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『ホドロフスキーのDUNE』とか、最近だとNetflixで公開されたLeague of Legendsのアニメ『Arcane』の制作ドキュメンタリーがYouTubeに上がっていて、これも大好きだ。完成品だけみるとあ〜おもしろかった。よくできていたな/できていなかったな、で終わりだが、実際その中ではあーでもないこーでもないとひたすらにこねくりまわしたり方針転換しているわけで。集団制作だと紆余曲折ありがちだが、単著の刊行という、執筆過程では編集者と著者の二人しかいないケースでも起こる。
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以下、ドキュメンタリーという程ではないが、過程を振り返っていこう。
企画初期──読書術の本として始まった
最初に「本を刊行しませんか?」という趣向のメールが来たのは2019年の4月23日火曜日14:18分。「書籍出版のご相談です(ダイヤモンド社田中)」というタイトルでド直球に書籍出版をしないかという誘いがあったわけだけど、当初の企画はSFとは何の関係もなく、『月30冊読む技術』だった。以下メールからの引用。
ご相談差し上げたい企画のタイトルは
『月30冊読む技術』
です。
その当時僕は楽天の「それどこ」の記事で「月30冊読書する僕を“SF沼”に落としていった、初心者にも優しいSFたち」というタイトルの記事を書いていたりしてそこからの連想だったのだが、要は最初は読書術系の本として企画がはじまったのである。僕はたしかに月30冊読んでいた時もあれば読んでいない時もある人間なのだが、正直言って技法といって人に伝達できるようなものがあるかなあと思っていた。
たとえば、速読をしているわけではなく、普通の人がしていることを「しない」ことで時間を作って、その時間をひたすら本を読んでいたというだけの話である。人付き合いをすべてカットし、誰とも遊びにいくな。風呂に行くときも飯を食う時も本を読み、できれば仕事もやめちまえと。一切の仕事をやめ、ゲーム機とテレビを破壊し、友人にすべて絶縁状を叩きつければ本が月30冊読めますと語る本を出版して意味があるのだろうかと疑問に思いつつ、この路線で企画をこねこねしていた。
で、この読書術の本の目次を作り込んで企画を出すか出さないかという時に、編集の田中さん*1が「やっぱりこの企画、ちょっと微妙かも……」みたいな雰囲気を出してきた。田中さんは当時ダイヤモンド社に転職してきたばかりだったが、ダイヤモンド社は「すでに類書がたくさんあるような本は、できるかぎり避ける」という方針(これはかなり僕の意訳が入っている*2)があるが、読書術の本は類書がたくさんあるので、はたしてどうだろうかというのである。
僕としては最初から悩んでいたのでそれはそうだ、じゃあこの企画は終わりでしょうがないですねと思ったが、田中さんが偉かったのは「じゃあ、目論見が違ったのでやっぱりなしで」とはならずに「別の企画を立てて企画会議を通しましょう!」と前向きに提案してくれたところにある。で、読書術をやめるとなり、さらに著者の独自性を出すのなら、やはりまあ僕の場合ならSFだろう、という話になり、その方面で企画を練り直すことになった。それが企画初期である。
企画初期後半
そこから企画を練り直すのだが、初期のSF本は今の構成とは異なるものであった。
これを書きながら初期のSF本の企画書をあらためて見返していたのだが、あまりに違うので少し笑ってしまう。造本イメージとして、ページ数は256頁で試算されているし、刊行予定は2020年の3月である。ただ、読者イメージ自体にそうズレはなく、SFに興味はあるが、何から読んでいいかわからない人や、ビジネス界隈でSFを身に着けたいと思っている人を対象にしている。この点に関しては、大きなズレはない。
当時の構成は、最初にビジネスマンがSFを読むべき「6つの意味」という、SFがいかにビジネスに役に立つのかを語るエッセイ風の第一章があり、その後SF小説「8ジャンル」の見取り図として、タイムトラベルやディストピアなど、ジャンルの紹介するパートがあり、その後にSFを読む「5つの技術」として、読書術の企画の流れに関連した「読み方」指南があり、最後に「ビジネスに効くSF「ベスト30」」が続く。
その後この目次をベースに企画をこねくりまわし(たとえばイーロン・マスクやザッカーバーグらが読んできた本を紹介する章が増えたり、第一部を「SFの基本編」としてSFの歴史や世界各国でSFがどう読まれているのか、どのような歴史の変遷があったのかを語る章が増えたり、さらには合間合間に「初心者向けのSF10冊」とか「SF映画の歴史」といったコラム的な文章も入れようとか、色々な初期構想があった)。
