基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ばかげた質問を突き詰めて考えることで、真剣な科学について楽しく学べる一冊──『もっとホワット・イフ?: 地球の1日が1秒になったらどうなるか』

この『もっとホワット・イフ?』は、インターネット漫画家である著者の漫画をまとめたもの。数あるインターネット漫画の中でも本作の特徴は、著者ランドール・マンローが、元NASAの技術者でゴリゴリの理系思考を持った人物であることだ。

本作では、その特性を活かして、副題の「地球の1日が1秒になったらどうなるか」を筆頭とした様々な馬鹿げた質問にたいして科学的に思考し、それをイラスト・漫画に落とし込んでいく。「もっと」とタイトルについているように『ホワット・イフ』という作品の続篇となるが、繋がりは特にないのでどちらから読んでも良い。

『ホワット・イフ』はアメリカのみならず日本でもベストセラーになっていて、著者はその後『ハウ・トゥー:バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』や『ホワット・イズ・ディス?:むずかしいことをシンプルに言ってみた』などの『ホワット・イフ』の類似テーマの作品を次々と刊行してきている。そのどれもが良かったが、久しぶりに『ホワット・イフ』の続篇を読んでみると、やはりランドール・マンローはこの路線が一番おもしろいな、と思わせてくれる。答えを知ったところでどうにもならないバカバカしい質問ばかりだが、それについてしつこく考えることで、世界の普段光が当たらない部分に光があたり、楽しく学ぶきっかけになるのだ。

 真剣な質問に答えるときと、ばかげた質問に答えるときとで、使う科学の種類が違うわけじゃない。摩擦電気は、嵐の中で雷が発生する仕組みも説明する。生物の体内に存在する素粒子の数を把握することは、物理学者がモデルを使って放射線障害を予測するときに必要だ。ばかげた質問に答えようとがんばることで、真剣な科学について学べることもあるわけである。(p.8)

本作は「太陽系を木星のところまでスープでいっぱいにしたらどうなりますか?」から始まり、64問目の「雨粒がすべてレモンドロップとガムドロップだったらどうなりますか?」で終わる。その中でも、気に入ったものを中心に紹介してみよう。

恐竜に必要なカロリー

たとえば、イラストも含めて大好きになったのが「恐竜に必要なカロリー」を扱った第7章。「ティラノサウルスをニューヨークに話したとすると、ティラノが必要なカロリーを摂取するためには、1日あたり何人の人間が必要になりますか?」が質問の全文だ。ティラノサウルスといえば体は大きいのは間違いないし、ジュラシック・パーク/ワールドのイメージもあって、毎日相当数の人間を食い殺しそうな気がする。

恐竜が食べたものをいかに消化・吸収してエネルギーを生み出していたのか、その詳細は定かではない。定かではないが、ティラノサウルスが一日に摂取していたカロリーは、4万キロカロリーほどだったとする説が多いようだ。人間の場合は、成人女性は一日に必要なエネルギー量は約1400〜2000kcal、男性は2000kcalプラマイ200あたりが必要になるそうだから、それから考えると20倍近いカロリーが必要だ。

引用元→https://www.hayakawabooks.com/n/n4d6a3e9c4feb

そうすると次に気になるのは「人間は何kcalなのか?」だが、ここが僕にとっては予想外だったポイント。『ダイナソー・コミックス』の著者ライアン・ノースは、人体の栄養表示をプリントしたTシャツを製作・販売しているが、それによると体重80kgの人間には約11万kcalのエネルギーが含まれる。予測よりも随分多い。そのため素直に考えれば、ティラノサウルスは1日人間を半分(40kg分)ずつ食べれば、生きていくことが可能になりそうだ。『ニューヨーク・シティの2018年の年間出生数は115000人で、その数の新生児だけで約350頭のティラノサウルスを維持できる。』

それだけだとスプラッターな結論で終わってしまうが、この章では次にマクドナルド1店舗あたりティラノサウルスを何匹抱えられるかを試算している。それによれば、マクドナルドは1店舗1日あたりの平均にならすと1250個のハンバーガーを販売している(1年に約180億個)。1250個のハンバーガーは約60万kcalで、これだとティラノサウルスは1日80個のハンバーガーを食べるだけで生きていける。つまり、マクドナルド1店舗は栄養を考えなければ15頭のティラノサウルスを飼育できることになる。

ティラノを飼うにしても、ハンバーガーで満足してもらったほうが人間にとってはよさそうだ。最初はこいつマクドナルドから広告料でももらってんのか? と思ったが、よく読むとハンバーガーを食べたくなくなるので、多分違うのだろう。

雨粒がすべてレモンドロップとガムドロップだったら

個人的に、やはり地球や人類がめちゃくちゃになってしまう系の質問が楽しい。その最たるもののひとつが、末尾に配置されている「雨粒がすべてレモンドロップとガムドロップだったらどうなりますか?」だ。まず、雨粒同様に降ってくる1粒のレモンドロップの終端速度は毎秒約10メートルだから、死ぬほどではないが痛いだろう。

一番たいへんなのは地球から水がなくなっていくことだ。雨の場合は地面に染み込んだり川に流れ込んだりしていずれ消えていくが、ドロップは消えずに家々を埋め尽くし、勝手に消えることもないのでいずれ建物を倒壊させる。都市も農地も砂糖で覆われ、農業も不可能になり、ヒトは長く生き延びることはできないだろう。

おもしろいのはこの先だ。砂糖は炭水化物で、土壌に砂糖を加えるといずれバクテリアによって消化され、CO2と水になって環境に戻される。その瞬間は砂糖だけで生きていける生き物にとっては天国だろうが、分解が続けば、CO2レベルは急上昇して地球はさらに温暖化に向かう。大気のCO2濃度は現在の0.03%程度から2,3年のうちに5%とか10%になって、海が沸騰するレベルの温度上昇が起きる可能性がある。

そうなったら、糖分を栄養源にする好熱性のバクテリア以外の生物は残らないだろう。しかし「雨粒がドロップに変わる」のなら、雨粒に変貌するはずの水がすべてなくなった時にこのサイクルは止まるはずだ。その時に地球で何が起こるのか──それは読んで確かめてほしいところだが、科学でしつこく思考をこねくりまわしていくおもしろさが、この項目では存分に描き出されている。

もう一つ触れておきたいやつ

思考実験系でおもしろかったのは「1人の人間が生涯に読めないほど多くの(英語の)本が存在するようになったのは、人類史のどの時点ですか?」。まず平均的な作家が平均何ワード執筆できるかを出し(毎分0.05ワード)、平均的な人間が何ワード読めるかを出し(毎分200から300ワード)、作家が何人いる社会ならすべての本が読めるのかを算出していく。具体的な答え(全部読めなくなる年代)は書かないが、けっこう最近まですべての本が読もうと思えば読めたんだな、という感想を持った。

おわりに

雨粒がドロップスに変わったら、など突飛な状況を設定してそれについて細部を詰めていくのは、まるでSF短篇を読んでいくようなおもしろさがある。そのうえ、場合によっては科学の勉強にもなるのだから良い本だ、という他ない。前作と本作、どちらから読んでもいいとはいえ、前作は文庫になっているので、ランドール・マンローの本を読んだことがないが興味を持った人は前作から読むのがいいだろう。

最後に宣伝

それとは別に僕も「SFが未来をどう描き出してきたのか」の紹介を通してSFへの入門を促す『SF超入門』という本を書いたのでこちらもよろしくお願いいたします。