基本読書

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金融から感染症、格差まで、すべては人の繋がり・ネットワークが関係している──『ヒューマン・ネットワーク 人づきあいの経済学』

2020年はひときわネットワークが意識される年だった。インターネットのことではなくて、人と人とのネットワークの話だ。人付き合いが多く、より多く食事に出かける人ほど新型コロナウィルスに感染する可能性が高くなる。この言葉にしてみるとあたりまえすぎる事実が、まざまざと証明され続ける一年だったといえるだろう。

というわけでこの『ヒューマン・ネットワーク』はそうした一見当たり前にみえる人と人との繋がり、ネットワークを科学していこう、という一冊である。たとえば、より多くの人と飲みに行けば感染症にかかりやすいのは当然だが、そのリスクは人付き合いの数にたいして、どのように増えていくのか。我々は文化的、教育的、職業的に似たもの同士で集まりやすい傾向を持っているが、これが社会にどのような効果をもたらしているのか、といったことをネットワークの研究者が解き明かしていく。

影響力について

最初に取り上げられるのは、影響力についての話だ。Twitterで100人のフォロワーよりも1000人フォロワーがいる人の方が拡散しやすいのは誰にでもわかるだろう。だが、実際には情報の伝搬で重要なのは、「たくさん友達がいる人気者」の存在よりも、そのコミュニティに所属する人たちの平均的な友達の数なのだ。

人気者にいくら友達がいてもその先に繋がっていかなかったら意味がない。だから、情報のハブとして重要なのは、当人に何人の友人がいるかではなく、その友人に何人の友人がいるのか、そうした関係性の総数なのである。著者はこうした結論を、村の人たちで連帯債務制をとる小口投資のマイクロファイナンス・システムが小さな村で広がるかどうかの検証を通して導き出している。「友達の友達」がどこまで繋がっているかが重要なのは感染症にも適用できる話なので、これがおもしろいのだ。

「間接的な友だちによるパワー」がいちばん大きい村といちばん小さい村を比べると、マイクロファイナンスへの参加率は前者がおよそ三倍高かった。情報を村内に広めるには、「始まりの種」の友だちにとどまらず、その友だちからその友だち、さらにその友だちへと情報が流れる必要があった。*1

恋愛のネットワークから少数の大量接続ノード(モテモテの人、あるいは奔放な人)を省いたら、巨大コンポーネントから離れるノードが少しは出るだろうが、それでも大きな違いはない。巨大コンポーネントが感染を広める力を持つのは、少数の突出したノードではなく全体的な平均次数なのである。*2

同類性と非移動性

続いておもしろかったのが、同類性と非移動性、それがもたらす格差について。

同類性とは、同じ傾向を持つ人々は集まり、ネットワークを形成しやすいことだ。たとえば、アメリカでは人口の10%以上がアフリカ系なのに、アフリカ系の人と結婚するホワイトは1%以下である。また、60%がホワイトなのに、ホワイトと結婚するアフリカ系の人は5%以下だ。マッチングサイトでの検証では、女性からの初回のコンタクトメッセージは、学歴の似た男性に送る可能性が平均より35%高い。

これはほんの一部で、人種、学歴、職業、文化、同類性が高い人を好む傾向は広くみられる。これは、不思議なことではないだろう。近い文化で育ってきた人の方が話が伝わりやすい。共通の過去や話題があったほうが、話が弾む。だが、こうした同類同士が集まりやすい傾向が続くと、分断されたコミュニティ同士の対立に繋がってくる。ネットワークにはこのような分断を生み出す性質が元々存在する。

この傾向を後押しするのが、非移動性だ。アメリカンドリームが受け入れられていた時代とは違い、今のアメリカは、逆転が起きにくく、自分の将来は親の社会的地位に左右されている。1940年代にアメリカで生まれた子供は、90%以上が親よりも高い所得を得ていたが、これが1980年代になると50%にすぎない。アメリカでは、裕福な親を持つ子供が大学を卒業する割合は、貧しい家庭の子供の2倍半になる。

資本は資本を生み出し、循環している。高い金融資本があれば高い教育を買え、それが人的資本になる。社会関係資本があれば知識と機会に繋がり、さらにそれが人的資本と金融資本につながる。さらに同類性によって、教育や文化が同じ人間同士でつるむようになるので、それがまた分断を生み出す。金融資本も人的資本も社会関係資本も、親から子へと受け渡せるものなので、移動性は減少していく。

じゃあ、強制的に移動させ、付き合うコミュニティを変えてみたら何が起こるのだろう? を試してみた実験がある。この実験は1994年から1998年にかけて、3種類の計4600家族を対象に実施された。3種類の内訳は、1.家賃補助券をもらったが、富裕な地域に移らなければならない、移動する家庭。2.どこでも好きなところで使える補助券をもらった家庭。3.補助券がもらえない対象群の家庭の3種類である。

その結果は、引っ越した家庭が最も大きな効果をあげた。1の家庭で、引っ越した時に3歳以下だった子供は、20代半ばに達した時の収入が、補助券をもらえなかった対象群の子供より3分の1以上高くなっていた。引っ越した子供が大学に進む確率は6分の1高く、子供の誕生時にひとり親になる確率も小さかった。8歳の子供が引っ越したことによる最終的な利益は、生涯収入で30万ドルとみられている。ただ家賃補助を受けた2の家庭は、その多くが補助券を使って家賃を節約するだけで引っ越さなかった。結果として、子供の人生には、引っ越し群ほど大きな効果は及ぼしていない。

はてなの匿名ブログでも、地方で暮らしそこで教育や大学に行くことの価値をまったく知らずに育ったことへの恐怖が語られることがあるが、人は住んでいる地域やコミュニティから大きな影響を受けることが、この結果からはよくわかる。もし子育てをするのであれば、住む地域、属するコミュニティについてはよくよく検討しなければならんと思わせられる事例だ。これは同時に、どのようにして貧困に陥った人々を支援していけばいいのか、という観点からも有益な情報になる。

おわりに

2019年に刊行された本なので、新型コロナに関する言及はないが、どのように感染が広がっていくのか、基本再生産数についてなど、感染症についてならすべてに通用する基本的な考え方が述べられているので、役に立つだろう。他にも、リーマンの倒産を例にあげながら金融独特のネットワークを解説したりと、政治、金融、感染症、と幅広い分野をネットワークの観点から結びつけていく。刺激的な一冊だ。

*1:p50

*2:p91