基本読書

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所有は人を幸福にするか?──『人はなぜ物を欲しがるのか:私たちを支配する「所有」という概念』

人間にとって「所有」とは重要な概念だ。何一つ持たずに暮らしている人などそうそういるはずもないし、年末年始には毎年何を買って(所有して)良かったのかの振り返りが上がる。車や家など、所有がそのまま人生やその人の価値観や立場をあらわすステータス、象徴になるものも多い。所有しているものは自分の一部なのである。

われわれは新しいモノを買って所有しても、次はさらにもっと良いものを所有できないかと考える。その欲求には終わりがない。モノを所有することで、人はそれが奪われたり損なわれたりするのを恐れるようになり、行動に歪みが出ることもある。

モノを所有することで幸せになれると私たちは考える。だがむしろ、所有によってかえって惨めさが増すことも少なくない。富の蓄積にやっきになった一生をふり返り、「ああ、いい人生だった」と心から言える人がどれだけいるだろうか

とは本書の「はじめに」の文章だが、本書はこのように人と所有の関係性について心理学や行動経済学の観点から考察した一冊である。著者は認知発達を専門とする研究者で、そもそも「所有」とは何なのか。なぜモノを所有したがるのか。利他精神と公平性の概念について。人間はいつ頃から「所有」の概念を持ち、人間以外はどうなのか。新しいものを所有したいという終わりなき連鎖から逃れることはできるのか──そうした問いかけに、一つひとつ答えを出していく、なかなかおもしろい本だ。

人がモノを無限に所有したがる理由とシグナリングについて

だいたいの人はいくらでも新しいモノを欲しがるが、それはなぜなのか。

ひとつの理由は、所有が他人に対してのシグナリングとして機能しているからだ。高い時計をしている人や、高級車に乗っている人がいれば、その人は少なからず稼いでいると価値を知っている人には一瞬で伝わるだろう。オスのクジャクが生存に役に立たないのに綺麗で巨大な尾を蓄えるのと同じように、ときに人は高級品を所有する。

同時に、人はあらゆるものに慣れてしまう。田舎に引っ越してきて自然の光景に美しさを感じても、一週間も過ごしたらその風景は日常のものになってしまうように。どれだけ新しい所有物を手に入れてもすぐに慣れ、あらたなモノの獲得に乗り出していく。シグナルとしての所有にも、慣れが存在するがゆえの物欲にも、終わりはないのである。『それは自己をよく見せようとする終わりなき、そして最終的には満たされない探求の旅である。成功者であるという実感は得られるかもしれないが、そこにはモノを蓄えるほどに満足感が減っていくというパラドックスが生じる。』

金をモノに使うべきか、体験に使うべきか

人は年収が上がるほど幸福を感じるが、年収7万5千ドルあたりを境に幸福度は頭打ちになるという有名な分析が存在する。富によって幸福になれるのはある一定のところまでで、それを超えると資産がいくらでも幸福度にはあまり影響しない。ただ、年収が上がることで人生の「評価点」に関しては比例して上がり続ける。

しかしなぜ「評価点」が上がっても「幸福度」が増えないのか? お金で幸せは買えないのか? といえば、その理由はたくわえたお金で「モノ」を買っているからかもしれない。たとえば、現在では相当数に上がる研究が、所有物ではなく体験に金を費やしたほうが大きな満足感が得られるとしている。

心理学者トム・ギロビッチの研究によれば、旅行、コンサート、外食といったコト消費から得られる恩恵は、ブランド服や宝石、家電製品といった高級品を所持するモノ消費の恩恵よりも、長続きする傾向がある。コト消費では、体験前の期待の段階だけでなく、事後の回想時にも満足感が得られるのだ。

感覚的には、「モノ」に金を使ったほうが幸せになれそうに思える。体験はその一回きりで終わってしまうが、モノは残るのだから。だが、購入品は部屋におさまればあとは埃をかぶっているだけのことも多いが、記憶は何度も再解釈される。

購入品は次第に劣化していき、より最新の製品が現れたら古臭くみえるなど粗が見えてるのに対して、体験したことは好意的に思い返す傾向がある。たしかに旅先の思い出はどれも楽しい部分が記憶として蘇ってくる。移動や窮屈な思いをしたなど嫌な部分もあったはずなのだが、過ぎ去ってしまっているのでそれもいい思い出だ。

誰もがモノではなく体験に金を使うべきだという結論がここから導き出せるわけではないが(外向型の人と内向型の人では違いが出る。バーを訪れるよりも本を買った方が幸福感を得られる人がいることも、7万6000件の銀行取引を分析した研究で示されている)、モノか体験かで金の使いみちで悩んだ時、指針になってくれるだろう。

おわりに

本書の最終的なメッセージはシンプルで、『必要なのはもっと多くのモノではなく、いま手にしているものの価値に気付けるだけの十分な時間だ』というものである。

250以上の別個の研究にたいして、包括的なメタアナリシス(入手可能なすべての研究を網羅する解析手法)を用いた所有と幸福度についての研究では,人生において物質主義を追求すべきと信じる態度と、さまざまなタイプの個人の幸福度との間には、一貫して明らかな負の相関があったという。SNSを見るのをやめ、他者と自分を比較して、シグナリングや誇示のためにモノを買うのは控えよう──。それだけの話ではあるのだが、それだけのことがなんと難しいものか。

新年早々に読んだ本だったが、これからの指針になってくれそうな、良い本であった。今年はあまり新しいモノに執着せず、使う場合も体験を重視していきたい。