基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『三体』読んだらこれを読めと手渡せる、現代中華SFを概観できるアンソロジー──『時のきざはし 現代中華SF傑作選』

最近中国SFが盛り上がっている。『三体』が売れてる(全部合わせて30万部突破。単行本のSFとして異例だ)のはあるけれども、それ以外にもケン・リュウの活躍によって英語圏に訳された中華SFアンソロジー、『三体』の劉慈欣が近未来SFの頂点とまでいった陳楸帆による『荒潮』の刊行、「文藝」の中国SF特集が好評でそれを抜き出して単行本になるとか、特に昨年から今年にかけて、動きと話題が絶えない。

そうした注目度の高さは、中国の政治情勢からくる話題の絶えなさと関連しているのかもしれないが、同時に中国SFが今のところ翻訳されてくるものに関して質が高く、純粋におもしろいから、という理由も欠かすことはできないだろう。おもしろいから読みたくなる、当然の流れだ。というわけで、話題性のわりにそこまで大量に翻訳の供給があるわけではない中華SFに新たな短編小説の供給が現れた。

この『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は書名に入っているように現代中華SFの傑作選である。編者は長年中国SF、中国文化と日本の架け橋となって、『三体』の翻訳にも深く関わっている立原透耶氏で、そのセレクションに一切の不安なし。作品は計17名の17篇が収められている。男性も女性も幅広く、劉慈欣を除く中国SF四大天王と呼ばれる王普康(ワン・ジンカン)、韓松(ハン・ソン)、何夕(ホー・シー)といったベテラン勢から若手まで。内容もハードSFからVRもの、異種コミュニケーションに、歴史もの、言語SF、童話系、奇想・スペキュレイティブ系まで、多彩である。

立原透耶氏による序文や、巻末解説の任冬梅氏による「中国SFは劉慈欣だけではない」を読んでいると、ここで翻訳されている作家・作品らもその膨大な作品群のうちのほんの一部でしかなく、もっと読みたいなあという気持ちが湧いてくる。たとえば、序文でいうと『清末スチームパンク小説の書き手として有名な梁清散氏の作品は、中国SF界でもミステリ界でも大絶賛された清末SFミステリを。』と簡潔に紹介されてるんだけど、清末スチームパンク小説!? とそこにまず食いついてしまう。

各篇を紹介する(全部ではない)

つまり何が言いたいのかというと良いアンソロジーだねぇ! という話である。というわけで各篇を紹介しよう。ざっと見渡した印象としては、先に書いたように「多彩・多様」につきるのだけど、歴史モノが多いイメージがあるかなあという感じ。

トップバッターはハードSFの旗手といわれる江波(ジアン・ボー)「太陽に別れを告げる日」(©2016)。無限量子号というトンチキな名前の宇宙船に乗って最後の課題に赴こうとしている学生ペアの物語で、小型探索艇で周囲を自由に探索したまえとだけ命令がくだされる。明らかにおかしいのだが、乗り出してみると、突如として無限量子号が爆発。戻る船を失い、頼りになるのは探索艇に残された一つの冬眠装置のみ──自分を生かすか、相棒を生かすか、究極の問いにさらされることになる。頼るものがない宇宙空間でコンパクトに自己犠牲のジレンマを描き出してみせた快作だ。

続く何夕(ホー・シー)「異域」 (©1999)は地球人口が300億を支える驚異的な食料供給農場西麦農場についての物語だ。ここは実は時の流速が変えられ、外の世界の何十倍もの速さで作物が育っていたのだが、そこでは驚異的な生物が進化を遂げていたのである──という感じの時間×モンスターSFである。正直「300億まで人口が伸びるわけねえだろ笑」と少しバカにしながら読んでいたんだけど「進化」の観点の取り入れ方はおもしろいし、単純なモンスター・パニックに終わらないラストも秀逸。

言語学が専門という昼温(ジョウ・ウェン)の「沈黙の音節」 (©2017)は専門を活かした言語・音声学SF。謎の人体発火現象によって叔母を失った少女が、その死の謎を解き明かすうちに特別な発声のみ可能な音波がもたらす力についての知見を深めていく、アカデミックでありながらも家族の愛情やロマンスに満ちた一篇だ。陸秋槎(ルー・チウチャー)「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」 は本書のための書き下ろし作で、架空のドイツ語圏作家の評伝の形式をとる、現実の歴史と架空の歴史が交錯する偽史もの。ハインリヒ・バナールの人生の転落のきっかけとなる作品(作中作)が普通におもしろそうで、実在しない作家のディティールの詰めがとにかく素晴らしい。

梁清散「済南の大凧」 (©2018)も偽史もの。こちらは19世紀後半〜20世紀に、現代ではよく知られる技術を用い、その時にしかありえない発想の有人振翼飛行機を作ろうとしていて──と「ま、まさかその態勢からこの展開につなげてくるとは……」というかんじで終盤の畳み掛けが飛び抜けた一篇。王普康(ワン・ジンカン)「七種のSHELL」(©1997)はVRを扱った一篇で、「感覚まで再現できるバーチャル技術があったら、その時人は自分がバーチャル空間にいることを認識できるか」問題を扱っている。今読むとそこまででもないが、1997年の作品にしては描写が先駆的。*1

人間と見た目の異なる異種族との結婚をロマンチックに(最後は異種生物SF味が出てきて切なく)描いた凌晨(リン・チェン)「プラチナの結婚指輪」 (©2007)。チョウチンクラゲに似たエイリアンの増えすぎ問題を描き出す双翅目(シュアンチームー)「超過出産ゲリラ」 (©2017)などエイリアンの生態を描いた作品もおもしろい。

個人的に気に入ったのが飛氘(フェイダオ)「ものがたるロボット」 (©2005)。古代王朝で毎日物語をねだる王様のために、新しくおもしろい物語を提供し続けるロボットについての話だが、ある時「もっとも不思議な物語を語って聞かせよ」と命令するのだが、高度な学習型アルゴリズムが「甲乙つけがたい2つのオチを持つ」物語を生み出してしまい矛盾にスタック。果たしてそのオチとは何なのか──が探求されていく。童話的な雰囲気でありながらも暴虐な王とロボットの間に育まれていく信頼関係が築き上げられていくのがたまらない。ラストに明かされる「オチ」も格別。

表題作、滕野(トン・イエ)「時のきざはし」(©2017)は中国の皇帝である武帝に自分の記録を歴史から消せと依頼し、アッバース朝の帝王であるハルン・アルラシッドにも同様の依頼をし、と時の権力者らと対等に渡り合う女性の時をかける物語。タイムトラベルそれ自体が主軸というよりかは、「引き返せぬ好奇心に飛びつくか」についての物語であるといえ、表題作にふさわしく鮮やかにSFの本質に迫っている。

おわりに

なぜか突然まったく止まらなくなってしまった地下鉄の電車に乗り合わせた人々がレイプだ諍いだのと筒井康隆的なドタバタを繰り返すうちに人体そのものが変容していくストレンジな状況に到達する韓松「地下鉄の驚くべき変容」など紹介しきれなかった作品もおもしろいものばかりなのでぜひ読んでね。

*1:本書収録作はかなり発表年代に差があるので©で年代を記載している