宝樹の短篇は、ケン・リュウによって編集された現代中国SFアンソロジー『月の光』や、中国史をテーマにしたSFを集めた日本オリジナルのアンソロジー『移動迷宮』などにすでに収録されていて、作家としての力量と作品のおもしろさは充分にわかっていたから本作にも期待していたのだけれど、予想にたがわずおもしろかった。
時間SFテーマなのでメインのギミックはタイムトラベルになるが、歴史テーマもあれば学生同士の燃えるような恋愛にタイムトラベルをからめたものあり、相対性理論にもとづく時間の流れのズレをテーマにしたものありと多様な手管で楽しませてくれている。あと、もともと二次創作でデビューしたこともあってか、作品によってはノリは非常にコミカルで、宝樹の現代オタクっぽさがよく出ているものもあって、そういったところは他の中国SF作家らと比べてもとっつきやすい。
全七篇をざっと紹介する。──穴居するものたち
全七篇なので比重はつけつつもざっと紹介してみよう。トップバッターの「穴居するものたち」は紀元前1億4000万年から始まって、超ロングスパンで地球に住む動物、そして人類の行末を綴った、"長大な時間の流れ"がテーマの時間SF。
最初の人類はリアルな穴、洞窟や岩のくぼみなどに居を構えていたが、次第に外に出ていき、次に哲学の形で"我々は洞窟の中におり、実体の影をみているにすぎないのではないか"との問いかけが行われ洞窟の中へと戻ってくる。時が進むと今度はVR装置が出てくることで我々はまた別の洞窟の中に捕らわれ、さらに先の未来では核戦争が勃発し──と、はるかな未来にあっても穴居する人類の姿を描き出していく。
人類史をまるごと捉える壮大さと、個人の人生の悲哀が詰め込まれた、直球の一篇だ。
三国献麺記
続く「三国献麺記」は、三国志とタイムトラベルを扱ったコメディ寄りの一篇。舞台はタイムトラベルが実用化された2045年で、時間旅行会社につとめる語り手のもとにとある厄介な依頼が持ち込まれることになる。かつて赤壁の戦いで敗走した曹操が、逃げる際にある魚介麺を食べ、それが彼の命を繋いだのだ──という誰が聞いても嘘だとわかる物語をさも歴史的事実であるかのように宣伝に用いていた、有名な魚介麺チェーンがあるのだが、嘘をタイムトラベルを用いて事実に変えようというのだ。
依頼者は依頼をしてきた魚介麺チェーンの創業者の娘であり、彼女が美人であったことと報酬が相まって無理を飲むことになるのだが、曹操を相手にそうそう簡単にうまくいくわけもなくて──と曹操を迎え撃つ過程でひたすら厄介に巻き込まれることになる。依頼者が夏侯傑や曹操にいいよられたり、時代が違うので中国の領域が異なることによる会話の齟齬や年号が思い出せなくて慌てふためくなど、歴史ネタが次々盛り込まれて、ミステリ的、時間SF的など様々な形で楽しませてくれる。
思うように動いてくれない曹操らに苛立つ依頼者が、新しい三国志のドラマに出資して憂さ晴らししろと諭されるシーンなど、全体的にコミカルである。『「ふん、董卓と袁紹と呂布と劉備に掘られるところを撮ってやるんだからね」腹を立てながら言う郝思嘉。突然腐女子の性分を出してきたな。』
成都往事、最初のタイムトラベラー、九百九十九本のばら
「成都往事」は蜀の杜宇が突如現れた仙人のような女からもらった仙丹によって不老不死となり、長く時を生き歴史にも要所要所で関わっていく歴史✗時間SFな一篇。仙女とは二度と会えないかと思いきや、その後も彼の人生に現れ、彼女が無限に時間を積み重ねる彼とは逆で、時を逆行していることがわかってくる──。彼は最終的に現代を超え未来にまで到達するのだが、すれ違い続ける二人のロマンスがたまらない。
「最初のタイムトラベラー」はタイトル通りの一篇。膨大なエネルギーによって時空を歪め過去に戻る装置をはじめて用いる人物の話だが、はたしてどれほどの時間戻れるのかは費やすエネルギーの量により、実験開始段階では数ヶ月なのか数日なのかよくわからないままである。時間移動の瞬間が訪れる直前一分間の思考が克明に綴られていくが、本作は5ページのショートショートで、最後の一行は思わず笑ってしまう。
「九百九十九本のばら」は、もし仮にタイムトラベルが将来的に可能になるのだとしたら、現時点で未来人に向けてメッセージを送っておけば(たとえば何月何日何時のどこに999本のばらを送ってくれとか)、さかのぼって実行してくれるんじゃねえの? というありふれた発想を軸に大学生の青春を描き出していく一篇。ネタ的にはなんもおもしろくないが、不器用で気持ち悪い男と、甘酸っぱい男女の青春物の描き方、質感は素晴らしい。時間SFと青春の相性の良さをあらためて実感させてくれる。
時間の王
表題作だけあって収録作の中でも一、二を争うレベルで好き(争っているのは最後の「暗黒へ」)。記憶にあるあらゆる瞬間に飛ぶことができる男を描き出す一篇。
俺は記憶に引っ張ってもらい、自分の人生のあらゆる時間を自由に通り抜けられる。
俺は時間の王だ。
時間の王だ、とか激しくイキってるが、実際にはこれはタイムスリップとはいえず、たいしたことはできない。というのも、彼は過去に戻って、異なる選択をとり、その結果をたしかめることができるが、その記憶に滞在できるのはせいぜい一日程度で、戻ってきた時にその通りに歴史が変わっているわけではないのだ。彼は幼少期に親しかった少女を白血病で亡くし、なんとかして彼女のことを助けたいと思うのだが、当時少年にすぎない彼が戻ったところで何ができるわけでもない。
とはいえ、過去の様々な記憶の中で、異なる選択肢をとることによって、思いもよらぬ事実が明らかになって──と、彼は記憶の中の過去で、少女とのありえたかもしれない交友を温めていくことになる。「時間の王」という題名からは想像できないほどナイーブで甘酸っぱい一篇で、素晴らしい。
暗黒へ
ラストの「暗黒へ」は相対的な時間と、世界最後の一人が見る情景をテーマにした一篇。多様な兵器が乱舞され、ほとんどの人類が死滅。生き残っているのは、生物の遺伝子をたくさん積んだ亜光速宇宙船に乗り込んだ一人の男のみという状況である。
亜光速宇宙船には20人以上が乗っていたが、ある惑星に降りるか降りないかで争いとなり、みな死んでしまったのだ。最後に残された男は、それでもまだ地球生物の遺伝子を別の地球型惑星に運ぶ希望を諦めていない。惑星探査のためにも、再度宇宙船を光速近くまで加速させようとブラックホールに近づく(引力を借りて加速しようとした)も、計画にミスがあり失敗。逆に重力圏にとらわれ脱出も不可能になってしまう。
はたして男はブラックホールの重力圏から脱出することができるのか──というのが話のメインとなってくる。ブラックホールの周辺は凄まじい重力によって時間の流れが遅くなっているのだが、本作の場合この相対性理論の知見が物語のギミックとして関わってきていて、その扱い方がまた鮮やかだ。
おわりに
と、そんなかんじで多様な時間SFが揃っている一冊である。宝樹は歴史SF、時間SFの名手として知られているが、本作を読めばその意味がよくわかるだろう。デビュー作の『三体』二次創作小説も2022年に早川書房から刊行されるみたいなので、楽しみに待ちたい。劉慈欣のお墨付きを得た公式二次創作小説なのだから、すごいもんだ。