基本読書

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戯言シリーズ、正統続篇は不安を消して、期待を超えてくるおもしろさだ!──『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』

この『キドナプキディング 青色サヴァンと戯言遣いの娘』は『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』から始まる西尾維新の代表作《戯言》シリーズの正統的な続篇、そして長篇である。主人公は表紙にばっちり描かれているように前作主人公の戯言遣いの娘で、高校一年生の15歳だ。戯言遣いや玖渚友といった旧作の面々はほとんど出てこず、過去作の流れを過剰に掘り返したりもしないので、《戯言シリーズ》は聞いたこともない、という人にも入りやすい作品になっている。

17年ぶりの《戯言》シリーズなので、もう読んだことがない人も数多いだろう。一方、読んだ人にとってはとても思い出深い作品なのではないだろうか。僕も塾に行くのが嫌で嫌で、かといって家に帰るのもバレるのでできず、本屋で足がぶるぶるになるまで立ち読みしていた迷惑な記憶が蘇ってくる。そうした思い出深いシリーズの久しぶりの続篇というのは、少し不安とともに読むことになるものだ。

続きが読めるのは嬉しいが、かといって著者も歳をとったり変化をしているのであって、かつてのようなおもしろさは発揮できないのではないか。読んだら違うわこれ、となってがっかりして前作の印象まで悪化してしまうんじゃなかろうか。当然ながらこの『キドナプキディング』にも同じ期待と不安をいだきながら読み始めたのだ。特に僕は西尾維新の近作には戯言シリーズのスピンオフ《最強》シリーズを筆頭に、つまらないわけではないが好きというほどでもない作品が多かったし。

とはいえ、本作はそうした不安を消して、期待に答えてくれる作品だ。別に昔の戯言シリーズが帰ってきた! という感じではない。ないが、相変わらず哀川潤を起点に物語がはじまり、ジョジョネタがことあるごとにさしはさまれ、戯言遣いでも青色サヴァンでもない、その要素を引き継ぎながらも新しい道を開拓する新しい15歳の少女が、ちゃんと主人公をやっている。人それぞれの戯言観があるから誰もが満足できるなどというつもりもないが、新規読者だけではなく、昔の読者も手にとっても、そう大きくはずれたものにはならないのではないか。というわけで、以下紹介。

あらすじ、世界観など。

物語の舞台はそのまま《戯言》シリーズの世界を引き継いでいる。戯言遣いと玖渚友は結婚、後に子供を産んだが、それが本作の語り手の玖渚盾(じゅん)である。

シリーズ未読者向けに軽く世界観を紹介しておくが、ミステリーとしてはじまったシリーズながらも次第に作中には人外や異能力者のような存在が増えていって、後の方の巻ではほとんど能力バトルものへと変質していった。つまり、特殊な人間が跳梁跋扈する世界である。前作ではいーちゃんこと戯言遣いが殺人事件に巻き込まれ、それを適当に推理しながら事件を解決に導く過程で、殺し名と呼ばれる異常な殺人集団やら、世界を牛耳る玖渚機関の娘やら、ヤバいやつらと出会って漫才を繰り広げる──というのがおきまりのパターンであるが、それは本作においても健在である。

本作で玖渚盾は市立澄百合学園に通う高校一年生。戯言遣いと玖渚友は特に死んでいるわけでもなく健在で、娘の玖渚盾からは反抗期らしい反発こそあるものの(『第一私は、まともな子育てなんてできっこないあの自由奔放な変人ふたりよりも、ベビーシッターからの影響を強く受けている。』)仲は悪くなさそうである。というのも、パパとママからの言いつけを、それなりにがんばって守っているからだ。

玖渚盾は、パパから100の戯言シリーズを与えられ(戯言シリーズその1は、『まず名乗れ。誰が相手でも。そして名乗らせろ。誰が相手でも。』)、一方のママの方は相当に厳しい言いつけだが、かわりにたった1つしか無い。

 ところで、パパの戯言シリーズは100まであるが、それに比べるとママのほうは実にシンプルだ。あーだこーだと口うるさいパパの教えを、忠実な娘ははっきり言って半分も守れていないけれど、しかしながら、そのシンプルさゆえに、ママの教えはこれまでのところ遵守してきた。ルール違反をした場合、誤魔化しがきかないからだ。実際のところ、その内容は現代社会において許容しかねる制限であり、まさしく児童虐待の最たる不都合ではあり、私の人格形成に影響ならぬ悪影響をとめどなく与えているのだが、その他はなんでも自由にしていいと言われているネグレクトと紙一重の放任主義が前提なのだから、仕方がない。それに、その『たったひとつの冴えないルール』を守らなかったら殺すからねともにっこり言われている。
 名付けてママの絶対法則。
 機械に触るな。

現代社会において機械に触らずに生きていくことは可能なのだろうか? 学校の授業でパッドを当たり前のように使う時代に?(仮に大学にいっても単位が取得できなさそうである)はともかく、そうした極端な人生縛りプレイをしている玖渚盾は、人類最強の請負人にして、両親の恩人にして、自分の名前の元となった哀川潤に車で跳ね飛ばされ、殺されかけてしまう。そして、そのまま絶縁状態の「玖渚機関」のもと(玖渚城と呼ばれる兵庫県にある世界遺産の城)へと連れて行かれることになる。

《戯言》の続篇なので当然そこでは凄惨な殺人事件──それも第一作『クビキリサイクル』を彷彿とさせる、クビキリ死体で──が発生し、自称普通の女子高生である玖渚盾は警察の介入もないままに事件を解決する義務に追われることになる。そもそもなぜ玖渚機関は一度も会ったこともなければ絶縁状態にある玖渚盾を誘拐してまで呼び寄せることになったのかといえば、玖渚友の娘であることを見込んだ「ある依頼のため」なのだが、玖渚盾はあくまでも自分は凡人なので、不可能だと否定する。

それにしても、なぜ、玖渚盾は母親から「機械に触るな」などという過酷なルールを付されているのか? そして、玖渚盾は本当に自分が言うように「普通の女子高生」なのか?──といった謎が、推理の過程で次々と明らかになっていく。

おわりに

玖渚盾というキャラクタの造形が個人的には一番のポイント。あくまでも偉大で変人な両親を偶然持ってしまった「普通の女子高生」(型月的な「普通」でもなく)として描き、それをきちんと展開でも示しながら、最終的には戯言遣いと青色サヴァンの娘であることもはっきりと示す、そうした「普通」と「変人(あるいは天才か)」の中間のようなキャラクタを、きっちりと描ききっている。

個人的には大満足の正統続篇であった。このあともシリーズとして続いていくのか知らないのだが(どっかに情報が出ているのかもしれないが)続いたらしばらくおっていきたいね。