基本読書

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脳内のニューロンを修復もすれば破壊もする、ミクログリア細胞について──『脳のなかの天使と刺客』

近年、『「うつ」は炎症で起きる』などうつ病をはじめとした精神疾患と身体的な炎症の関係性が(一般向けの本でも)注目を集めるようになったが、本書『脳のなかの天使と刺客』も、そうした流れに連なる最新のノンフィクションである。

長年、病気が人の体を襲っても脳だけは立入禁止区域であるとみなされてきた。体で炎症が起こっても脳には関係がないのだと。体の場合炎症して腫れ上がるが、脳の場合は膨らんでも行き場がないからその発想も直観的には正しいように思える。だが、2011年頃から、脳も体の炎症から影響を受けるのではないか? と神経・免疫科学者は考えるようになり、実際それが正しいことが次第に判明しつつある状況である。

脳内の白血球

体の炎症と脳の関係性について、鍵を握っているのが「ミクログリア」と呼ばれる細胞だ。これは長年のあいだ、脳内の老廃物を始末するだけのたいした役目のない細胞だと思われていたが、実際には何十億ものニューロンを守り、修復する「天使」としての機能があるだけでなく、逆にそれらを(体の炎症と連動して)機能不全に陥らせ、うつ病や不安障害などの起因となる「刺客」にもなりえることがわかってきたのだ。

白血球は体を守ってくれる存在だが、何かのきっかけで暴走状態になると正しく機能しなくなり、逆にアレルギーなどの形で体を攻撃しダメージを与えることもある。同様に、脳内の白血球たるミクログリアも常に正しく機能してくれるわけではない。

たとえばストレスホルモンが流入してきたり、体で炎症が起こっていたりすると、ミクログリアは過剰に反応し、近くにあるシナプスを一掃してしまうことがある。双極性障害の患者では炎症性バイオマーカーはうつ症状が悪化する時に急上昇し、寛解するときには低下する。炎症性バイオマーカーが高ければ高いほど精神症状がより現れやすい傾向があり、2017年にはジョンズ・ホプキンズ大学医学部の研究者らが、自殺の試みを予想するのに体の炎症性バイオマーカーが使えることも明らかにした。

ウイルス感染を撃退しているときのように、炎症性免疫応答が活性化するだけで、深い絶望や自殺念慮までもが誘発されるのだ。

体の炎症と精神疾患には密接な関係性があるのだ。

ミクログリアは精神疾患とどう関係しているのか。

体の炎症と脳に密接な関係があるのは確かとして、ミクログリアは精神疾患にどう関係しているのか。複数の研究があるが、たとえば不安やうつ病の症状が悪化する時期と、脳内のミクログリアの機能不全の度合いが相関していることがわかっている。

全身性エリテマトーデス、クローン病などの免疫疾患は、脳のミクログリアを暴走させる。全身性エリテマトーデスの患者は精神疾患に75%もかかりやすいことが示されてきたが、その科学的な理由が今回ミクログリアでついたのだ。慢性的なストレスが続くとミクログリアが脳の免疫応答を引き起こす他、体に病気があると、白血球は炎症物質を放出してミクログリアに警告を伝え、その攻撃性が増強されることがわかっている。科学者らはいま、ミクログリアによるシナプスの過剰な剪定を、「神経炎症」や「神経変性」(こちらはアルツハイマー病やパーキンソン病などの場合)と呼ぶ。

 しかしこの脳の変化を何と呼ぼうと、すべて同じことを意味する。つまり小さなミクログリアがシナプスを飲み込んで破壊しているのだ。このことが重大な変化となって、精神医学と神経学のブラックボックスに長い間取り残されていた、何百というさまざまな障害となるのである。

暴走にどう対処したらいいのか

うつや不安障害がミクログリアと関連して引き起こされるとして、どうしたらいいのか。ミクログリアの活動を抑制したり、ミクログリアの数が少なくなりすぎたら増やすことはできるのか──といえば、まだこれは現在進展中の研究が多い。

効果が目されている治療法のひとつが経頭蓋磁気刺激(TMS)だ。TMSは磁場発生機を頭上にあて磁気パルスを脳に流す、すでに行われている非侵襲的な治療法のひとつである。ミクログリアはニューロンの電気活性の維持にも関わるから、ニューロンの接続が切断され、ミクログリアが不調に陥っている領域がある時などは、脳にとって馴染みのある磁気パルスを与えてやることは理にかなっているように思える。

正しくできれば、非侵襲的なTMSの電気パルスはミクログリアを再起動し、ミクログリアとニューロンに新しい適切なシグナルを伝えられるのかもしれない。

うつ病患者の3人に1人は抗うつ薬治療に反応しないとはよく言われることだが、そうした患者にTMSを用いても3割程度の人にしか改善はみられないとされている。つまりこれもうつ病治療に苦しむ人を救う、絶対の解決方法というわけではない。

となるともっと手っ取り早くミクログリアをなんとかできねえのかと思うが、実用化はまだだが研究はされている。たとえばミクログリアを標的とし、善玉も悪玉もすべてを除去するという治療法。これを行うことで新生ミクログリアが再び脳で増え始め、新生したそれは神経に対して有害ではなく保護的になるという。

過活動のミクログリアを抑制するか、抑制されたミクログリアを活性化するよう設計された、新型の抗うつ薬も模索されている。こうした薬が承認されるプロセスに何年もかかるだろうが(このうちどれが承認されるかもわからない)、もしいつか成されるのであれば、経口薬による脳の抗炎症療法も可能になるのかもしれない。

おわりに

うつと体の炎症、ミクログリアの関係性を扱った本は今までもいくつか出ているが、本書の特徴は2020年刊行なのもあって治験などがすすめられている比較的最新の治療法が紹介されていること(紹介では長くなるのではぶいたが、ニューロフィードバック手法も効果があるのではないかとして注目を集めている)、また科学ジャーナリストが著者なのもあって、読みやすく書かれているあたりが挙げられる。

あと10年もしたら、より的確にうつ病や不安障害、アルツハイマー病が治療できるようになっているのかもしれない。未来にまで目を向けなくても、本書を読んで、精神疾患で苦しんでいるひとの体に(自分も含めて)、具体的にどのような事象が起こっているのかを把握することができれば、より優しく接することもできるはずだ。いつ誰が精神疾患になるかなんて誰にもわからないことが、本書を読めばわかるだろう。