
- 作者:チャーリー・ジェーン・アンダーズ
- 発売日: 2020/05/09
- メディア: 単行本
ファンタジィとはいっても中身はなかなかの変わり種。動物の声を聞き、話すこともできる魔法使いの少女と、科学オタクでネットで拾った回路図を形にすることで2秒間だけ未来に飛ぶことができるタイムマシンを作った少年の運命的な出会いから始まり、地震や気候変動によって地球環境が著しく悪化し悲惨な終末へと向かいつつある地球と、それをなんとかするために苦闘する科学界と魔法界の対立が描かれていく。
科学界とはいってもほぼ説明なくタイムマシンが出てきたり反重力装置などのめちゃくちゃなものが出てくるので、科学用語をまぶしたファンタジィ×ファンタジィ用語を使ったファンタジィといった感はあるのだけれども、「別種の価値体系を有する者同士の不可避的な対立」と「人間はそうした対立を乗り越えることができるのか」、「世界を揺るがすほどの巨大な力を持つものの責任とは」という「異なる大きな価値体系」それ自体が大きなテーマに接続・整理されていて、(SF的な要素を期待する人には勧めないが)、純然たるファンタジィとして読む分にはすこぶるおもしろい。
物語は魔法使いの少女パトリシアと科学オタクのロレンス、二人の幼少期から交互に展開していくけれども、どちらも「普通の人」の感性から乖離しているので、環境からは孤立している。パトリシアは怪しげな呪いにせいをだし、森に通ったりするので学校からは完全に頭のおかしい不思議ちゃんあつかい。ロレンスも肩身の狭い思いをしているが、だからこそ二人は出会い、まるで正反対の性質・指向を持ちながらも、交流を深めていく。だが、近い将来、魔法と科学の大戦争が起こりその時にこの二人が中心的な役割を果たすとして、それを阻止する=殺すためにやってきた暗殺者が存在し、二人の運命の歯車はくるいはじめることになるのであった──。
この暗殺者、暗殺結社からやってきた人物で、暗殺者神殿に巡礼しているとかいう意味がわからない設定が山盛りで「お前なんやねん」感が半端ないのだけど、このあともトンチキな魔法勢力とか、左翼ハッカーの50人委員会とか変なやつらがどんどん出てくるのですぐ気にならなくなる。そんな暗殺者の暗躍もあって仲違いをしてしまった二人だが、お互いの居場所を見つけ(パトリシアは魔法使いの学校に、ロレンスは科学コミュニティに)、そこで二人はお互いの力をめきめき伸ばすことに。
大人になりつつあるパトリシアはその魔法の力をめきめきと伸ばし、腹の具合を治すのも人を殺すのもおちゃのこさいさい。女の子を何人もレイプして殺した男を雲に変え、環境規制の阻止に協力したロビイストをウミガメに変え、シベリアの掘削プロジェクトを友人たちと襲撃し、役所の連中が友達に対する家賃補助を打ち切ろうとしたから発疹を起こしたりと完全にテロリスト同然でやりたい放題。ロレンスは行き過ぎた科学力で大災害で死に瀕している地球から、人類を救うために「地球から飛び出る」ための、反重力装置を軸にした科学プロジェクトに参画している。
再会した二人はかつてのような親交を取り戻し、互いの異質さを尊重して協力しあっていくのが本書のおもしろさのひとつ。反重力装置のテストにおける人命が失われかねない失敗をパトリシアが魔法で強引に解決したり(その代償として、最も大事な小さなものを失わねばならないなどの魔法的代償が必要とされるが)、そうした「科学と魔法」が相協力していく様は、なかなか他の作品ではみることができないものだ。
おわりに
次第に世界に災害が増え、軍事的な衝突も増し、混乱はましていく。「地球脱出プラン」が現実的になる一方で、魔法使いの勢力もそれをただ手をこまねいてみているわけではない。二人の対立は大きくなり、お互いの勢力はそれぞれに世界を一変させかねない強力な力、対抗手段を持っている(科学界は反重力装置、魔法界は”解きほぐし”と呼ばれる何らかの人類総変質プラン)ばかりに負っている責任も大きい。
はたして、世界はどのように変質していってしまうのか。科学と魔法は歩み寄ることはできないのか──と、終盤のほうは地球が、人類がまるごとどうなっちゃうのー!?!? みたいな超大規模な話にスケールしていくので「やっぱ魔法が出てくるんだったら世界を再起不能なぐらいにめちゃくちゃにするようなやべえのがほしいよなーー!!」と思う僕のようなタイプの人間にはオススメである。