基本読書

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魚にはどれだけの知性があるのか?──『魚にも自分がわかる──動物認知研究の最先端』

この『魚にも自分がわかる』は、「魚の自己認識」、はてはその先の問いかけとして魚の知性について書かれた一冊である。魚は脳も小さいし、餌に飛びつくような本能的な動きが目立つので、知的な印象を持っている人は多くないだろう。

だが、近年の動物認知研究の進展によって、そうした認識が誤りであることが明らかになってきた。たとえば、魚は鏡にうつった個体を正しく自分だと認識することができるし、そこに寄生虫がついているのが見えたら、砂底に身体をこすりつけてとろうともする、それどころか、こすりつけた後にもう一度鏡を見る動作までするのだという。鏡にうつった個体を自分だと認識できる鏡像自己認知の能力は、それまで猿や象など一部の知的とされる動物でしか確認されていなかったが、「魚の自己認識」について世界で唯一の研究室であるという著者らは、それを魚で確認したのだ。

そもそもどうやって魚が鏡の個体を自分だと認識したと断定できるのか? という研究の手法もこまかく語られていて、こうした動物の意識についての研究がどのようなプロセスを踏んで行われるのか、といったことも本書を読むとよくわかる。本書を読み終えたら最後、魚をこれまでと同じ目で見ることは不可能になるだろう。それぐらい魚に対する見え方、意識を一変させてくれた本である。

 しかし、本書を読めば、おわかりいただけると思う。これまでのヒトを頂点とする価値体系がおよそ間違っているのである。脊椎動物は、形態や知覚だけではなく、知性の面でも連続的であって、決してヒトや類人猿だけが特別な存在なのではない。控えめにいって、人と動物との間にはルビコン川はないというのが私の立場だ。 p10

どのように鏡の個体を自分と認識していることを確かめるのか?──猿篇

それにしても、どうやって魚が鏡の中の個体を自分だと認識したと確かめられるのだろうか? 元々、猿の鏡像自己認知の研究では、わかりやすいやり方がある。

たとえば、チンパンジーにはじめて鏡をみせると、彼らは最初は鏡に見知らぬチンパンジーがいると思い攻撃的な振る舞いをする。だが、次第にそうした行動はなりをひそめ、鏡に向かって自分の口を開いたり、股間を調べるなど、鏡をヒトのように使う行動が現れ始める。それだけだと鏡の中の個体を自分と認識しているとは断言できないが、そこからさらに確証を得るために、麻酔をしたのちにチンパンジーのひたいに印をつけて、それを鏡を見たチンパンジーが触るかどうかを確認するのである。

鏡を見せ、その直後にひたいを触るのであれば、鏡の中の自分を認識しているといえる。実際、この手法でチンパンジーの鏡像自己認知が確認されたのだ。ちなみに他の動物では象、イルカ、鳥(カササギ)で確認されている。イヌ、ネコ、ブタは鏡の性質自体は理解するが、自己認知までには至っていないようだ。

鏡像自己認知実験・魚篇

続いて魚の自己認知実験の話に移るが、実はこの実験を行ったのは著者らが初というわけではない。それ以前から複数の先行研究が行われていて、それらはすべて「魚に鏡像自己認知は存在しない」と結論が出て、それが世界の常識となっていた。

ところが、先行研究ではたしかに魚に鏡をみせているものの、魚が鏡の中の個体に攻撃的であることを確認して、自己を認知していないと判断し初日で実験をとりやめていたのである。だが、チンパンジーやカササギでは、どの個体も鏡をみせた最初の数日は自己を認識せず攻撃的であることが報告されているから、初日で鏡の中個体を攻撃したからといって「魚に鏡像自己認知はない」と結論づけるのは早計である。

そこで、著者らがホンソメワケベラで粘り強く数日に渡って試したところ、鏡を水槽におくとたしかに最初は攻撃的になるが、4、5日後にはそれをやめ、鏡を覗き込んだり、鏡の前で突然ダッシュしたり、上下逆さになったり、踊ったりと通常時には絶対にとらないような不可解な行動をとるようになったのだ。もちろん、それだけだとチンパンジーと同じく、鏡の中の自分を認識していると断言できるわけではない。

著者らは、チンパンジーと同じくマークをつけることにした。魚は手がないから仮にマークに気づいても触ることはないが、その代わりに体についた嫌なものを取りたい場合水槽の石や底に擦り付ける行動を起こすので、それで確認できるのだ。魚は普段から腹部をこするので、普段まずこすらない喉にマークをつける。さらに、ただのマークだと気にしない可能性が高いので、除去したい対象である寄生虫と見た目で誤認されるように茶色のマークをつけて───と、入念に実験状況を整えていく。

で、最初にネタバレしているのであれだが、ホンソメワケベラはきちんと鏡に映った個体を自分だと認識して、鏡で自分の喉を確認してから、すぐに砂底にいってこすりつけたのである!『そのビデオを最初に見た瞬間は、あまりの衝撃に「オーっ」と叫んだ。ほんとうに椅子から転げ落ちそうになった。』しかも、喉をこすった個体は、そのあとにもう一度鏡を確認して、とれたかどうかを確認しているというのである。

マークをつけた時の痛みがあって、それをこすりつけているだけじゃないの?? など無数の可能性を排除するため、マークをつけた個体群以外にも比較対象として色のない疑似マークをつけた個体など、複数の対照群も用意してのことである。たしかに、この実験とその結果からは、魚には鏡像自己認知があるように思える。

おわりに

とはいえ、こうした旧来の常識を覆した研究は、大きな反発も招くことになる。権威ある『Science』に投稿したところ鏡像自己認知の第一人者が査読をして否定的なコメントが返されてリジェクトされたり、認めさせるのは平坦な道のりではない。そうした研究者の世界ならではの戦い──査読コメントを受けてどう穴を塞いでいくのかを考え、再度実験する──が描かれていくのも、本書の読みどころのひとつ。

著者らの研究は現在も進展中であり、魚が鏡の中の自己を認識できるとして、ではその認識はどのレベルのものなのか? ヒトと同レベルの、自分の認識状態を認識できる、いわゆるメタ認知と呼ばれる高度な知覚を有しているのだろうか? などさらに先の問いかけや、現在わかっていることも本書では披露されていく。

本書では他にも、ヒトと魚の脳の構造がどれほど似通っているのかなど、脳科学の観点からの考察など多くの論点が含まれているので、実際に読んで確かめてもらいたい。ヒトを頂点とする旧来の知性観を一変させてくれる一冊だ。