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世界初のペンギン学者と、ペンギンの奔放な性行動について──『南極探検とペンギン』

この『南極探検とペンギン』は、1910年頃から本格的に実施された別々の二チームによる南極点到達の冒険譚と、その冒険に同行し、旅の途中でペンギン研究に目覚めた、世界初のペンギン学者であるマレー・レビックについて書かれた一冊である。

南極点到達の冒険譚については、アムンセン率いるノルウェー隊とスコット率いるイギリス隊の二つがほとんど同時期に乗り出している。結果的にノルウェー隊が先に人類初到達を成し遂げ、それを知らずに南極点へと向かったスコット隊5人は、到達したのはいいものの帰路にて一人、また一人と(凍傷や栄養不足により)隊員を失い、最後にスコット含む三人はおそらく飢えと脱水症状により、テントの中で息絶えた。スコットは最後に、小さなノートにこう書き残している。『もちろん、最後の最後まであきらめるべきではないのだろうが、身体は衰弱していっている。終わりの時はそう遠くないのだろう。残念だが、私にはもうこれ以上。何も書けないだろう。』

人類初の南極点到達の偉業に挑戦し散った男として、スコットは当時は英雄視されたが、その何十年後かに再度調査や検証が行われるようになると、スコットの采配に粗があることが判明し、英雄であるとする評価は揺らいでいくことになる。

この南極探検行自体はノンフィクションも何冊も出て映画化もされているので、知っている人もいるだろう。が、本書が焦点を当てていくのは、スコットではなく、スコット南極遠征隊のうちの一隊員であった、あまり有名ではないマレー・レビックである。最終的に南極点を目指したのはスコット含む5人チームだが、バックアップチームが存在し、レビックはそのうちの一人であった。全員死亡した南極点到達チームとは別に、レビックらが所属する隊も帰還に失敗し、乏しい資源と住環境(自分たちで掘った真っ暗な雪洞)で、移動が可能になるのを待つため、越冬を強いられることになる。

冬の南極はマイナス40℃以下になり、吹雪が起こり続けているので,燃料も食料も乏しい、それどころか雪洞で生存が可能な状態ではない。だが、ペンギンやアザラシを殺して食べ、自分たち自身骨と皮だけになりながらもなんとか生き延びたのだ。

命を落とした者も含め、数々の冒険家たちに語られてきた物語のどれと比べてもひけを取らないとてつもない物語だ。スコットのテラノバ遠征に参加した、影の英雄の物語である。世界初のペンギン生物学者にもなった彼だが、その偉業は、目的を果たせずに倒れたスコットへの称賛と同情にかき消され、忘れ去られてしまった。

とあるように、スコットの影に隠れているが、彼の運命もまた数奇なものである。最初は軍医兼動物学者としてチームに入り、最初はペンギンにまるで興味を持っていなかったが、次第に好奇心を抱き、その行動を仔細に記録するようになるのだ。

ペンギンの性行動

おもしろいのが、生還した後にレビックはペンギンについての論文を書くのだけれど、そこでは彼が目撃したペンギンのある性行動について伏せられていた点にある。

たとえば、ペンギンは一度つがいになったあと、次の繁殖期に同じペアで再度つがいになることがむかしから報告されていて、人間の恋愛関係の模範となる道徳的な動物であると考えている人も多い(と著者は言っているが、日本でどれぐらいこれが浸透しているかわからない)。が、実際に個体を識別できるようにして観察すると、わりとパートナーを変えるし(不倫)、繁殖期が変わっても普通に相手を変えることがわかってきて、全然(人間的な意味での)道徳的な動物ではないことがわかってきた。

それどころか、ペンギンを仔細に観察していると、オス同士の性交や、屍姦、傷ついたメスをオスが集団強姦するなど、(人間の基準では)奔放な性行動を頻繁にしていることがわかる。現代的な価値観ならそらあるよねぐらいのものだが、レビックはヴィクトリア朝時代を生きた人間であり、ペンギンのそうした行動を受け入れ、公表することができなかった。彼はペンギンの性行動について「堕落だ」と書いていて、観察したことをメインの論文には入れず、別の短い論文にまとめ数人の研究者の間に回したのみだった。メモ自体も一部は、ギリシャ文字で残していたという。

そのせいで後世になるまでそんな(ペンギンの性行動について書かれた)論文があること自体が知られていなかったのだが、2012年に発見され、一躍話題になったのだ。本書は、ペンギンの専門家で南極でペンギンの研究を行っていたこともあるロイド・スペンサー・デイヴィスによって2019年に書かれた本だが、現代になって100年以上前の忘れ去られた人物が掘り起こされていることには、そういう背景がある。

不倫も強姦も同性愛もレビックがいうような、ペンギンが堕落しているからではなく、それはただそういう事象が存在するだけである。たとえば、ペンギンが同性愛や屍姦に走るのは、著者は「相手をよく確認しないからではないか」と書いている。ペンギンは、ぬいぐるみ相手でも交尾しようとすることが知られているので、相手が死体だろうが同性だろうが、精子のコストは安いのでとりあえず入れて出しとけ、というわけである。それとは別に、経験の浅いオスの練習であるとする説もある。

おわりに

ペンギンの話と南極探検の話とレビックの話と著者がかつて南極で行ったペンギン研究の話がバラバラに挿入され話の焦点がブレているようにも感じられるのだが、どのテーマもおもしろいのは間違いない。特に、食料も燃料もほとんどない中で、暗い雪洞の中で冬を超すレビックらの話は結末を知っていながらもドキドキしてしまった。

雪洞にこもって越冬している間、アザラシの肉など限られた食べ物しか口に入れられず、炭水化物が少なく酸性の食生活が続いたせいで、膀胱の制御がうまくいかなくなりしょっちゅうみながおもらしするようになったとか、この極限生活でしかありえないディティールが掘り下げられていくのだ。読み終えても、よく生きて戻ったものだなと思う。探検もの、そしてペンギンが好きな人にはぜひおすすめしたい一冊だ。