で、メールを見返していたが企画会議が通ったのが2019年の09月08日。そして、2020年の1月28日には原稿の冒頭部分を書いた文章を6万2千文字渡している。その後もちょくちょくと書きつつ、いったん最初の構成で初稿があがったのが2020年の11月15日。この時点での文字数は22万5707文字とすでに相当多い。
企画の決定から約1年と2ヶ月で初稿が完成した計算だが、特に「SFの歴史」パートを書くのがきつかった記憶がある。現代にあらためて日本語で日本読者に書く意味があるものにするためにはどうしたらいいんだろうと比較的新しい英語のSF歴史本を何冊も買い漁って読んだり参考にしながらなんとか形にしていたが、結局このSFの歴史パートを書いた原稿は最終的にまるまるボツになるのである。
参考にしたうちの一冊。けっこうおもしろかった。企画中期──一度書き終えた後のリスタート
原稿を放り投げて編集の田中さんに預けていたのだが、その後構成全体を練り直すことになる。「このままじゃ出せません」と直接言われたわけではなくぬるっと「じゃあまた構成練り直しますか……」という流れになっていた記憶があるが、そのまま出せない状態ではあったのだろう。終わってみれば自分も元構成案のまま出ることにならなくてほっとしているので決定自体はありがたいものだった。
「ビジネス書としてのSF本」にしてはいろんな要素が混在しカオスになりすぎていたのだ。そこで、よりシンプルにしようと最初の構成要素はほぼ捨てて、「キーワード」を立て、それを中心に作品を紹介していく今の構成が決まった。これが2021年の6月末頃で、キーワードとリストを構築し、第一章から原稿を書くことになるのである。前項の22万文字も全部ボツになったわけではなくて、「知っておきたい古典名著10冊」などの章の文章は一部利用できたが、大部分は新しく書くことになった。
本を書いていて一番心が折れそうになっていたのがこの時で、山を登り終えたと思ったのに、ここからまた山を登り始めないといけないのか……と絶望的な気持ちであった。実際書き始めてみると、リストに挙げた作品をひとつずつ読み直すのも書くのにも膨大な時間が必要で、作業は遅々として進まず、こんなの終わらね〜〜〜〜〜〜!! と自分で自分にブチギレやる気がほぼゼロになっていた。
この時の自分の気持としては、ゲームしてるほうが楽しいしもう刊行されなくてもいいや……ぐらいまでいっていた。だが、編集氏に「わかりました、もう書けないのであれば最悪冬木さんにインタビュー形式で聞き書きなど別の可能性を模索しましょう」、と力強く断言され、それは嫌だなあ……と思い再度書き出したのであった。
企画終盤
で、なんだかんだでまた書き始めたが、当初の構想から少し規模は落とさせてもらった。キーワードも当初構想では「経済」とか「自動運転」の項目もあったが、書ききれないと判断してこのタイミングで少なくさせてもらった。それでも最終的には440頁なので、そのほうが読者的にもよかっただろう、という気はする。
キーワードの選定と作品のピックアップはとても楽しい作業だったが、入れたいものを全部入れられるわけではない苦しみの作業でもあって、あとから振り返ってみてもうーんあれとかあれが入れられなかったのは悲しいな……と思うのだが、それ(物理的なページの制約下で書くこと)もまた本を書くことの醍醐味とはいえるか。苦しい話もしたが、かつて読んできたSFを一個一個読み直して、今の視点で書き直していく過程は、自分のSF史を辿り直しSF観を再構築していく過程で、楽しい時間ではあった。この執筆過程で、僕の文章はまた良い方向に変化したような気もするし。
その後は順調とは言い難いものの少しずつ進行していって2022年の7月頃に原稿がほぼほぼ完了している。合計の文字数は変動はあるが約18万文字ほど。こうして振り返ってみると、途中心が折れかけた期間があるわりには、それなりの速度が出ているようである。2022年の7月以降、全体のバランスを見直しながら、構成的に入っていた方が良いと思われる本をなんとかもう一冊だけ! とお願いしして原稿を追加したり、校正やら何やらをはさみつつ年明け1月にゲラの4稿チェックを行い、校了。
おわりに
そうして、本日出ることになった。終盤は安定していたのであまり語ることもなかったが、企画が紆余曲折していったのは少なくとも伝わったのではないかと思う。途中で一回書いた文章を破棄してもう一回書き直したのが個人的には一番きつく、同時に一番よかったポイントだった。「デビュー作は失敗したが、その失敗を踏まえた二冊目」の気分で書けたし、それは最終成果物にも良い影響を及ぼしているはずだ。
というわけで『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』発売です。個人的にはけっこうおもしろいと思います。どうぞよろしく。SFをあんまり読んだことがないお友達にも、よかったらすすめてみてください。