基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

われわれは運動をするために進化してきたわけではない──『運動の神話』

この『運動の神話』は、『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』などの著作や、身体活動に関する研究で知られる人類学者ダニエル・E・リーバーマンによる、運動についてのノンフィクションである。書名に「運動の神話」とついているのは、本書が運動にまつわる神話とその実態を紐解いていく本だからだ。

たとえば、運動の神話のひとつに「私たちは運動をしたがって当然だ」というものがある。われわれはもともと狩猟採集民で、日頃ずっと歩いたり走ったりと身体活動が活発な状態にあったわけだから、体を動かすのが当然なのだと。そうやって運動を推奨し、運動は薬だ、老化と死期を遅らせる魔法の薬だ、と吹聴しつづける人たちもいるが、著者はそうした人たちのことを”エクサシスト”(exercist)と呼んでいる。

運動なんてしたくなくて当然だ

実際のわれわれは運動を好むように進化してきたわけではない。カロリーを浪費することは生存上意味がなく、むしろ体を極力動かさないことで利益がでるように人類は進化してきた。狩猟採集民だって一日7時間程度を軽作業に費やし、大半を座って過ごす。トレッドミルで走ったり、健康のために運動していたわけではなく、必要だから動いていただけだ。われわれが「健康のために」運動をしたいと思えなくてもそれが当然。運動は楽しいものではないのだから──という前提で議論が進行していく。

 本書の前提は、進化論的・人類学的な視点が、「運動のパラドックス」すなわち「私たちは運動するようには進化してこなかったはずなのに、運動は、なぜ、どのようにして、これほど健康に役立つのか」という疑問の理解に貢献するというものだ。

もちろん、運動は人間の体を健康にして、老化を遅らせる。うつや不安障害に対抗する、メンタルヘルスの健康としても運動は効果的だ。しかし、具体的にどのような身体上の変化がそれをもたらすのか? また、週何回、どんな種類の運動をするのが良いのか? 運動をしたいと思えない人たちが運動をするにはどうしたらいいのか?──など、運動にまつわる疑問と問いかけを上下巻で語り尽くしている。

僕も今年の3月から毎日せっせと30分以上エアロバイクを漕ぎ始め、体重を10kg近く落として体の調子もメンタル的にもよくなった実感があったから、これからも運動を継続するため、運動の効果を理論面から実感するために、本書は大変役立ってくれた。無論、運動なんてしたことがないが、してみたいと思っている人にも有用だ。

座ることは本質的に不健康であるという神話

本書ではいくつもの神話と実態の乖離が語られていくが、そのうちの一つは「座ることは本質的に不健康である」という神話だ。座ることは不健康だとみなされているし、実際「座り続けることは」不健康だ。座っている時間は実質的に他のことを何もしていない時間であり、その分消費カロリーは減少する。座る時間が長くなってくるとカロリー過剰で内臓脂肪が蓄積され、慢性炎症を引き起こすこともある。

だが、不健康なのは「座り続けること」であって、「座ること」ではない。座っている間にこまめに席をたったり、少し動いたりする人たちのリスクは大きく下がるのだ。『問題は座ること自体にではなく、長時間動かず座り続ける状態に、ほとんど運動しない状態が組み合わさることにある』。狩猟採集民も一日に5〜10時間程度座っていたが、彼らは背もたれのある椅子を持っていなかったから、しゃがんだり、ひざをついたり、体をもぞもぞ動かしながらいろいろな姿勢で座っていたはずである。

現代には座ることの危険性から立って使うスタンディングデスクなども売られているが、立つことは運動ではないし、立ち机に大きな健康的メリットがあるとお墨付きを与える慎重な研究も存在しない。重要なのは「座らないこと」ではなく、10分程度で立ち上がったり体をもぞもぞと動かしたりする「アクティブな座り方」であり、それさえできていれば毎日長時間座っていても慢性炎症を予防・軽減してくれる。

毎晩8時間は眠らなければならないという神話

睡眠は体の薬であり、毎日8時間以上眠るべきだ、という神話もある。実際どうなのだろうか? 8時間であるべき理由があるのか? おもしろいのは、狩猟採集民の睡眠時間についての研究で(8時間ぐっすり眠っているのか?)、たとえばタンザニアにまだ残る狩猟採集民のハッザ族などをウェアラブルデバイスを用いて調査した研究では、彼らの睡眠時間は暖かい季節には5.7〜6.5時間。涼しい季節には6.6〜7.1時間と、工業化社会のくらべて随分短かった。昼寝もほとんどしていなかったという。

100万人以上のアメリカ人の健康記録と睡眠パターンの調査研究では、一晩に8時間睡眠をとる人の死亡率は、6時間半から7時間半の睡眠の人よりも12%も高かった。『八時間睡眠が最適であることを示す研究は一つもなく、ほとんどの研究で、七時間以上の睡眠をとっている人は、七時間未満の人よりも寿命が短いという結果が出ているのだ』僕は毎日8時間ぐらい寝ているから気持ちのいい事実ではないが、睡眠時間が確保できていないひとにとっては朗報といえるだろう(短すぎると死亡率に影響が出るが)

結局どれぐらい運動したらいいのか。

運動は内臓脂肪の蓄積を防ぎ、糖分、脂肪、コレステロールの血中濃度も低下させる。心血管機能を向上させ、ストレスホルモンのレベルを下げ、代謝を活発にする。運動をすると体は一時的に炎症などを起こしてダメージを与えるが、その後さらに強力で広範な抗炎症反応を起こし、飲み物を床にこぼしたが、吹いたら元の床よりも全体的にきれいになった、とでもいうような効果を体にもたらす。*1

で、運動で健康になるのは事実としていったいわれわれはどんだけ運動すればいいの? というのが気になるところだ。これについては多くの研究がなされ、何度も検証・検討されてきたが、結論として言われていることは、「大人は週に150分間の中強度の有酸素運動、または週に75分間の高強度の有酸素運動」をすることで慢性疾患の全体的なリスクを減らすことができる、というもの。週に150分は日に30分の運動を5日行えばいいだけなので、そう高い難易度というわけではない。

そうはいっても運動なんかできねえよ

そうはいっても運動なんかできねえよという人もいるだろう。健康のためだなんだといって「とにかくやればいい」といっても人はやらない。なぜなら人は運動をするために進化してきたわけではないから。では、どうすればいいのか。強制力を発揮する方法、グループでやる方法など、解決策がいくつも本書では提示されている。

本書を読むことも運動をはじめる・続けるきっかけになってくれるだろう。運動の利点がこれでもかというほど語られている他、最後には具体的にがん、呼吸器疾患、心血管疾患、うつや不安障害に運動がどれほど効果があるか(運動する人としない人でリスクにどの程度差があるのか、なぜその差が生まれるのか)も詳細に明かされる。

やり始めるまでのハードルも、続けるハードルも高い運動。だが、その効果は計り知れない。ちなみに、僕の個人的なオススメはエアロバイクである。なぜなら場所をあまりとらず、眼も手も自由なので本も読めれば動画も見ながらこげるからだ。

*1:本書では運動で健康になる理由を「コストのかかる修復仮説」を用いて説明しているが、これは解説すると長くなるので読んで確かめてほしいところだ。