基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

夜寝るのを待ち遠しくさせてくれる、夢と睡眠についてのノンフィクション──『夢を見るとき脳は - 睡眠と夢の謎に迫る科学』

この『夢を見るとき脳は』は、夢を見ている時脳内で何が起こっているのかに注目した一冊である。夢を見たことがないという人は、ほとんどいないだろう。日常に深く組み込まれながらも、みなあまり夢というものを知らないようにみえる。

たとえば、そもそもなんで人間は夢をみるのだろう。睡眠が生物の体において重要な機能を果たしていることは現在ではわかってきたが、夢にも生存に必要な何らかの機能が存在しているのか。また、夢を見るのは人間だけではない。犬を飼った人は経験があると思うが、犬が寝ているのに足がピクピクと動いてワンワン吠える瞬間を目撃したことがあるはずだ。おそらく、その時犬は夢をみているのだろう。犬に直接夢見てたか? と話しかけても答えは返ってこないので、おそらくとしかいえないが。

しかし、犬(猫とかも)は夢と現実の区別がつくのだろうか? 人間も、特に幼少期は夢と現実の区別はついておらず、就学前の子供は、夢は覚醒時と同じ現実の現象であると思っているとする研究がある。夢が自分の内面での精神的な経験だと理解するのは、8〜10歳でのことだ。また、大人になってもときには夢をみるとそれが夢だったのか現実だったのかにわかには判断できないことがあるが、実はナルコレプシー患者はその頻度が高く、3人に2人は週に1度は夢と現実の区別がつかなくなる。

と、これまで夢についてのノンフィクションを(フロイトとかは読んだことあるけど)ほとんど読んだことがなかったので、本書で語られていく事例は興味深いものばかりだった。それ以外にも、現在の夢の臨床利用について、明晰夢の見方、手順など、明日から使えそうな具体的なTIPSも並んでおり、実用的にも有益な本である。

夢はどういう時に見るのか、また夢の種類について

夢はどういう時に見るのか。人は睡眠のサイクルとしては、深い眠りのノンレム睡眠からはじまって、徐々に眠りが浅くなりレム睡眠へと移行。その後、またノンレム睡眠に移行して──を繰り返すとされている。一般的に夢はレム睡眠の時に見るとされるが、実際にはノンレム睡眠の時にも人は夢を見ることがわかっている。

レム睡眠から覚醒した人が夢を見たと報告する割合は全体の80%前後で、ノンレム睡眠時に起こされ、夢を見ていたと報告する割合は(ノンレム睡眠の段階によっても異なるが)70%以上という結果もある。おもしろいのが、夢の種類がノンレム睡眠時(N1~N3の段階がある)とレム睡眠時でそれぞれ異なることだ。それは、それぞれの睡眠における脳と身体の状態が異なっていることが関係しているようである。

たとえば、ノンレム睡眠中にセロトニンの濃度が下がっていき、レム睡眠中には放出が停止する。これは、幻覚剤として用いられるLSDがもたらす効果の一つと同じ(リゼルグ酸ジエチルアミドはセロトニン受容体と結合し、セロトニンの放出が阻害される)である。現在の理論によると、レム睡眠に入ってセロトニンの放出が阻害されることで、通常では注目しそうもない弱い関係性の中に連想の中に驚異を見出し、そこに重要性を感じる。そして、夢が現実離れした内容で激しい感情を伴うようになる。

 ボブが行った意味的プライミング実験から、レム睡眠中には通常の強い連想志向が影を潜め、弱い連想志向が優勢になることがわかった。この入れかわりには別の神経修飾物質で、やはりレム睡眠時に放出が阻害されるノルアドレナリンが関係しているようだ。

一方で、ノンレム睡眠中には覚醒時と比べると少ないとはいえセロトニンは放出されている。そのため、強い連想関係はまだ維持されており、ノンレム睡眠中の夢は蛋白で、不鮮明で、さほど奇妙ではないとされる。たとえば、入眠時には最近の夕食に何を食べたとか、何を言われたとか、誰が食器を洗ったかという、エピソード性の強い夢が現れ、眠りに落ちる直前の考えがはっきりと反映されている。

睡眠と夢の役割

役割をざっとまとめると、ノンレム睡眠はその日のできごとの詳細を再現し、情報を追加し、レム睡眠は弱い連想によって見たもの、感じたことを繋げていき、覚醒時には想像しない可能性を探索し、理解させてくれる(と一部理論で提唱されている)『神経ネットワークを探索し、関係が弱いものの価値がありそうな連想を拾いだすところに、夢の創造性の真骨頂がある。それを創造性と呼ぶかどうかは定義の問題だ。』

この中の「可能性の探索」は、ラットでも部分的に確認されている。たとえば餌がもらえる迷路の実験では、起きている間に迷路を走らせたのち、眠ってからも脳細胞の活動を記録していくと、実際に迷路を進んでいたときと同じ順序で脳細胞が発火していることがわかった。しかしときおり順路の再現からズレる、一度も通ったことがない順序での発火があり、夢の中で経路の可能性を探求していた可能性がある。

ラットに今迷路走る夢みてた?? と聞いても答えられないので実際に夢で迷路の可能性を探求していたのかどうかはわからないのだが、これはおもしろい実験だ。

明晰夢と脳の働きについて

本書では他にも、夢を活用する方法として、フロイト的な「夢に隠された深層心理を解き明かす」方向ではなく、夢の個人的な意味を知り、自分自身についての新たな発見をもたらすドリームワークと呼ばれる手法であったり、明晰夢についての研究と、どうやったらそれが見れるのかについてなどおもしろいトピックスが並んでいる。

夢を見ている時にこれは夢であると自覚することのできる明晰夢は、自己申告が基本なので存在を疑う人もいるが、いまは明晰夢が始まったタイミングで被験者が目を動かして「わたしは明晰夢をみてます!」と合図できることが判明している。いつ明晰夢に入ったかわかるので、脳波活動などもわかっていて、これがまた興味深い。

たとえば、明晰夢の中で呼吸を止めると身体は中枢性無呼吸の状態になり、性的行動に及んだら呼吸数、皮膚伝導、膣の(女性の被験者)筋活動に変化がみられたなど。脳にとっては、夢の中でやっていようが実際に身体を動かそうが、大きな違いはなさそうだ。そう考えると睡眠と夢は「人生の3分の1を無駄にしている時間」などでは全然なく(そもそも睡眠は記憶の定着・整理などで不可欠だが)、むしろ起きているときにはありえない経験をさせてくれる、特別な時間だといえるのかもしれない。

おわりに

これを読むと夢ってなんておもしろいんだろう! と思い、夜寝るのが楽しみになるだろう。実際僕もこの本を夜読み終えて、一度睡眠をとった時に自分がゾンビに襲われ刀で立ち回るけっこう大変な夢を見たが、楽しい気分になった。それが自分の脳内の整理の役に立ち、イメージを結びつけ可能性を探求していることがわかるからだ。