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集団戦バトル漫画の傑作──『鬼滅の刃』

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

『鬼滅の刃』が全23巻で完結した。僕はもともと熱心な鬼滅ファンというわけでもなんでもなく、映画が大ヒットした後あたりからそんなにヒットしてるならさすがに読んでみるか〜といって完全なるミーハー心で読み始めた読者である。だがしかし、読んでみたら事前に期待していた何倍もおもしろくて、途中で我慢できずジャンプで最終話まで一気読みだった。最終巻も出ることだし、一度自分が何をおもしろいと思ったのかを(こんだけの話題作だけど)自分なりに言語化しておきたい、と思った。

集団戦バトル漫画の傑作

僕が『鬼滅の刃』を読む前にいだいていたイメージって読み終わった後に抱いていたイメージと異なる部分があるので、そうした勘違いをしている人に向けてちゃんと紹介しておきたい、という気持ちもある。たとえば炭治郎とか金髪の煉獄さんとかなんか大正時代が舞台なのに髪型キマリすぎて金髪のやつもいるしマイルドヤンキー集団でこわっ! と読む前は思っていたし、剣技で戦うという設定からはジョジョやHUNTER×HUNTERや現連載陣のアンデッドアンラックのような特殊能力者同士のバトルにある複雑で理屈っぽいロジックって生まれないんじゃないの??(だから、戦闘は子供だましみたいな描写で終わっててつまんねえんじゃねえの?) とか。

しかし実際に読んで見れば炭治郎や煉獄さんはめちゃくちゃ良い人だったし(マイルドヤンキーじゃなかった)、たしかに炭治郎たちは特殊能力こそ持っていないものの(各剣技は十分特殊能力だが)、彼らが対峙する敵──上弦の鬼と下弦の鬼と呼ばれる敵は特殊ギミックを用いて攻めてくる敵たちで、そうした特殊能力を持ち不死である超常の敵である鬼に、剣技しか使えない上に斬られたらすぐ死んでしまう普通の人間がどのように立ち向かうのかを描き出す1vs多の集団バトル漫画の傑作である、そしてバトル・ロジックは明快、というのが読み終えた時の真っ直ぐな感想である。

1vs多で強大な一匹の的に立ち向かうという構図は、モンスターハンター的なおもしろさでもあり、同時に欠損表現をはじめとした、のちの戦線に復帰することが不可能な「不可逆のダメージ」描写がメインキャラクターに対して頻発するので、ファイアーエムブレムをプレイしている時のような「このあとの巨大な敵を倒すためには主力を残す必要があるから、そこまでの戦力ではない自分はここで捨て石になろう……」というゲーム・プレイヤー的な目線をすべての登場人物が持っているシミュレーションRPG的なおもしろさもあり、やっていることは王道ながらも各種演出には毎話驚かされ続けてきた。以下、そのあたりをもう少し詳しく解説していく(少しネタバレ)。

各種演出のおもしろさ

読みはじめて最初に驚いたのは、一話目から抜群におもしろいことだった。一話目は主人公である炭治郎少年の家が鬼に襲撃され、妹の禰豆子が鬼にされ、鬼と戦う組織の重要人物である冨岡義勇にボコボコにされながら「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」とめちゃくちゃな発破をかけられ鬼狩りへの道を炭治郎が志すようになるという導入の話なのだけれども、ここですでに後の展開のバトル志向が現れている。

炭治郎は炭焼きの少年で冨岡義勇に勝てるはずもないのだが、禰豆子が殺されることを阻止しようと、石を投げる⇛木の陰に隠れる⇛義勇に向かって走る⇛攻撃を喰らって倒れる⇛その後、木の陰に隠れていた時に見えないように上に投げていた斧が相手に襲いかかるという、「自分の身を犠牲にして隙を作ることを前提とした攻撃」を行っているのだ。この、「死なずには勝てないとわかりきっている相手に、死ねば可能性のある捨て身戦術で立ち向かう」という後の展開に通底するロジカルな捨て身バトルが、この一話目ですでに現れていて、最初読んでいたときは後の展開は知らなかったが「この戦闘の描き方はおもしろい!」と思ったのだった。

戦闘以外の演出にも引き込まれる部分が多かった。たとえば二巻では、鬼を殺すために組織鬼殺隊に入った炭治郎が、最初の任務で鬼と戦うお仕事説明的な話が描かれる。その鬼は町の若い子を次々に喰っていき、町民から(犠牲者の一人である)「里子さんを返せ」と問われるシーンがあるのだが、その時、鬼は服の内側をサッと開けて、「この蒐集品の中にその娘のかんざしがあれば喰ってるよ」と、彼が喰った女性たちが持つ大量のかんざしを町民にみせつけるのだ。そのかんざしのデザインが洗練されているのも、演出自体も素晴らしく、この漫画に惚れ込んだ一瞬だった。

