思うが、実はそれは普遍的で永久に変わらない設定値ではなく、歴史上何十回も「N極とS極が入れ替わっていた」というのが今は定説となっているのだ。「磁石のN極が南を指す」時代があったし、これから先も起こり得るのである。

本書は、実際に古地磁気学の研究者、専門家で今回の「チバニアン」認定を推進した研究グループの中心人物である菅沼悠介さんによって書かれた、地磁気の歴史をおいながら「地磁気逆転とは何か、どうやって起こるのか」についての一冊である。専門的な記述もかなりわかりやすく書いてあるので、「なぜチバニアン認定が凄いことなのか」が、その科学的な意義深さも含めてしっかりと順序立てて理解できるだろう。

そもそも地磁気は地球の内部でどうやって発生しているのか。

逆転云々以前に、磁気は地球でどうやって発生しているのか。そのプロセスは、内側から始まる。地球の組成は、表面に近い地殻、その下にゆるやかに対流するマントル、そのさらに下に外核、内核から構成されている。重要なのは、外核の存在だ。

外核は電気の流れる液体の鉄とニッケルからなっており、磁場の中を流体が動くとフレミングの左手の法則で電流が流れる⇛電流が流れるとそれが新たに磁場を作り出す、それがまた電流を生み──と、磁場や電流が最初は小さなものであってもお互いに強めあって大きな磁場を形成するのである。これが、磁気が存在する理由だ。

では、なぜ磁場が逆転するのかといえば、外核の対流が自発的に不安定化することによって起きるとする説がある。複雑な事象なので説明も一筋縄ではいかないが、引用すると次のようなかたちだ。『マントルとの境界に近い外核の外側で、ときどき小さな領域で逆向きの磁場の流れが発生することです。こういった流れが消えずに成長を続けると、双極子磁場すべてをひっくり返すことがあると考えられています。』

地磁気が逆転したらどうなるの?

本書の中では地磁気逆転に関連した話が展開していくわけだけど、その中でも心惹かれたのは、体内に磁石を持つ生物が地磁気逆転の時どうなるのかという話だ。たとえば、磁性バクテリアという水中に住む単細胞生物は、一定方向の磁場が与えられると一斉に一方向へ向かって泳ぎだす。体内の磁石で自分たちが逃げるべき方向を決めているわけだけど、仮に地磁気が逆転したら、敵に向かって泳ぐことになってしまう。

では、その時が磁性バクテリアの終わりの時なのか? と思いきや、実は磁性バクテリアの群れを観察すると、一部個体は「みんな」が向かう方とは逆方向に泳ぐのだという。『どうやら、磁性バクテリアには、ごくまれに、他の個体と逆の動きをする個体が生まれてくるようなのです』そういうやつらはほとんどの場合は早くに死んでいくのだろうが、地磁気の向きが逆転する異常事態には彼らこそが生き残るのだろう。

どうやって地磁気逆転がわかったのか

地磁気逆転のペースは不規則だ。過去80万年間で地磁気逆転は1度しか起こっていないが、過去250万年間では11回以上、100万年に5回ペースで起きている。白亜紀には4000万年ほどの間地磁気逆転が一度も起きなかった時もある(この変動には、マントルの対流が関わっているとみられている。約2億年ごとにマントル対流は活発不活発を繰り返していて、それが地磁気逆転の頻度と関連しているのではないかという)。

しかしどうやってかつて地磁気が何度も逆転したことがわかるのだろう。最初に「逆転しているのではないか?」と気づくきっかけとなったのは、溶岩やレンガなどがキュリー温度を超えて加熱された時に磁性を失い、冷える際に磁場が残留磁化として残るのだけど、それが現在の地磁気と逆になっていることからだった。各層で残留磁化を調べ、その向きが地質年代によってバラバラだったことから、自然と「地磁気は何度も逆転していたのではないか」という発想がでてくることになるのだ。

溶岩中心に調べていた時代から時を経て、今は放射性同位体を火山灰で計測することによってより精確な年代の特定が可能になった。ただ、どこでもその精確さが出せるわけではない。「一つの海底堆積物で」「地磁気逆転が記録されていて」「ミランコビッチ理論にもとづく年代決定が可能であり」「火山灰を含む地層」という条件が積み重なることではじめて一番最近(約77万年前付近)の地磁気逆転が起こった年代が決められるのだが──、その最適な地層が、千葉の房総半島にあったのだった。

おわりに

そうした重大な発見の根拠となった土地というだけで地質年代に選ばれるわけではない。そのためには地質年代の境界を規定するGSSP(国際境界模式層断面とポイント)に認定してもらう必要がある。チバニアンはイタリアの2地域とポイントを争っていたのだけども白亜紀末から中期更新世境界までの6500万年間のGSSPはすべて地中海沿岸地域におかれていて、その時点で相当不利だったわけだが──と、最終章では著者らがそこからチバニアンが選ばれるまでの苦闘が描かれていくことになる。

地磁気逆転はその原理もまだよくわかっていないし、それが起こったことによって歴史にどのようなインパクトを与えてきたのかなど、魅力的な問いかけが残っている。たとえば隕石衝突が地磁気逆転のトリガーになる可能性や、地磁気逆転による生物の絶滅・進化との関係(地磁気強度が極端に低下した時期とネアンデルタール人の絶滅が重なっていて、それが地磁気強度低下によるオゾン層の破壊と関係しているのではないかとする説もある。ホモ・サピエンスの方が紫外線の影響を受けにくいという)など、地球と磁気の関係性については、一度抑えておくとおもしろい分野だ。

マントルの対流のように、地磁気を考えるということは数億年単位で世界を捉えることでもあって、そうしたスケール性がこの分野の魅力の一つだなと思う。