裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)
- 作者:宮澤 伊織
- 発売日: 2017/02/28
- メディア: Kindle版
何が起こるかわからない、時間の流れも空間の在り方も現実とは異なり怪異の出現する「裏世界」を、金目の物を持ち帰って売りさばくため、探し人を探すために女子大生二人組が危険なぐらいに仲を深めながら冒険をしていく、百合×異世界物である。
女子二人がきゃっきゃしながらマカロフやAKを持って怪異と渡り合い、裏世界で米軍と協力して作戦を成し遂げたり、ラブホ女子会を開いたり、温泉旅行で一緒に風呂に入ったり、時には海で水着になってキャッキャとはしゃいだりする作品で、怪異譚としても女子同士の友情・恋愛譚としてもどんどんおもしろくなっていく。
異世界物とはいえ、昨今の異世界作品に連なるわけではなく、流れとしてはロシアSFアルカジイ ストルガツキイ・ボリス ストルガツキイ『ストーカー』の直系の子孫である。この『ストーカー』は、人類が経験したことのない、何が起こるかわからないゾーンと呼ばれる領域が出現し、そこを調査する過程で未知なるものに直面した時の人間の心理や行動を描き出していく、〈ゾーン物〉と言われる作品だ。
『ストーカー』は、ロシア語の原題を直訳すると『路傍のピクニック』であると訳者あとがきで語られていて、つまりタイトル的にも明確に意識していることになる。
- 作者:アルカジイ ストルガツキイ,ボリス ストルガツキイ
- 発売日: 2018/01/31
- メディア: Kindle版
あらすじとか世界観とか
この世界には「裏世界」「裏側」「アナザーサイド」など、様々な呼び方をされている異質な場所が存在している。現実に存在するいくつかの入り口(潰れた店舗の後ろとか)から入ることのできるこの裏世界では、その中でちょっと移動して外に出ただけで大宮から神保町まで出てしまったりするなど空間の接続もおかしくなっている。
で、語り手である紙越空魚(メガネの方)とその相棒になる仁科鳥子(金髪の方)は裏世界で「くねくね」と呼ばれる怪異と接敵している際に出会い、ピンチを共に乗り越えたことで協力関係を築き上げることになる。くねくねはWikipediaも存在する有名なネットロアで、その正体を知ると精神に異常をきたすと言われている。小説では抽象的な存在として描かれ、「わかってしまう」と精神に異常をきたすので、理解してしまうまえに「認識する」側と「攻撃する」側に分かれ撃退を果たすのだが(第一話)、くねくねをみすぎたことによって空魚は右目が怪異を正しく認識する特殊能力が宿り、空魚に干渉した鳥子の左手も透明となり怪異を攻撃できるようになってしまう。
最初は数回程度しか裏世界への渡航経験のなかった二人だが、回を重ねるたびに裏世界でのあるき方や装備も充実していき、夜は危険と避けていたのが夜も行けるようになり、今度は一日宿泊することを試みて──と次第に行ける領域と滞在期間を開拓していくのが(そして、その過程で二人の仲がぐんぐん縮まっていくのが)ゾーン物のシリーズ作品としてのおもしろいところだ。「何が何だか分からない」恐怖それ自体がゾーン物のおもしろさなので、安定と把握は諸刃の剣でもあるんだけどね。
ネットロアを中心とした怪談話
本作の特徴的な要素でいうと、ネットロアが意外なほどおもしろい。ネット流通の怪談ということもあってか名前がバカっぽい。くねくねもそうだし、第一巻の四話は時空のおっさんについての話である。第二巻にも猫の忍者に襲われる話に、真面目に空魚と鳥子が対処していく(元は身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ)。
バカバカしいといえばバカバカしいのだが、それらは元々実体験として語られているだけあって、異質なリアリティと、え? と思わず食いついてしまうような魅力が備わっている。3巻では都市伝説にない実話怪談の魅力が空魚から語られるのだが、そこでも、重要なのは実話の体験性だとしている。『みんな都市伝説が大好きだ。ロマンを求めている。でも、ここではないどこかへ切実に逃げ出したかった中学校時代の私は、怪談に対してそれだけの本気さを求めた。』『私が探していたのは、誰が言ったか定かではない噂ではなく、誰かが体験し、誰かが書いた「実体験」だった。』
ちなみに、こうしたネットロアだけではなく、マヨイガなどの有名な怪談要素が取り入れられることもある。それぞれの話の中に複数の怪談の要素が投入されていることもあって、「世界中の怪異を集めたオープンワールドゲームがあったらこんな感じなのかもな」感もある。『The Division』みたいに、オンラインでチームを組んで裏世界を探検できるゲームがあったらめちゃくちゃやってみたいもん。
キャラクタの魅力
外しちゃいけないのが、百合物としての魅力。最初こそ仲の良い女の子同士の百合、といった感じだったのが、3巻あたりからどんどんその距離感が詰められてきて、4巻、5巻まで至るともはや友愛ラインをぶちぬき、しかもそこへのジレンマもあって……とやきもきした恋愛感情が展開していくのがまたいいんだこれが。
イラストだけみていると空魚(眼鏡の方)は図書館で本を読んでいるような、おとなしい友達いない陰キャ系女子なのかなと思いきや、友達いない陰キャなのは確かだが実態としてはヤンキーに近いノリと度胸の人間であることがわかってくるのもおもしろい。たとえば下記は、米軍との共同作戦が描かれる二巻収録の「ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦」の中で怪異と対峙しているシーンだが、喧嘩腰すぎる。
霞む視界に、白い角材とクソ怖い女の顔が二重写しになる。逃げ出すこともできずに相手の視線を受け止めているうちに、ふと不審の念に駆られた。
こいつ、なんで私にガンつけてるんだ? 目を逸らしたら負けとでもいうように、ずっと私だけを睨め付けている。他にもたくさん人はいるのに。
いや……、もしかして。
こいつ、私を威圧して、目を逸らさせようとしてるんじゃないか? 正体を認識されていなければ攻撃が当たらないから、私の右目の能力を封じるために、めちゃめちゃに怖い顔でガン飛ばしてきてるんじゃ……?
そう思った途端、自分でも驚くほどの怒りが湧いてきた。
……舐めやがって。田舎のヤンキーかおまえは。
怖がらせれば目を逸らすと思うなよ。むしろ殺す……私が、おまえを、この目で殺してやる!
田舎のヤンキーはお前だよ。とはいえこんなヤクザみたいなノリで怪異と渡り合い、『ここではないどこか、未知の世界に行きたい。そのためなら、多少の恐怖くらいに負けてはいられない。それだけだ。』*1と語る男らしい空魚だが、鳥子にガンガン攻められている時はオロオロし、特に対人関係については臆病な面もあって……と、未知の怪異に立ち向かっていく二人の強い面と弱い面が巻数が進むごとにどんどん明らかになっていくのが百合的におもしろい部分だ。
おわりに
二人とも大学生で、頻繁に飲み会のシーンが出てくることで、ベロベロになって記憶をなくしたり、ラブホ女子会でハメを外しすぎたり、次第に仲間が増えてくるとその輪も広まっていって……と大学生らしい話が展開していくのが個人的に大好きなポイント。大学自体はほとんど出てこないんだけど、酒が飲めるって良いよね。
- 作者:宮澤 伊織
- 発売日: 2019/12/19
- メディア: Kindle版
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
*1:3巻142p