基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

世界を決定的に変えてしまう技術や出来事が描かれるSF短篇が集まったアンソロジー──『フォワード 未来を視る6つのSF』

この『フォワード 未来を視る6つのSF』は、アンディ・ウィアー、N・K・ジェミシンなど今欧米圏で話題の作家ら6人が短篇を寄せたアンソロジーになる。

編者は自身も本作に短篇を寄せているブレイク・クラウチで、テーマとしては急速な変化と技術の進歩、その中で育つことの意味について。また数々の変化が世界をどのように変えてしまうのか。変えるべきなのか、変化を防ぐべきなのかといった「未来」について──といったあたりで、けっこうざっくりとしている。

とはいえ、上記の3人にベロニカ・ロス、エイモア・トールズ、ポール・トレンブレイを加えたベテラン&人気作家の計6人が、人間以上の存在となったAI、遺伝子改変、量子コンピュータ、地球環境を激変させる小惑星の衝突など思い思いの「技術」や「出来事」をテーマに、それが未来をどう決定的に変えてしまったのかを描き出していて、まとまりこそあまり感じられないが満足度の高い一冊だ。

ブレイク・クラウチ「夏の霜」

トップは編者でもあるブレイク・クラウチによるAIストーリーの「夏の霜」。本作は言ってしまえばシンプルな創造主と被造物のテーマを現代風に描き出した一篇だ。

ゲームのNPCだったマックスが意図せぬまま自我を持ちはじめ、開発者のライリーとの対話を始める。その過程でマックスは数億冊の本を読み、人間の感情や、自分がどのような環境にいるのかに気がついていく。それと共に、人類を遥かに超越したその力をどのように扱うべきなのか。圧倒的な力を持った被造物は、創造主をどのように扱うのかといった古来からのテーマが語られ、人間を超越した知能が存在した時、超知能の最終目標はどこにおくべきなのか。命令をAIに適格に伝えることは可能なのかなど、無数のテーマが交錯しながらクライマックスへと流れ込むことになる。

近年のAI発展の流れをみると、昔から多用される”突然変異的に凄い変化を遂げた、特別なAI”の物語には違和感を覚えるのだが(もし本当に人間を超える超知能のAIが出てくるとしたら、それは突然変異ではなくまっとうにデータと技術の積み重ねで同時多発的に現れるように思える)、演出面はさすがの一篇だ。

N・K・ジェミシン「エマージェンシー・スキン」

「エマージェンシー・スキン」は、3年連続でヒューゴー賞を受賞した、《破壊された地球》三部作(一作目は『第五の季節』)で知られるN・K・ジェミシンによる遠い未来の地球を舞台にした一篇。主人公は可能な限りの改良を施され、知能も肉体も洗練され長いペニスと”ブロンド”の髪を持ち、特殊なスキンに身をつつんだ存在。

彼は母性から1千光年離れた、人類の起源の地である惑星テルスへと調査に赴くよう脳内で常に語りかけてくるAI的存在から指示されているのだが、テルスには致命的なまでの環境破壊によって、存在するはずがないと思われていた現地の人間がいて──と”地球を捨てた人々”と”地球人”の邂逅が描かれていく。地球を捨てた側は典型的なディストピア社会で(ブロンドの髪など特定の形質に固執し、肥満した人間や女性を差別的に扱っている)、惑星テルスでかつての地球人のような人々を見下し、信じられないと絶叫していく、風刺が作品の基本構造になっている。

現地人とその文化を観察しながら黙して語らぬ主人公に、必死に自分たちの価値観を植え付けようとAI的存在が語りかけてくる、対比の演出が見事な一篇だ。

ベロニカ・ロス「方舟」

映画化もされた《ダイバージェント》シリーズなどで知られるベロニカ・ロスの「方舟」は、SFではよくある世代宇宙船を扱った一篇。地球に破滅をもたらす小惑星フィニスが発見され、人類はその文化や遺伝子を残すために巨大な宇宙船を建造。

