基本読書

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意識せずとも必要な情報を伝えてくれる穏やかなデザインへ──『カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン』

現在、生活していく上で身の回りには欠かせない電子機器・パソコン・スマホアプリケーションで溢れている。web会議をするためにはDiscord、zoomといったツールが、チャットツールとしてはSlackがあり、パソコン外の家にも大量の電子機器が存在している。さらには、洗濯機や冷蔵庫、時計に掃除機などあらゆるものがインターネットに繋がって、そのすべてが我々に何らかの情報を伝えたがっている。

数が多いので、我々はそのすべてを注視しているわけにはいかない。そいつらが何かを知らせたい時に全員がピーヒャラピーヒャラ大きな音を立てたらこちらもブチ切れざるを得ないだろう。機械には限界がないかもしれないが、人間の注意力には限界があるからだ。では、どうすればいいのか──その鍵が「カーム・テクノロジー」である。マーク・ワイザーによる論文「The Computer for the 21st Century」には、『最も深遠なテクノロジーは、その気配を消すことができる。そうしたテクノロジーは、ほかと区別できないほど日常生活に深く溶け込む』と書かれているが、カーム・テクノロジーが目指しているのもこの領域であり、本書はその解説書にあたる。

 テクノロジーはいつでも私たちの注意を引こうとするが、人間の意識のキャパシティは手持ちのデバイスですでに埋まっている。本来、人間がテクノロジーを苦手としているのではなく、テクノロジーが人間を苦手としているのだ。この本は、人間とテクノロジーの関係を改善し、製品開発に要する時間を短縮し、度重なるデザイン変更のプロセスを省き、開発資金の無駄を減らすためにある。

カーム・テクノロジーの基本原則

カーム・テクノロジーには基本として、8つの原則があげられている。たとえば、1つ目は「テクノロジーが人間の注意を引く度合いは最小限でなくてはならない」だ。その優れた実践の一つとしてあげられているのが(もうなくなってしまった)MacBookで使われていたMagSafeで、これは使っていた人ならわかると思うがMacを充電した時に「充電中だったらオレンジ」「充電満タンだったら緑」とわかりやすく色が変化するので、ちらっとランプを見るだけでバッテリーの状態がわかった。

他にも、zoomやビデオカメラには録画中であればそれを示す赤いステータスランプがついているので、「ああ、これは録画中なんだな」というのがすぐにわかるようになっている。仮にこれがなかったらこのツールを使用して対面している人は「今は録画中なの? 違うの?」と不安になる。実際にこれが起こったのがGoogleGlassで、録画機能がついているが、録画中であることを示すステータスシンボルがなかったために「GoogleGlassをつけている目の前の人が録画しているのかどうか」常に気にする必要がでてきた。これは、決していいデザインとはいえないだろう。

原則の2つ目は「テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなければならない」である。3つ目は「テクノロジーは周辺部を活用するものでなければならない」。これはわかりにくいかもしれないが、ようは『低解像度で構わないアップデート情報を意識の高解像度空間に送り込むことは、時間や集中力、忍耐の無駄でしかない』ということ。たとえば、Slackでは未読のメッセージが存在するチャンネルを知らせるのに、白の大文字というさりげない形を採用している。

原則の4つ目は「テクノロジーは、技術と人間らしさの一番いいところを増幅するものでなければならない」とある。機械を正常に動作させるために、人間が不自然な行動をとるのではなく、人間が自然な行動をとった延長線上で機械が動作するべきだということで、8つの法則の中でも拡張性の高い概念であるように思う。たとえば、自動水栓の蛇口は人間のために水を出してくれるが、その間蛇口の前に手を出して待つ不自然な行動をとらなければいけないわけで、機械に人間を合わせている。『人間の一番の使命は人間であることで、コンピュータのように振る舞うことではない。』

5つ目は、「テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない。」これは主に音声の限界について(うるさいと聞こえないし、耳を全集中させないと聞き取れない)の章で、必要な情報についてはできるかぎり言語を超えた光や振動音や音調で伝えたほうがいいと主張する。たとえば、ルンバが掃除を終えると満足げなトーンの音を、引っかかって動けなくなると悲しげなトーンの音を出すように。これがうるさいブザー音だったり、音声で「引っかかっています・引っかかっています」と連発するだけだったら単純に不快だろう。

6は「テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない」。7は「テクノロジーの最適な容量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である」。8は「テクノロジーは社会規範を尊重したものでなければならない」。

実用例

こうしたカーム・テクノロジーの実用例についても本書では触れられている。たとえば、歯磨きの時間になったら光り始め、だんだん光が増していく歯ブラシであるとか(その薬瓶verとか)、個室オフィスの机に座っていると目に入る位置に窓を置くことで、うるさい通知や呼び出しがなくても外の状況が把握できるとか(ザワザワしていたり、誰かが立っているのが見えたらなにか用があるのかなと察知できたり)。

コンセプト段階として紹介されているのは、天気で色の変わる電球、メールが届くたびに草に見立てたケーブルが伸びてゆくEメールガー点などなど「こういうのほしいなあ」と思わせるものが多い(本書が執筆されたのは5年前で、実際にこれらの機能をはたすものはもう存在しているけど)。

おわりに

この日本語版には「5年後のカーム・テクノロジー」と題した著者の追記が載っている他、著者から紹介もされる、カーム・テクノロジーと親和性のある「無為自然」をテーマにしたデザインコンセプトで戦う日本企業mui Labからの寄稿もあり、なかなか充実した内容。「人の注意力を奪わない、穏やかなテクノロジー」の概念はこれから新しく開発するシステムや機器だけでなく、現在存在するものを改良する際にも重要な視点である。あと、「人間と機械がともにいる未来の空間・社会はどのようなものであるべきなのか」という観点は、SF的にも興味深い。