他にも、たとえば映画が異常に話題になっている無限列車篇の原作演出もよかった。無限列車篇は、人を眠らせる能力を持つ下限の鬼との戦いを描き出すパートなのだけれども、動きの少ない列車内の一列戦闘のおもしろさを描き出すと共に、絵的な広がりを持たせるために夢を見せる鬼を出して、様々な夢の世界を描き出すことで広がりを演出している。ついでに後に死んでしまう煉獄さんの過去も魅せているのがうまい。ただ、この絵的な演出のおもしろみを広げているのは漫画よりも映画版だけど。

こうした演出を全部取り上げてたらきりがないのでやめておくが、とにかく練り込まれた演出がすばらしい漫画、というのが僕がまず第一に引き込まれた理由である。

ダメージ描写(欠損)について

『鬼滅の刃』で僕がきゃっきゃと喜んだのが、ダメージ描写(主に欠損)のおもしろさだった。漫画というのはただの絵なので、どれだけ殴られたり斬られたりしても、結局作者がそのキャラクタをまだ動かしたいと思えば気合でもなんでも理由をつけて動かせるものである。だから、単純に血を流させたり切り傷をつけるにしても、漫画として説得力あるダメージ描写をしようと思ったら色々演出を考える必要がある。

その点、『鬼滅の刃』の登場人物たちは(切り傷とか血が出る描写も多いけど)、わりと気軽に欠損する。足がとれる、腕が切り離される、目が見えなくなる、「身体欠損させるかさせないかは作者のさじ次第」ではあるのだけれども、欠損の場合は後の展開でもはや戦えなくなるという明確に作品の未来に影響を与えるものなので、描写としては重い。特に最終盤戦においては、ラスボスである無惨に至る前に上弦の鬼らとのボス・ラッシュが続くわけで、道中で欠損するか/しないのかというのは、ラストバトルに参加できるかいなかという点で分水嶺となる。欠損という、視覚的にわかりやすい「ダメージ描写」があることは、僕がこの作品を大好きな理由のひとつだ。

これは作者が欠損表現が好きなのもあるだろうけど、著者なりのリアリティの表現でもあるのだろう。漫画の中で23巻の物語にしては異常に修行パートが多いのも、これまで普通に炭焼きとして暮らしていた普通の人間がそのまま鬼に勝てるほど強くなるわけではないという「作者のリアリティ」の現れであるのと同様に。漫画でも小説でも、作者と読者(自分)で、そうした現実感覚が一致していると入り込みやすい。

集団戦バトル漫画の傑作

集団戦バトル漫画の傑作である、と書いたが、ここが個人的に一番好きでぐっときたポイントでもある。集団戦バトルってたくさんの漫画がやっているし、おもしろいけど、難しくもある。HUNTER×HUNTERを思い浮かべてもらえればわかりやすいと思うが、敵も味方も特殊能力を持ってしかもそれが複数人ずついると、状況がめちゃくちゃ複雑になるんだよね。ハンターの蟻篇で王の城に突入する時、双方の思考している描写が長すぎて連載で読んでいた僕は「めちゃくちゃおもしれーーーけどこんなに一秒に時間がかかったら蟻篇いつ終わるねーーん」と絶望したものだ。

それを嫌って、せっかく集団戦バトルになりそうでも、結局よくわからんうちに一対一の戦いっぽく舞台がわかれるケースもある。そこにくると『鬼滅の刃』は徹底して複数戦が描かれていく。そもそも上弦の鬼に、鬼殺隊一人、柱一人じゃ到底かなわないという揺るがぬ戦力差があるからだが、そもそもそうした1vs多の集団戦を前提とした設定構築が行われているのもある。特殊能力を持つのは基本的に鬼側のみで、それを討伐する鬼殺隊が頼れるのは自分の呼吸と剣技のみなのだ。

こうした複雑な敵の能力とシンプルな味方側の戦法・戦術という前提があるおかげで、複雑になりがちな集団戦がシンプルな形式に落としこまれている*1。さらに、これがおもしろさにつながっているかはわからないが、非常にゲーム的な感覚で戦闘が描きこまれているのが好きなところ。たとえば、最後の無惨戦は一人の敵に対して、攻撃では倒すことができないので太陽のもとにさらすまでの足止め・時間遅延戦術しかとれず、それを実行するために5人以上で襲いかかる完全なレイドバトルだし、前述したような「敵を倒すためには平然と自分の命や目や腕を切り捨てる」登場人物しか出てこないのだけど、これはゲーム・プレイヤー的な目線なんだよね。

大局をみながら、ここで自分が死んででも相手を殺すべきだと判断したら当然のようにその選択肢をとる。自分自身の生命を全体奉仕のために一切のためらいなく(一部ためらう人物もいるが)捨てていく、という無常観のあるバトルは、やっぱ最高だ。

おわりに

好きなところを上げてみたがどうだろうか。シンプルな話ではあるが、演出と絵が語るものは豊穣であった。23巻の最後の書き下ろしも最高で、思わず胸が熱くなった。

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 23 (ジャンプコミックスDIGITAL)

*1:特殊能力を少なめにして汎用的な能力の使い分けで集団戦を描き出す点では『ワールドトリガー』も同じ。あとぱっと見はそうみえないが、進撃の巨人と鬼滅の刃も特殊能力持ちの1vs特殊能力なしの多という同じ構造を持っている