基本読書

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男だけを殺す感染症によって男性人口が激減した時、社会はどのような変化を遂げるのか?──『男たちを知らない女』

この『男たちを知らない女』は、クリスティーナ・スウィーニー=ビアードのデビュー作にして、もし世界に男だけを殺す感染症が広まって、社会の構成要員がほぼ女性だけになったら、その時何が起こるのかを描き出す感染症&ジェンダーSFである。

「男だけを殺す感染症」は、成人向けコミックスでよく見かける他、日本SF大賞を受賞したよしながふみの『大奥』の存在もあって、本邦ではそう珍しい存在ではない。そんな先行作(?)に対して、本作(『男たちを知らない女』)の特徴といえるのは、舞台を2020年代の近未来に設定し、社会が徐々に崩壊していく過程や、ワクチンの開発に奔走する人々の姿をリアルに描き出している点と、人類学者、医者、政治家など様々な立場の人物の視点から、変化していく社会を描き出しているところにある。

社会の変化と個人のドラマ

たとえば、清掃員や軍人、電気技師といった男性の数が多い職業はそれだけ穴が大きくなるから、女性たちを強制的にそうした仕事につける必要がでてくる。需給があるから自然に動くかと言えばそう簡単な問題ではなく、電気技師の92%が死んだ後、残りの8%が新人を育成しつつ10倍以上の仕事をこなすなど実質的に不可能なのだ。

そうした職業にまつわる混乱の他にも、こうした自体は女性らが仕組んだものだと叫ぶ陰謀論者らの出現、恋愛観の変化、中国の共産党の崩壊(軍隊と構成員の大半が男性だったため、ほとんど自動的に崩壊した)に、それに伴う北京、香港、上海など各都市の独立宣言、内戦の激化といった政治的な混乱。極端な少子化への対応に、どうにかして男の子を増やす手段など、社会の変化の数々が描かれていくことになる。

それと同時に描かれていくのが、女性たち個人のドラマだ。ほとんどの既婚女性は自分の夫や息子を亡くし、喪失感に襲われている。そうした巨大な喪失から、いかにして立ち直っていくのか。あるいは、立ち直るこどなどできないのか。亡くした夫や息子を忘れられない女性もいれば、息子が感染することを恐れるあまり、小屋に閉じ込め続け何ヶ月も出さない女性も、DVを受けており感染症による夫の死を心から願う女性も、すべてを失ったからこそ、ゼロから自分のやるべき事を見出す女性もいる。

 ワクチンの開発に協力することはできないし、医学的実用的な技術はないし、世話をすべき人も残されていない。だからせめて、この出来事を記録しよう──破壊され、失われ、変わってしまった多くの人生を。いろんな話を集め、いったい何が起きているのか、それはなぜなのかを解明しよう。

こうした記録に、軍事に、ワクチン開発に、そのすべてに自分がやらねば誰がやる、と多くを失った女性たちが奮起していく物語なのである。男性の描写も多々出てくるのだが、本作の主人公はこうした”女性たち”といえるだろう。

小さなエピソードがどれも濃く、おもしろい。

本作は社会の大きな変化だけでなく、小さなエピソードや人間の描写のひとつひとつが実に魅力的だ。たとえば、すべてを失って軍隊を志願する女性が決意をする瞬間であったり、男の子を産んだら間違いなく死んでしまう状況で、あえて産もうとする女性。感染症が蔓延していると知り、船上から決して降りないことを選んだ人たち。

男性の体に女性の心を持ったトランスジェンダーが、男性の無駄遣いだと差別を受ける状況であったり、自分が死ぬという恐怖に駆られ、妻と娘たちを残して失踪した男性とその家族が迎える苦い結末。男性の数が極端に減って、恋愛市場の需給が完全にぶっ壊れた結果、女性たちは男性のみならず女性とも付き合うようになり、女性同士をマッチングさせるアプリが世界最大のユーザー数を誇るようになったりと、どのエピソードもよくできた短篇のように印象に残る。

終末のような時代にあっても、人が必要とするものは変わりません。わたしたちはみんな、愛されていると感じたいし、求められたいし、このめちゃくちゃな恐ろしい世の中でひとりぼっちじゃないと思いたいんです。

おわりに

特に物語的なクライマックスとかは存在せず、スッと終わるのでカタルシスを求めている人はそんなに楽しめないだろうが、こうした丹念な社会や個人の描写が好きな人には大いに刺さる一冊だ。ちなみに、よしながふみ『大奥』も完結を機に一気読みしたら傑作(疾病によって男性人口が激減し、社会構造が大きく変わった江戸時代を描き出す長篇漫画)だったので、あわせてお勧めしておきます。