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知能の仕組みを解き明かし、人間を超えた汎用人工知能やマインドアップロードの可能性まで考察する──『脳は世界をどう見ているのか 知能の謎を解く「1000の脳」理論』

人間は日々新しいことを学び続けている。民主主義についてや数学の理論など複雑な概念に限った話ではなく、たとえばアプリをダウンロードしたらその使い方を学ぶだろう。道を歩けば、こんなところにハンバーガー屋や眼科ができたんだな、と気がつき、日々頭の中の情報、世界のモデルは書き換わっていく。

それらは、必死になって英単語を覚えるように努力して覚えるようなものではなく当たり前のように行われることなので、特に高度なこととは思えない。しかし、人間のそうした自律的な学習機能がプログラム上でそう簡単には実現できていないことからもわかるように、実際には相当に複雑なことをやってのけているのである。では、我々の脳の中では、そうした偉業がどのようにして成し遂げられているのか?

本書『脳は世界をどう見ているのか』は、まさにそうした疑問を解き明かしていく一冊だ。著者のジェフ・ホーキンスはインテルのエンジニアとして働いたのちに神経科学の博士課程に進むが、大学での研究に壁を感じて起業。その後自分で神経科学研究所を設立し、研究を進めてきた異色の経歴の持ち主である。だが、その情熱でもって今では多くの神経科学者に支持される知能の理論にたどりついてみせた。

前提知識として、新皮質とは何なのか。

まず、著者らが提唱している知能を説明する「1000の脳」理論とは何なのかを軽く紹介していこう。その前提となる知識で重要なのは、脳の中で最も新しい部分にして、7割もの容積を占める「新皮質」の存在だ。新皮質は知能の元となっている器官であり、視覚や言語、音楽や数学といった能力のほとんどが新皮質で生み出されている。我々が何かを考えるときに働いているのは、おもにこの新皮質になる。

新皮質には数十種類のニューロンが存在している。そこには一平方ミリメートルあたり10万のニューロンが敷き詰められ、ニューロン間結合は5億にものぼる。新皮質はそのエリアによって視覚野、言語野と機能が分かれているが、衛星画像を見ても国境線が見えるわけではないように、わかりやすい線が引かれているわけではない。素材はほぼ同なじであり、重要なのは、新皮質の領域が何と繋がっているかだ。皮質のある領域が眼と繋がれば視覚がうまれ、鼻と繋がれば嗅覚が生まれるのである。

つまり、新皮質とそのニューロン群には、触覚から視覚まで汎用的な機能を実現する汎用的な能力があることになる。

汎用的なアルゴリズムの仕組み、「予測」と「座標系」

新皮質の基本アルゴリズムを知る上で重要なのが、「予測」と「座標系」という考え方だ。「予測」は新皮質の機能のひとつである。我々は視覚を右にふったり左にふったりするときそこで何が見えるのかある程度わかっている。だから、予想だにしないもの(いるはずのない人だったり)がいたら飛び上がるほど驚くだろう。

コーヒーカップに触る時も、その触感や重さsは予測できる。つまり、脳は世界をみて、そのものにふれたり体験するときに、一度予測を経由していることになる。予測のためには「世界のモデル」が必要だ。コーヒーカップの触感や形、落とした時にどんな音がするのかという数々の情報・知識が新皮質には保存されていて、動いたり触ったりする時、我々は対象のモデルと照らし合わせて予測を立てる。

「座標系」は、予測のための仕組みである。たとえば、コーヒーカップに触れる時、触感の予測をするために人は二つの情報を知る必要がある。ひとつは、触れようとしている対象は何なのか。ふたつめは、指が動いた後コップのどこにいくのかだ。カップのふちと側面では異なる触感があるから、対象のどこに指があたるのかの情報は必須で、カップに対する指の位置をあらわすニューロンが存在するはずである。

ふーんと思うかもしれないが、この座標系は単純に予測のみの役割にとどまらず、コーヒーカップやホチキスなどのモデルの学習、民主主義や光子といった触ることのできない概念モデルの学習にまで関わっているのではないかという仮説がある。

 なぜ座標系がそんなに重要なのか? 座標系があることで脳は何を得るのだろう? まず、座標系のおかげで脳は何かの構造を学習することができる。コーヒーカップが一個の物であるのは、空間内での相対位置が決まっている一連の特徴と面で構成されているからだ。同様に、顔は目と口が相対的な位置に配置されたものである。相対的な位置と物体の構造を特定するには、座標系が必要なのだ。

これが意味していることはつまり、新皮質は感覚入力ではなく「座標系を処理する器官」だということである。

「1000の脳」理論の基本骨子

これは根拠のない話ではない。というのも、人間含む哺乳類の脳には場所細胞と格子細胞という自分の位置を把握するための神経科学的基盤が存在する。場所細胞は、ある場所に来るたび発火するニューロンで、場所と対応しているので場所細胞と呼ばれる。一方の格子細胞は格子状のパターンで発火し、二次元空間的に場所細胞を整理する。格子細胞は地図の行と列、場所細胞は現在地を示すものと考えるとわかりやすい。これで、我々は様々な場所に対応して自分の位置を記憶・把握できる。

で、この場所・格子細胞と同じような仕組みが新皮質とそこにある皮質コラムにも存在し、座標系の仕組みを用いて脳内に多数のモデルを詰め込んでいるのではないか──というのが本書の中心的な主張なのである。また、そうした「モデル」は、コーヒーカップや車といった物体に限った話ではない。先に書いたように、民主主義のような我々が目でみることのできない概念的な知識にも当てはめられる可能性がある。

物体じゃない概念を座標系で認識するってどゆこと? と思うかもしれないが、たとえば歴史であれば年表の形式にすれば一次元的に把握することもできる。世界地図の中でイベントを配置する方法もあるだろう。もちろん新皮質は毎度適切な形の座標系を選択できるわけではないだろうが、それもまた学習していくことができるのだ。

コーヒーカップを学習する時、視覚、触覚、匂いなど、さまざまな感覚野と何百もの皮質コラムがそのモデルを作り上げる。目の前のコーヒーカップというひとつの物体に対して、脳に一対一で対応する部分はなく、何千ものモデル、何千もの皮質コラムの中に点在するようになる。これが「1000の脳」理論の基本骨子だ。

おわりに

最終的に数千の皮質コラムからの情報はひとつに統合され、違和感なく知覚される。それがどのような仕組みで行われるのかは「投票」システムが関わっていて──と、これ以上の詳細な内容については実際に読んで確かめてもらいたい。

ここまで多くの内容に触れてきたが、それでも本書の130ページまでの内容にすぎない。ここから先、知覚の統合問題について。また、我々の知能がそのような仕組みであるのならば、今後汎用的な人工知能を作ることも可能なのではないか。汎用的な人工知能がつくられた時、社会にどのようなことが起こり得るのか。このような知能システムを持つ我々が社会を構築する上で避けられない問題とその解決策についてなど、神経科学の枠を超えた「知能と人類の未来」についての話が広く展開していく。

後半の内容はSF的で愉快だが著者の専門である神経科学から離れていくこともあって浅いな……と思わせられる部分もあって手放しで褒められるわけではないが、全体的には間違いなくおもしろい一冊であった。詳細な説明を省略していることもあって読みやすい部類なので、意識と知能に興味がある人にはぜひ手にとってもらいたい。

あわせて読みたい

マイケル・グラツィアーノと彼による意識の理論は、本書(『脳は世界をどう見ているのか』)にも肯定的な言及がある。
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場所細胞、格子細胞などについてはこの『Mind In Motion』の記述がおもしろかった。
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