基本読書

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イノベーションは必然で、個人は重要ではないとする『人類とイノベーション』から、女性アニメーターたちの伝記『アニメーションの女王たち』まで一気に紹介(本の雑誌掲載)

はじめに

本の雑誌2021年5月号分の原稿を転載します。この号はわりと粒ぞろい。『人類とイノベーション』、『アニメーションの女王たち』あたりは特にオススメです。

本の雑誌2021年5月号掲載

世界がどんどん良くなっていることを客観的な証拠から明らかにした『繁栄──明日を切り拓くための人類10万年史』のマット・リドレーによる最新作が、『人類とイノベーション 世界は「自由」と「失敗」で進化する』だ。リドレーは近年、人類史における発明や繁栄のほとんどは進化のシステムのおかげなのではないかと問うた『進化は万能である』をはじめ大きなテーマを扱うように変化してきたが、イノベーションを扱った本書は『進化は〜』の発展型といえる。人類の発展が進化システムのおかげだとしたら、発展の軸となるイノベーションはどのようにして生み出されるのか。

たとえば、イノベーションは一握りの天才によって引き起こされると思いがちだが、リドレーによればエジソンが死んでいたとしても、同時期に別の誰かがその発見をしただろう、と様々な事例を通して結論づける。実際、歴史をひもといていくとアインシュタインの相対性理論と同じ着想にヘンドリック・ローレンツが至っており、イノベーションにおいて個人は重要ではなく、それはただ起こるべき時に起こる。

アインシュタインは天才だが、アインシュタインがいなくても同じことは別の誰かが発案した(はず)のだ。だが、イノベーションが起こりやすい環境はある。それは、「自由」と「失敗」が可能であることだ。交換し、実験し、想像し、何度でも失敗が可能な環境でなければ革新は起こり得ない。リドレーは本書で、そうした自由をはばむ特許と著作権や、失敗を繰り返せない原子力でイノベーションが起こりづらい理由など、多種多様な観点からイノベーションを解体してみせる。

続けて紹介したいのは、ディズニーで活躍してきた女性たちに光を当てた伝記、ナサリア・ホルト『アニメーションの女王たち ディズニーの世界を変えた女性たちの知られざる物語』だ。ディズニーの伝記で女性の活躍に触れることはほとんどないが、実は脚本やアーティストとして、作品に影響を与えてきた女性たちが多数存在した。

たとえば、一九〇〇年生まれのビアンカ・マジョーリーは女性が一人もいないストーリー部門に採用され、『ピノキオ』においてピノキオを魅力的にしようと、人形が生命を欲する理由について深掘りして情緒的な奥行きを与えた。メアリー・ブレアは、コンセプト・アーティストとして活躍し、『シンデレラ』や『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』の色彩など作品の根幹に与える部分に大きな影響を与えた。

メアリーのアートは今もスタジオに残っていて、『アナと雪の女王』のアーティストもそのイメージに影響を受けている。彼女たちは名前が広く知られていなくとも、ディズニーの歴史・文化の中に確かに息づいている、そう実感させてくれる一冊だ。

アニメ繋がりでは、藤津亮太『アニメと戦争』もおもしろかった。一九四四年に日本の海軍省からの指令で制作された『桃太郎 海の神兵』や水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメでの描かれ方。太平洋戦争に立脚する『宇宙戦艦ヤマト』から時を経て、『機動戦士ガンダム』『超時空要塞マクロス』と「戦争」がサブカルチャー化していく流れを通して、戦争観の変遷を描き出していく。戦争を実体験として語ることができなくとも、語り方は無数に残されているのだとよくわかる。ロブ・ダン『家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている』は、人間とペットしかいないと思いこんでいる家が、実は多様な生態系のもととなっていることを明らかにする生物ノンフィクション。家の中は低温・高温の両環境が存在し、一定の温度で保たれているので、微生物や細菌が繁殖するには最適なのだ。

著者は各家庭からサンプルを送ってもらい研究する過程で、家の中には地球上でこれまでに知られている限りの、ほぼすべての門の細菌や古細菌を見つけている。それらは我々に害を及ぼすのではなくむしろその逆。免疫系の機能を正常に保つには彼らはなくてはならない存在であることも示していく。宇宙ステーションの中にどんな細菌がいるのかなど、普通では知り得ない情報が続々と披露される一冊だ。

ヒューゴ・メルシエ『人は簡単には騙されない 嘘と信用の認知科学』は、「人はみなプロパガンダやデマに簡単に踊らされてしまう」という長年の風潮に、認知科学の観点からノーをつきつける一冊だ。我々は、たとえ大多数の意見やカリスマ的な有名人が支持する見解であっても、言われたことを何でも無批判に受け入れるわけではない。それどころか、誰を信じれば良いのかをきちんと見極める能力を持っている。とはいってもデマを信じる人はたくさんいるよね? と疑問に思うところだが、そこにもきちっと研究の成果をあげて説明してくれている。最後に、ウィリアム・リー『健康食大全 がん、認知症、生活習慣病は食事で防げる』を紹介しよう。当たり前だが、体は病気になってから治すより病気になる前に予防した方が楽だし効率がいい。そのために重要なのは運動と適切な睡眠、何より日々の食事だ。我々の肉体は血管新生、幹細胞による再生、免疫系など複数の防御・再生システムによって守られているが、最新の研究によって何をどれだけ食べればそれらの機能が活性化されうるかがわかってきた。本書では「なぜそれが健康に良いのか」という研究成果と共に、二〇〇以上の食べ物、料理のレシピが紹介されている。ダイエットに使えるわけではないが、健康でいたいと願うなら、一読をおすすめしたい。