基本読書

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未来の社会に労働用ロボットが横溢した社会から人間とAIの融合を扱った作品まで、多様な可能性を見出すAI・ロボットSF傑作選──『創られた心』

はじめに

東京創元社はここ最近、ゲームSF傑作選『スタートボタンを押してください』、銀河連邦SF傑作選『不死身の戦艦』、パワードスーツSF傑作選『この地獄の片隅に』といったワンテーマ・アンソロジーを文庫で多数翻訳・刊行してきているが、そうした流れに新しく連なるのがAIロボットSFの傑作選である『創られた心』だ。

ケン・リュウのように日本でよく知られたSF作家から、新型コロナウイルスによる社会の変容を予言したような作品と話題になった『新しい時代への歌』のサラ・ピンスカー、書物についての本格的なファンタジィ『図書館島』の著者ソフィア・サマターなど、SF畑の作家のみならず幅の広い作家・作品が16篇集められている。

ロボット反逆を描いた作品もあれば、新たな労働者階級としてのロボットが社会に定着した後をリアリスティックに描き出すもの、未来のロボットへのメッセージをテーマにしたもの、シンギュラリティを超えたAIと人間の関わりを描くものなど、どれも異なる方向性からロボット・AIの姿を描き出していて、作品の質は全体を通して驚くほど高い。最近のアンソロジーの中でもトップクラスに好きな一冊になってくれた。

作品をざっと紹介する。労働者として働くロボットを描く作品

というわけで各作品を(気に入ったものを中心に)紹介していこう。作品は全体はいくつかの分類に分けることができるが、人間の労働者の代替となって働くロボットたちの苦闘・パートナーシップ・反逆の姿を描くものが多い。たとえば、トップに置かれた作品はヴィナ・ジエミン・プラサドの「働く種族のための手引き」。

労働に従事するロボットに、先輩ロボットのメンターがつく制度が存在する世界で、縫製工場やカフェの店員として人間に奴隷のようにこき使われている個体”デフォルト・ネーム”のメンターになったのは、一般的な仕事とは言い難いキル・ゲームに参加している殺し屋ロボットで──。と、奇妙な二人の師弟関係を通してロボットの劣悪な労働環境とそこからの解放の過程が描かれていく。トップにふさわしく、ユーモアたっぷりで読みやすく、暖かな気持ちにさせてくれる一篇だ。

『ラブ、デス&ロボット』でアニメ化された、短篇「ジーマ・ブルー」などで知られるアレステア・レナルズ「人形芝居」は本作屈指のユーモアSF。宇宙船内の監視システムの欠陥によって、搭乗した5万人の大半が脳死状態となり、船内の管理にあたるロボットたちが責任逃れをするために決死の人形芝居を繰り広げる。最初はロボットたちは自分が人間のふりをする方法を試すが違和感が大きく、人間の動きを模倣するための実験を繰り返し、目的地へ到着するまで何十年もの猶予の時間を使って、責任逃れのための研鑽を続けていく。必死な滑稽さがSF的解決に結びつく鮮やかな一篇だ。

スザンヌ・パーマー「赤字の明暗法」は、労働用のロボットを購入することでそのロボットが労働した分の収入が追加で得られる労働がほぼロボットによって置き換わった未来を描く一篇だ。通常人々は株のように出資者を集めることでロボットを共同所有しその分前を分配するが、スチュアートはそうした理屈をよくわかっていない両親が10年前の保証期間外のオンボロロボットを騙されてひとりで購入し、彼にプレゼントしてくれて──とナイーブな男とポンコツロボットが購入費用を取り戻すための苦闘を通して、労働がなくなった後の世界で人間が働く意味を問いかけてゆく。

変わり種ながらも本書の中で一番好みだったのが、ソフィア・サマター「ロボットのためのおとぎ話」。眠れる森の美女や幸福な王子、ピノキオといった一見ロボットには関係がないおとぎ話を、"未来のロボットのための物語として”語り直していく。

たとえば、眠れる森で100年眠り続けた美女はロボットのスリープモードであると解釈され、オズの魔法使いは一番ロボットらしいゼンマイ仕掛けの男ではなく心臓を持っていないと言い張るブリキの木こりをロボットと解釈し、『無自覚な優しさを持ち、自分の体の不十分さと懸命に闘う者の物語』として語り直してみせる。ロボットへの物語こそが、ロボットに予想だにしない変化を与え、おとぎ話たちの持つ解釈の多様性に気づかせてくれる、書物を愛するソフィア・サマターらしさに溢れた物語だ。

反逆を描く作品

「ロボットのためのおとぎ話」の中では「ねんどぼうや」のワンエピソードで、ロボットの在り方には二つの極として”労働と反逆”があると語られる。というわけで続いて反逆を描く作品を取り上げていくと、サード・Z・フセインの「エンドレス」は40年間空港の運営を行ってきたAIが売却されたことでお払い箱となってしまい、いい空港でいることだけが望みだったAIが資本家たちへと決死の復讐を遂げる物語だ。

完全にイカれたAIなのだが、四本腕の骸骨から巨大な空を飛ぶ装甲兵員輸送車までさまざまなアバターを手に入れ、ド派手な復讐を企てていく。続いてピーター・F・ハミルトン「ソニーの結合体」は遺伝子工学技術によって生まれた特殊な獣と繋がった人間が戦士として闘技場で闘争を繰り広げている世界で、マフィアに暗殺者を仕向けられ体をめたくそに破壊されたソニーが自分の体を最強の獣と化していく一篇。

どちらも派手で、映像的に映える痛快なアクションSFだ。

AIを描く作品

ロボットといえば現代では切り離せないのがAIだ。ケン・リュウ「アイドル」はSNSや動画に残った情報から人間の人格・応答を模倣した”アイドル”を作ることができるようになった社会で、その活用方法や人間の本質を問いかけていく。

たとえば人気のインフルエンサーや著名人の方のアイドルは、自分自身のアイドルを作ることでファンたちは擬似的にコミュニケーションを取ることができる。ただ、応用はそれで終わらない。裁判では、陪審員や判事のアイドルを作成して事前にシミュレーションをすることもできる──など弁護士やコンピュータープログラマーとして仕事をしていたケン・リュウの経歴が存分にいかされた作品に仕上がっている。

もう一篇、強く心に残ったのが本邦でも『迷宮の天使』などの翻訳があるダリル・グレゴリイの「ブラザー・ライフル」。二年前に一発の銃弾が後頭葉に撃ち込まれ、感情的な動きがなくなり人格が大きく変容してしまった兵士が、脳深部インプラントによって徐々に感情を、過去を後悔する力を取り戻していく。

負傷する前の彼は海兵分隊のシステム・オペレーターで、AI支援システムの判断を受け、彼自身が攻撃や撤退の判断を下していたが、それがある悲劇に繋がっていて──と現在と共に過去に彼が犯した罪も明らかとなり、脳深部インプラントによる”自由意志をめぐる物語”として飛躍する。脳深部インプラントは現実でも人間に用いられ、幸福度などを操作できる技術であり、非常に現実的な問いかけをはらむ物語だ。

おわりに

人間をはるかに超えて進歩してしまったAIの言うことを人間にわかる形に変換する、翻訳者たちの物語であるアナリー・ニューイッツの「翻訳者」など、紹介しきれていないが魅力的な作品がまだまだある。本作はロボットの語源となったチャペックの戯曲『R.U.R』が世に出て(1920年)、ちょうど100周年の年に出た作品だが、間違いなく現代がいちばんロボットの概念が拡張され、芳醇となった時代といえるだろう。