基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

モルモン原理主義者の思考から大学に行くことで免れた『エデュケーション』から、なかったことにされてきた女性たちを浮かび上がらせる『存在しない女たち』まで色々紹介!(本の雑誌掲載)

はじめに

本の雑誌2021年2月号掲載の原稿を転載します。月によってオススメの本の冊数にもオススメ度にも変動があるわけだけれども、今回取り上げた原稿はおもしろいものばかり。特に『エデュケーション』の凄まじさ、『存在しない女たち』が明かす「なかったことにされている女性たち」の衝撃、アルゴリズムに戦いを挑んだ男のノンフィクション『フラッシュ・クラッシュ』とかなりの粒ぞろいだ。

本の雑誌2021年2月号掲載

教育は人をどれほど変えうるのか。それをまざまざと実感させてくれるのが、タラ・ウェストーバーによる回顧録『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(村井理子訳/早川書房)だ。大学が人生を変えるのは当たり前だろ、といぶかしみながら読み始めたのだけれども、著者が置かれている状況は普通ではない。彼女の両親はアラバマ在住のモルモン教原理主義者で、数々のホメオパシーを信奉し、世界に終末が来ると本気で信じている終末論者で......と、極端な思想のもと育てられてきたのだ。

著者は七人兄妹の末っ子で、学校には行かせてもらえなかったのだが、兄の一人が、自力で学習を重ねモルモン教徒の大学に進学。その兄の助けと、自宅学習の甲斐もあって、彼女も大学進学に成功する。だが、社会と隔絶した状態で生きてきた彼女には学校の常識がわからない。たとえば、テストで点をとるためには教科書を読むことが重要ということすらわからず、最初はろくに点数もとれないのだ。そんな大学での日々をおくるうち、自分がどれほど異常な状況にいたのか、無教養にもとづく教えによって、いかに自分の考えが形作られたのかを理解していく。そうした過酷な環境からの離脱の過程、気付きの瞬間の描写は劇的で、ぶん殴られるような衝撃が走る一冊だ。

キャロライン・クリアド=ペレス『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(神崎朗子訳/河出書房新社)は、まだまだ世界には男性優位の仕組みや設計が蔓延しているということを、データを通して示していく。

たとえば、介護や子供の送迎などの無償のケア労働は、女性が世界で七五%を担っているとされる。こうした労働は、GDPには算出されないが、されていたとしたら高収入国ではGDPの最大五〇%を占めるという推計もある。それだけの仕事を多くの女性はこなしているのだ。無償のケア労働は介護施設など、様々な場所への移動を伴うから、男性よりも女性の方が公共交通機関の使用や、徒歩移動する距離が長く、路上での事故リスクが女性に押し付けられている。他にも、軍隊の装備が男性を前提として設計されていたり、車の安全装置で女性の体が考慮されていなかったり、治験で女性が対象に選ばれづらかったり......これまで、存在しなかったことにされた女性の実態を、しっかりと表に出してくれた、重要な一冊である。

デイヴィッド・ランシマン『民主主義の壊れ方 クーデタ・大惨事・テクノロジー』(若林茂樹訳/白水社)は、壊れつつある民主主義が、具体的にどうやって壊れうるのかを解説する一冊だ。たとえば、かつては軍事勢力が脆弱な民主主義をひっくり返すなど、その壊れ方はわかりやすいものだった。しかし、今起こっているクーデタは、自由と公正さを制限する選挙制度に徐々に変化させていくなど、民主主義が失われたとわからない形で壊されていく。さらに、テクノロジーの進歩で情報の流れは速くなったが、そのせいで民主主義の遅さへの失望も増している。我々は、民主主義への信頼を回復させ、制度を立て直すことができるのか。すべてを解決する方法など存在しないが、本書はそうした将来の民主主義の在り方まで提示してみせる。リアム・ヴォーン『フラッシュ・クラッシュ たった一人で世界株式市場を暴落させた男』は、両親と一緒にロンドン郊外の小さな家に住み、子ども部屋に設置した古いコンピュータで何百万ドルもの金を稼ぎ出し、一時的に株式市場を崩壊させたトレーダー、ナビンダー・シン・サラオの実態に迫った評伝である。アルゴリズムが超高速取引を繰り返し、人間がついていけなくなった世界で、彼は特注のプログラムを駆使し、アルゴリズムを大規模に騙すことで異常なクラッシュを実現させてみせた。

アルゴリズムに自分が活躍できる世界を荒らされ、自分の尊厳を侵されていると感じた男による、自身の存在価値を賭けた戦いでもあり、実話ではあるのだが、まるでフィクションのように熱く燃え上がる。

『勉強の価値』(幻冬舎新書)は、ミステリ作家として知られる森博嗣による、勉強について考察したエッセイだ。本書では、勉強は大人こそがするものである、と主張していく。というのも、勉強が楽しくなる唯一の条件とは、作りたいもの、勉強が役立てられる状況が目の前にあることだからだ。一方、子ども時代の勉強は、より複雑なことだったり、将来の夢を実現するための基礎体力作りに相当する。だから、学校の勉強はつまらなく感じられて当然だ、というのである。やりたいことを実現するためにする勉強は、これよりも楽しいものはこの世にないのではないかと思わせるほどのもので──と、そのおもしろさを、助教授だった自身の経験を振り返りながら語っていく。鈍りがちな大人の歩みを、力強く前に進ませてくれる一冊だ。大内啓、井上理津子『医療現場は地獄の戦場だった!』は、ボストン在住で、新型コロナ対応にあたる医師大内啓へのインタビューをまとめた一冊。新型コロナウイルスの罹患者たちが大量に搬送されてくる病院の救急部はまさに戦場。アメリカの緊急救命室は日本とは違い、いつ何時も救急車の受け入れにすべて応じる旨の法律が存在する。そのため、一人の医師が五人でも十人でも同時に見る状況が発生する。呼吸が満足にいかない患者にたいして、チューブを肺まで挿入する、リスクの高い処置(ニューヨークではコロナ死者のピーク時、挿管後の死亡率は八割を超えた)を次々とこなすなど、アメリカの現場で何が起こっているのか、その一端がまざまざと理解できる。