基本読書

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生活にどれだけ深く砂が関わっているのかという視点から世界を捉え直すきっかけとなる一冊──『砂と人類: いかにして砂が文明を変容させたか』

砂なんてどこにでも溢れていて(都心に住んでいると砂と触れ合う機会はないが)いかにして砂が文明を変容させたか、と言われてもピンと来ないかもしれない。砂は砂だろうと。だが、実際には砂は現代文明を存続させるために必要不可欠な天然資源であり、大規模な砂の採取によって地球環境や地政学、国家のパワーバランスも大きく変わりつつあるのである──という話が展開していくのがこの『砂と人類』である。

実は、砂は、現代の都市を形づくる主原料なのだ。都市にとっての砂とは、パンにとっての小麦粉、人体にとっての細胞にあたる。この、目には見えないけれども基本となる材料によって、私たちの多くが暮らす建築環境の大部分がつくられている。砂は私たちの日々の暮らしの中心にある。今いる場所で、あたりを見回してほしい。足下には床があり、周囲を壁で囲まれ、頭上には屋根があるのではないだろうか。それらの少なくとも一部にコンクリートが使われている可能性はかなり高い。では、このコンクリートとは何だろうか?要は、砂と砂利をセメントで固めたものである

上記引用部を読めばわかるかと思うが「砂」といっても砂がそのまま文明を変容させたわけではない。砂はコンクリートやガラス、シリコンチップに用いられ、縁の下の力持ち的に現在の産業、建造物の多くを支えているのである。「たしかにコンクリートやガラスやシリコンチップは世界の文明を大きく変容させているけど、それって「コンクリートと人類」なんじゃねえの?」という気がしないでもないが。

砂を人類が大量に欲しているのには違いがなく、読み進めるうちに、取るに足らない存在だと思っていた砂が思いのほか重要な存在であることが理解されてくる。

砂がどれほど文明に食い込んでいるのか

人間が消費する砂と砂利の量は推定で毎年500億トンにものぼり、我々は地球の砂を使い果たしはじめている。急激な砂の移動は(主に川底や海岸、海底から)環境を激変させるから、環境悪化の側面からもこれは見過ごせない事態だ。その原因はいうまでもなく、年々上がり続ける地球の人口と、都市化・文明化が進んでこれまでより多くの国、人が塗装された道路や建造物を必要としていることからきている。

砂は重要な天然資源とはいえ、どこにでもあるのは確かだから、原油にとってのサウジアラビアのような代表的な産地は存在しない。アメリカでは採取場所は6300箇所にも及ぶ。でも、だからこそ「どこからでも環境に変化を与えられる」ともいえ、砂を大量に必要とする国家の近隣国家は苦難の状況をしいられている。たとえばシンガポールは海を埋め立てて領土を拡大するために、インドネシアから大量の砂を輸入しているが、インドネシアでは砂の採取によって24の島が完全に消滅したという。

シンガポールは過去50年間で国土を140平方キロメートルも増加させ、この需要によって周辺国──インドネシアとマレーシア、ベトナム、カンボジアの砂が削り取られている。今ではシンガポールへの砂の輸出は制限、もしくは完全に禁止されているようだが、そうなるとまた別の場所から砂を持ってくることになるし、盗もうとしてくるやからも出てくる。マレーシア、インドネシア、カンボジアの密輸業者は夜中に砂浜の砂を小さな船へと積み込んで、シンガポールへと売っている。

凄い事件になると、2008年にジャマイカの美しい白砂のビーチから、砂を400メートルにわたって数週間がかりで剥ぎ取られたこともある。トラック500台相当の砂が開発業者に転売され、この浜辺で予定されていたリゾート計画が中止に追い込まれるまでになった。この手の窃盗砂事件をあげはじめたらキリがないぐらいに起こっていて、「砂がいかに重要な資源なのか」ということを実感させられる。

中国

砂にまつわる衝撃的な数字がいくつも出てくる本書なのだけれども、とりわけ印象的だったのは中国の事例だ。中国の海岸から約800キロの南シナ海は漁獲量で世界の1割を占め、海底に10億バレルを超える石油と数兆立方メートルの天然ガスが眠っている超重要エリアだ。で、当然だけど近辺のすべての国はそこがほしい。

みなそこが自分の領土であると主張するわけだけど、周辺の国の多くは自国の主張を強調するために海底から集めてきた砂を使って島礁を少しずつ拡張してきた。ここに参戦しているのが中国で、自走式カッター吸引浚渫という先端技術を使った艦隊を作り上げた(海底にまで達する巨大な鉄球のついたアームが搭載されていて、その鉄球が転がりまわって海底にあるものをすべて打ち砕いてすべてを砂にして巻き上げる)。

海底から巻き上げた土砂は拝送管によって何キロも先へ砂を輸送することが可能で、これを使って中国は今、南シナ海南部に位置するスプラトリー諸島を拡張しているのである。18ヶ月のうちに1200ヘクタール(東京ドーム約256個分)も土地を増大させ、領土を拡大している。当然こうした行動は海中の環境を著しく汚染しているし、中国はそうして拡張させた領土の上に軍事基地を建設しはじめているので(原子力潜水艦が寄港できるほどのものを)、地政学にも影響を与えているのである。

おわりに

石油であれば太陽光発電に移行しよう、と移行先が明確で話はわかりやすいが、砂の使用を減らし、砂の代替素材などあるのだろうか? 部分的にはそれが可能(ある種のコンクリートでは、フライアッシュ、銅スラグ、採石場の粉塵などを砂の代わりとしている)だが、砂の絶対性──「広範囲にわたって大量に存在する」を代替するのは事実上不可能であるといえる。となれば、純粋に使用を減らすしかない。

こういったさまざまな取り組みが助けとなる可能性はあるし、そうなってほしいものだ。しかし、私たちが都市を建設するためには莫大な量の骨材が必要であり、これを何かで置き換えるのは事実上不可能なのだ。毎年500億トンも確保できる物質など、他に何があるだろうか。

本書ではそのための提言はほぼないが(差し迫ってすぐにすべての砂がなくなるわけでもないしね)、実際には世界人口は2050年を境ににして減っていくと予想されているので、あんまり対策しなくても意外と収束していくのかもしれない。とはいえ、「生活にどれだけ砂が関わっているのか」という視点から世界を捉え直すきっかけとなってくれる一冊である。本記事では触れていないが、コンクリートやガラスにいかに砂が関わっているのかという話も緻密になされているので。