
- 作者:劉 慈欣
- 発売日: 2020/06/18
- メディア: Kindle版
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全世界での累計部数も2900万部を超え、凄まじい売上を誇っている本作だが、凄いのは売上だけではなくて圧倒的なおもしろさもだ。第一部はプロローグにあたり、人類の敵となる三体世界との情報的なファースト・コンタクトが描かれるにすぎないのだが、読み進めるたびにガンガンスケールアップしていく世界観に、それを支える確かな背景の理屈、理論のおもしろさ。それに加えて、あまりにもバカバカしい発想をどこまでも理系的に詰めていく「バカバカしさと真面目さ」のバランスが絶妙で、どのページを開いても『三体』最高ー! というほかないおもしろさに満ちていた。
そしてこの第二部である。一部の時点で踊りだしそうになるぐらいに楽しんだのだけれども、この第二部を読めばそれが序の口だったということがわかる。ディズニーランドでいえばこれからどんな世界が広がっているのだろうとワクワクした気持ちを抱えながらチケットを確認してもらうところまでだったのであり、ここからがいろいろなアトラクションが取り揃えられた本当の「遊園地」だったのだ。小説って、SFって、こんなにおもしろくなるのか……と新鮮な驚きを味わうぐらいおもしろかった。
三部作の第二部というと、どうしても「クライマックスの中継ぎ」的な落ち着いた立ち位置に収まりがちなので、第二部がここまでの作品になるのは予想外だった。実際、本書解説者である作家の陸秋槎氏によると中国でシリーズ中もっとも評価が高いという。『ハードSFとして、また頭脳戦エンタテイメントとしての完成度が極めて高いからだ。』(帯より)。それは決して第三部がつまらないというわけではなく(訳者の一人の大森さんは第三部が一番好きだという)傾向としてよりSF度が増していくこともあって、ここが一般的な人気としては盛り上がるのもあるのだろう。
というわけでここからはこの三体第二部のおもしろさについて語りたい。第一部の内容については登場人物などもほぼ一新されている関係上、「三体世界っていうのとなんか揉めてるらしい」という情報以外、細部には特に触れないので未読の人がこの記事を読んでもたいして問題ないかと。
頭脳バトル・ミステリ
さて、この第二部でメインとなるのは異星文明である三体世界の「なにものか」らと「地球人類」の知恵比べだ。第一部で三体世界が存在することが明らかとなり、さらにはそれだけではなく地球が彼らにとって襲われるかもしれない──という古典SF的な始まりをしたわけだけれども、この『三体』シリーズは比較的物理法則を守るタイプのSFなので、敵艦隊がやってくるにも400年以上のタイムラグがある。
であれば人類はそこまでの間に文明を発展させ、三体世界に対抗することができるはずなのだけれども──その抵抗には障害がある。三体文明から送り込まれた智子(ソフォン)と呼ばれる原子よりも小さいコンピュータが地球中にばらまかれており、情報のすべてが筒抜けになっているのだ。基礎科学研究に対する妨害も受けており、人類も一枚岩というわけにはいかない。国連は惑星防衛理事会を設立するが、地球脱出を目論む逃亡主義者たちもいれば、宇宙艦隊を組織して迎え撃とうという人々も現れる。そんな状況ではたして人類は三体世界の到来に備えることができるのか──!?
とまあ、そうした状況自体は宇宙から異星人が攻めてくる系SFでは「あるある」という感じなのだけれども、そこからの展開がさすがの劉慈欣。惑星防衛理事会は様々な手をうっていくのだけれども、そのうちのひとつが「面壁計画」(ウォールフェイサー・プロジェクト)だ。人類の計画も準備も、智子によってすべて敵に筒抜けになっている。だが、それはあくまでも情報として外に存在しているものだけで、個人の内面を知られるわけではない。『したがって、外界とコミュニケートしなければ、人間ひとりひとりの頭の中は、智子にとっては永遠の秘密なのです。』
「面壁計画」の要諦はそこにある。個人の思考が三体世界に侵されない唯一の聖域であるならば、それを最大限活かすべきだ。具体的には、三体世界を出し抜くことができる高度な思考力を持った人物を世界中から選び出し、その人物にあらゆることを可能にする権限を明け渡すことで、人類すべてを騙しつつ同時に三体世界をも騙しぬく。一見したところ不合理かつ無意味な決断にも全人類すべてが従うことで、真の目的を隠し通しいずれくる”終末決戦”に備えること。面壁計画はそれを目指すのだ。
面壁計画の核心は、作戦計画を立案し指揮する人間たちを選び出すことにあります。彼らは一〇〇パーセント自分の頭の中だけで計画を練ることになります。外界といかなるコミュニケーションもとらず、作戦における本当の戦略、実現に至るまでに必要なステップ、最終的な目標などは、自分の頭の中だけに隠しておくことになります。(……)みずからが立案した作戦計画の遂行を指揮する過程で、面壁者が外界に見せる思考や行動は、まったくの偽りであり、入念に練られた偽装とミスディレクションと欺瞞のミックスです。面壁者が欺く対象は、敵も味方も含めた世界です。最終的に、なにが真実かわからない巨大な偽りの迷宮をつくりあげ、敵の判断力を奪い、こちらの真の戦略的意図が悟られる瞬間を可能なかぎり先延ばしにすることが目標です。
地上最強の男を見たいか────ッ
面壁者には国連惑星防衛理事会によって4人の人物が選ばれる。ひとりひとり名前が呼ばれ、その選定理由が述べられていくパートはまるっきり刃牙の「地上最強の男を見たいか────ッ」「全選手入場です!!」の頭脳バトル版で、もうこのあたりから興奮がとまらない。1人目は、米国国防長官を退任したばかりで、『技術の真相』という思想でアメリカの国家戦略に多大な影響を及ぼしたフレデリック・タイラー。
2人目は、褐色の肌にいかつい体をした、眼光鋭い南米の男レイ・ディアス。彼は現職のベネズエラ大統領で、21世紀の社会主義を推進した現代の傑物だ。3人めは大脳の思考と記憶が量子レベルの活動であることを発見した脳科学者ビル・ハインズ。そして最後の一人は、それらの人物と圧倒的に格が劣る、天文学者にして社会学者の羅輯(ルオ・ジー)。彼自身さえもなぜ自分が選ばれたのかわかっていないが、実は彼は過去にとある人物から「宇宙社会学の公理」を伝授されていて──と四者四様のやり方で「三体世界」をいかにして潰すのかの思考が繰り広げられていくことになる。
少年漫画的なのが、三体世界側に肩入れする勢力がおり、面壁者を妥当すべく一人に一人ずつ、破壁人と呼ばれる「面壁者の戦略」を分析する専門家が選定され──と両勢力による頭脳バトルに発展していくのだ。各自がどのように全宇宙に対して嘘をつき、壮大な思考を通して三体世界の裏をかくのか。それが明かされていく過程は、SF的な醍醐味だけではなく、ミステリィとしてのおもしろさも凝縮されている。