基本読書

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生物学とテクノロジーを合体させた、バイオロボティクスについての一冊──『ロボット学者、植物に学ぶ―自然に秘められた未来のテクノロジー』

通常、ロボットといえば鋭角や四角でゴテゴテしているイメージで、それとは正反対の植物とは結びつかない。しかし、ロボット研究・開発は昆虫や動物からそもそもその着想の多くを得てきたし、今は(3Dプリンタなどの)技術が追いついてきたことによって、植物さえもロボットの着想元として採用されるようになってきている。

というわけで本書『ロボット学者、植物に学ぶ』は、植物の根に着想を得た世界初のロボット〈プラントイド〉を開発し、今も新しい植物×ロボットの開発・研究を行っている植物ロボットの第一人者バルバラ・マッツォライによる初の一般向けノンフィクションである。本書では、彼女が作ったロボットだけではなく、生物に着想を得たロボット──広義のバイオロボティクス分野全般について、魅力的に紹介していく。

正直、植物的なロボットを作ってそれが何の役に立つ?? と若干懐疑的に読み始めたのだけれども、その仕組や活用可能性について知ってみるとそれはたしかに凄いしおもしろいし役に立ちそう!!! と一瞬で手のひらを返してしまった。

バイオロボティクス

バイオロボティクスとは、ロボット工学と生物工学を融合させた科学的・技術的な分野である。ロボットで動物の仕組みや意匠を再現しようとするものもあれば、役に立ちそうな動物の形質を一部分採用することもある。たとえば、有名どころでは新幹線のあの特徴的な先端のとんがりは、トンネルに高速列車が突入する時に発生する強烈な圧力波を低減するためにあり、その着想は鳥のカワセミから得られている。

マジックテープの発明者は、ゴボウの実の鉤が犬の毛にくっついてなかなか取れず、それを顕微鏡で観察するところから再現に成功しているし、こうした植物や動物の特性を分析して、真似してみたらうまくいった事例は枚挙にいとまがない。

単に着想にとどまらず、昆虫や生物そのものを模倣しようとする試みも数多い。たとえばゴキブリロボット・シリーズである〈iSprawl〉はゴキブリがどうやって移動しているのかを分析し、一秒間に体調の15倍を超える距離を移動できるロボットである。こいつはYouTubeに動画が上がっていたので観てみたが、見た目は完全にメカニカルにも関わらず普通に動きがキモくてゾッとしたので、ゴキブリのキモさは見た目とかよりもあの動きと異様な速度にあるんだな……と思わされた。
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他にも、水中を移動する魚ロボット〈Sofi〉も紹介されている。これもYouTubeに動画が上がっているが、後ろから見たらほとんど魚と見分けがつかない。柔らかな素材でできた体とひれを備え、静かに身をくねらせながらゆるやかに泳ぐ。これは、自然に海の中で活動させ、継続的にモニタリングすることができるから、水生生物と海の動きとの相互作用の研究などさまざまな形で活用することができるだろう。
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この他にも、ウミガメ型ロボットやらサンショウウオ型ロボットやらいろいろ存在する。そんなにいろいろいる必要あるのか? 海中の調査なら一種類でよくね? と思うかもしれないが、こうした動物型ロボットは単純に調査のためだけに作られるわけでもない。特定の動物の行動を完全に模倣できるロボットを作り上げることで、その動物や昆虫がどのように動き、生きているのかといった生物研究に役立つのだ。

〈マドレーヌ〉で見たように、絶滅した動物を扱うときでも、ロボットは完璧なプラットフォームとなり、そうした動物やそれが当時の環境でどのように動いていたのかを研究することができる。私たちを取り巻く自然の世界すべてを、人工システムの設計と開発を通して理解したい、とまでは望まないとしても、動物はなぜ泳ぎ、飛び、よじのぼり、這うことができるのか、その秘密を理解するためにロボットを利用しようと考えるのは当然のなりゆきだろう。

サンショウウオの基本的な生体構造は数百万年単位で大きく変わっていないから、今は存在しないサンショウウオの近縁が別の環境でどのように動いていたのかなど、古生物学者にとって役に立つ研究モデルになるのだ。

植物ロボット

さて、それと比べると植物ロボットは、研究の意義は理解できてもそれをどう実現するのか理解できない。そもそも、動物は動いたり繁殖したりと活動するからそれを模倣するのはわかる。植物は大きくは動かないから、一体何を模倣するのか?

著者らが開発した〈プラントイド〉が模倣するのは、植物の根だ。根は、硬いものを避けたりといったある程度の判断を下しながら、地中でじりじりと伸びている。プラントイドはなんと、そうした根の特性を与えられた成長するロボットなのである。

ロボットの先端内部には小型化された3Dプリンタが内蔵されていて、内部のコンピュータと植物再現アルゴリズムは、センサーが集めた情報に基づいて状況を判断し、どう動くべきか指令を出す。根は圧力と摩擦を減らして地中で動けるが、このロボットはその工程を抽象化して再現し、自律的に動ける人工物を作り上げたのだ。
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現在存在するものは見た目が頼りなくて、これってほんとうに凄いやつなのか……? と疑問に思ってしまうのだけど、研究的には間違いなくおもしろい。それに、まだこれは植物ロボットにおける最初のチャレンジに過ぎないのだ。『さほど遠くない将来に実現したい私の夢は、自らの形態を探査環境に適応させつつ成長していく植物ロボットを作ることだ。このロボットは、カメラとセンサーを備え、人間にとっては危険な場所で、オペレーターとの交信を保ったまま活動することができるだろう。』

宇宙など、人間がリアルタイムで介入できないような場所では、こうした自律的に判断し、成長する植物のようなロボットは重要になる。プラントイドは周囲の湿気や重力、接触などに反応して動くが、求められているのはこうした自律性なのである。また、地中の探査システムとしても根の仕組みはエネルギー効率の観点からも有望で、まだまだこれからの発展が期待できる。将来的に火星や月の土壌では、モニタリングもかねてこうした植物ロボットが這い回っているかもしれないのだ。

おわりに

著者は他にもGrowBotと呼ばれる周囲の環境に適応して成長していく植物ロボットを開発中だったり、植物とロボットの分野で最先端を走り続けている。ページも200ページちょっとで、さらっと読めるので植物ロボットのみならずバイオロボティクス全般に興味がある人はぜひ手にとって見てね。