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宮内悠介最新作にしてカジノでの勝敗がすべてを支配する特殊国家を舞台にした国盗り賭博小説!──『黄色い夜』

黄色い夜 (集英社文芸単行本)

黄色い夜 (集英社文芸単行本)

  • 作者:宮内悠介
  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: Kindle版
『黄色い夜』は宮内悠介によるギャンブルものの長篇(というほど長くない)小説である。舞台となっているのは東アフリカのエチオピアと国境を接するEという国家。そこは産業がカジノのみという特殊な国で、バベルの塔のような巨大な螺旋状の塔の中には上に行けば行くほど賭け金が上がるゲームみたいなカジノが巣食っている。最上階での勝負に勝つことさえできれば、「国さえも手に入る」と言われている。

 下層階のカジノにはE国の庶民が集まり、酒を飲みながらゲームを楽しむ。が、階が上がるにつれて、賭けの金額は上がっていく。刺激に飢えたヨーロッパのハイローラーたちは、六十階のヘリポートに直接乗りこんでくる。そのさらに上、最上階では賭け金の上限がないという。仮に世界ランクの富豪が最上階に乗りこみ、全財産をルーレットの赤に賭け、それで赤が出たとする。そうすれば、この国はもう彼のもの。これがE国の原則だ。
 侵略を容認したシステムの上に立つ国家。それが、E国の表向きの顔だ。

当然そこには腕利きのギャンブラーが大勢揃っていて──と、非常にバトル漫画的な枠組みを持った作品である。144ページと、長めの中篇ぐらいの分量の本なのだけれども、このワクワクするような舞台仕掛けは宮内悠介の初期短篇集『盤上の夜』を思い起こさせるし、途中から絡んでくる精神病理にまつわる話題や全体の雰囲気については『エクソダス症候群』や『ヨハネスブルグの天使たち』を思い起こさせ──と、短いながらもこれまでの宮内悠介作品のいろんな要素を彷彿とさせながら生涯を賭けたギャンブル勝負の高揚にひたらせてくれる密度の濃い絶品だ。

語り手である龍一(日本語話者以外には発音しづらいのでルイを名乗る)はこのE国に乗り込んでいくのだけれども、その目的は娯楽としてのギャンブルにとどまらない。目的は先程の引用部にもあったシステムの利用──「国盗り」を行うためだ。もちろん国家の乗っ取りというのは「システム上可能」とうたわれているだけであって、実際にどうなのかはわからない。最上階では国王自らがディーラーに扮することもあり、これまで何人かが挑戦したらしいが、ことごとく敗北している。つまり、最上階での勝負は挑戦者が敗北する「何らかの仕掛け」があることも考えられる。

「貯めた金を持って勝負を挑みにきながら、どこかあとあと虚しさが残ることも、カジノに足を踏み入れてすらいない現時点で、すでにぼくらは知っているだろう?ぼくはねピアッサ、訪れた人を蘇らせる国をこそ作りたいんだ」

はたして、ルイは乗っ取りをかけた勝負に勝つことができるのか、というのが本書の中心的なモチベーションとなっている。そして、彼は国を乗っ取って何を目指すのだろうか。「訪れた人を蘇らせる国」とはどのような国なのか。そうした、「国を乗っ取る」などという、妄執にとらわれていなければ不可能な大望を抱いているだけあって、ルイのギャンブルの能力は最初から高い。つまり、『アカギ』か『カイジ』かといえば、『アカギ』系(あと『『麻雀放浪記』』とか)の物語であるといえる。

カジノが舞台なのでここ一番! という勝負ではポーカーやルーレットが用いられるが、その合間合間の勝負には「上層に行くためのカード」を賭けた、聖書のページ当てゲーム(聖書にペーパーナイフを差し込み、相手にも同様の聖書を渡しナイフがどこに差し込まれたのかを当てる)や、お互いにわからないようにアルコールを入れた水がいつ沸騰するかをあてるゲームなど特殊ルール・ギャンブルが挟み込まれていて、そのへんに関しては『嘘喰い』『賭ケグルイ』的なおもしろさがある(どっちもプロフェッショナルなギャンブラーという、ひりつくような緊張感も合わせて)。

ページに比して密度濃く感じられるのは、登場人物一人一人の背景やギャンブルに、常にこの東アフリカ周辺の過酷な紛争状況であったり、貧困事情、宗教事情であったりといった複雑な文脈と情景が密接に関わってくることもある。先に書いた聖書へペーパーナイフを差し込むギャンブルにしても、終盤にプレイされる「通りすがった人物の母語当て」にしても、その勝敗に関しては密接にこのE国の特異な立ち位置や宗教が関わってきて、ギャンブルを通して混沌とした「現実」の様相に触れていく。

おわりに

ルイが夢みた「国家」とはどのような形なのだろう。終盤は、勝負の行方よりも、そうした「あたらしい国家」の思想・理想を巡る問答のほうに興味がうつっていく。カジノのセキュリティをハックする描写であったりも現代カジノ小説としておもしろく、無数の読みどころがある作品なので、てにとってもらいたいところだ。