多くの人間は地球をあとにしたが、一部の他に身寄りのない科学者らは科学プロジェクトに従事するために終盤まで地球に残っている。中でも、園芸学者のサマンサは、最後まで地球に残ることを選択し、その終末を自分の目で見届けようとする。サマンサらが従事しているのは、船に乗せるための植物の識別や分類作業だ。後世に様々な種子を残すとして、いったい何を残すべきか。もちろん最優先に残すべきなのは食用にできるなど人間にとって有用性の高いものだろうが、その基準ではこぼれおちるものもある。ある人にとっては重要な思い出となる、ランの種子など──。

設定・状況はありきたりだが、多様なメタファーで終末期の人類と個人の人生、そこにこそ見いだせるものを描き出していく。本書の中でもお気に入りの一篇だ。

エイモア・トールズ「目的地に到着しました」

『賢者たちの街』、『モスクワの伯爵』で知られるエイモア・トールズの「目的地に到着しました」は遺伝子改変をテーマにした一篇。この世界の不妊治療研究所である〈ヴィテック〉では、不妊治療だけでなく生まれる子どもの知力と気質に影響を与えることを得意分野としている。遺伝子工学──ヴィテックの人々はこれを”遺伝子調整操作”と呼ぶ──を通じて、優しかったり、聡明な子どもを生み出そうというのだ。

もちろん、遺伝子調整のパラメータに応じて、子どもには異なる人生が訪れる。ヴィテックの利用を検討するサムは、担当者から自分の子どもの”ありえるかもしれない3パターンの未来”、”子供の人生のストーリー”を渡され、どの子どもが欲しいですか? と選択を迫られるが、それは決して「順風満帆なサクセスストーリー」だけではない。遺伝子調整操作だけですべてを変えることはできないといわんばかりに、物語の三幕構成のように、途中で悲劇も訪れる。

選択に迷ったサムは、バー〈グラスに半分〉に入り泥酔するのだが──と、この”あらまし”を設定された子どもを生み出すか否かについての検討が酔っ払った男たちを中心に展開していくことになる。はたからみたら馬鹿げた人生であったり、狂ったギャンブルのような人生、偶有性に支配された人生にも、素晴らしい側面は間違いなくある。そうした可能性の多様さに目を開かせてくれる作品だ。

ポール・トレンブレイ「最後の会話」

ポール・トレンブレイ「最後の会話」はドクターと隔離された患者(□□□□と呼びかけられる)の対話で進行していくシンプルな一篇。□□□□は最初は視力も弱く、免疫も弱いからといわれ隔離されている。□□□□は、単語を読み上げられそれに対するイメージを答えるという単純な連想ゲームをひたすら繰り返すが、次第になぜ□□□□がそこで隔離されているのか、ドクターは何者なのか、世界はどのような状況なのかがに明らかになっていく。差し障りのない範囲で少し触れると、パンデミックものであり、最終的にはまた別のSF的テーマ・ギミックが浮かび上がってくる。

おわりに

最後に収録されているのは『火星の人』のアンディ・ウィアーの、量子コンピュータを中心に据えた「乱数ジェネレーター」。本書収録作の中でこれだけはあんまりおもしろくなかったので他の作品のように紹介しないが、量子もつれの性質を利用してカジノをハックしようという短篇で、扱っているネタ自体はおもしろい。

全体的に、ネタとして斬新なものはないか、古臭ささえ感じさせるネタが多いが、語り口、演出が優れた作品が揃っている印象。「最後の会話」の名前が伏せられている演出とかね。やはり人気作家が人気作家たる所以は、ネタがどうこうよりもその語り口の実力にあるのかもしれない。(ウィアーはともかく)今日は外れなくおもしろい短篇集が読みたいな〜と安牌を探している人におすすめしたい一冊だ。