基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

どうやって「10000時間」の英語学習を楽しい時間に変えるのか?──『英語は10000時間でモノになる ~ハードワークで挫折しない「日本語断ち」の実践法~』

この『英語は10000時間でモノになる』は、長年「情報考学」というサイトで書評を書いていた橋本大也さんによる英語学習本である。英語学習本はありふれた存在だが、本書の特徴が何かといえば、「10000時間」というキーワードに集約される。

英語学習本は「楽して」とか「これだけ覚えればいい」とか、省力化して英語を使えるようになろう、という発想が多いが、本書の場合その主張しているメソッドは、「10000時間やれ!」と全然楽じゃないのである。その時間があればギターでもピアノでもイラストでもフランス語でもなんでもモノになるじゃろがい! とツッコミを入れたくもなる。だが、本書が良いのは、「では、どうやってその困難な10000時間の英語学習を現実的に達成できるのか」についてつらつらと書いている点にある。

10000時間を学校のお勉強のように「苦しい」時間として捉えるとそれは過酷な道のりだが、毎日のゲームやアニメ鑑賞のような「楽しい」時間として使えることができれば、それはそう難しいことではなく、日々の生活を送っていくうえで自然に達成されるものになる。本書は「できる限り楽しく」英語に1万時間触れる(学習ではなく)ために、何をしたらいいのか、何ができるのかを書いていく本なのだ。

知識英語と感覚英語

本書は英語が「モノになる」と表現するだけあって、「読める」だけでなく「聞ける」「話せる」「書ける」までを含めて、何をすればいいのかを解説している。

本書では前提として、英語学習で身につく英語を「知識英語」と「感覚英語」の二つに大別し、前者は学校で習った文法などを使って目の前の英語を解読していく行為だと語る。たいして後者は文字通り感覚的に、日本語話者にとっての日本語のように、直感的に使える英語だという。前者も悪いことばかりではない。じっくり文法を理解して解読していけば意味を100%近く理解できる。和訳するならこちらが必要だ。

しかし、速度は圧倒的に遅い。だから、本をすらすらと読むこともできない。著者も感覚英語を身に着けはじめてからは、わからない箇所はあれど本をすらすらと読めるようになった(一ヶ月に一冊だったのが、数日で一冊へ)という。『そして何よりも、書かれていることを楽しむことができます。文法分析回路や和訳エンジンを作動させないので、脳の100%を中身を味わう、楽しむことに集中できるからです。』

感覚英語に強くなるために重要なのは「完全理解」を諦めて、とにかくわからないままに英語に触れ続けること。英語を「勉強する」のではなく「使う」こと。そして、英語との接触回数を増やし、「使う」ために最良の方法が本を読むことなのだ──といって、本書では洋書多読の方法論について語っていく。

まずは、多読だ!

本を読めば短時間で大量の英語のパターンに触れられる。しかもそれはネイティブが使う自然な表現に近いものだ。特に小説は、細かな描写を味わい、人々の服装や持ち物、自然や天候の状態などほかのジャンルではめったにでてこない単語や表現と出会えるので、小説を読むのがおすすめされている。

で、これは本書で感心したポイントの一つだが、初学者が単語もわからないままに小説を読み始めた時に陥りがちな穴を、本書は網羅的に塞いでくれているのが優しい。たとえば、僕もかつては未訳のSFが読みたくて英語が苦手なまま何十冊も洋書を読んでいたからわかるのだが、いきなり読み始めても冒頭がよくわからないのだ。

登場人物Aが朝起きてブレックファストを食べて〜みたいにわかりやすいプロローグなら入りやすいが、情景描写や背景設定や場面切り替えが頻発する物語も多く、曖昧な英語力では誰が主人公なのかすら、最初にスッと把握するのも困難だ。

本書ではまず、洋書を読む前に、小説の袖や裏表紙に書いてある概要を熟読すること、目次を丁寧に読むこと、舞台となる国や都市がわかるのなら、Wikipediaで調べて概要を把握しておくこと──といった下準備を推奨している。そして、仮にオープニングがわからなかったら、飛ばすか、読み直すかだ! といって、その次にやるべきなのは、人物関係図をノートに書き出すことで……と、洋書、中でも小説を読む上で、引っかかりそうなポイントで何をすべきなのかを丁寧に教えてくれている。

自分の話

本書を読んでいて既視感があったのだけど、それは僕も同じような理屈(楽しんでやらないとだめだ、そして英語の接触頻度を増やさないとだめだ)で多読に至った人間だからで、その軌跡は実はこの「基本読書」にも残っている。一時期一、二週間に一冊ぐらい洋書を読んでこのブログで書評を書いていた時期があるのだ。

で、何十冊も洋書を無理やり読みこなしているうちに、たしかに本書に書いてあるような感覚的に読むことができるようになっていった。ある程度「感覚的に読める」ようになると、別の場面でも英語で情報が収集できるようになる。YouTube動画はだいたい自動の書き起こし字幕がついてるから、海外の興味のある動画(ゲーム攻略とかSF作家インタビューとか)を英語字幕で観たり、映画を英語字幕で観たり(そのほうが翻訳が入らないので意図がとりやすい)と横展開できるようになっていって、「観たいものを観る」だけで、意識せずとも英語に触れる時間が増えていった。

今もよくゲームLeague of Legendsの韓国リーグや世界大会の英語実況を聞いているが、その意味がいつのまにか聞き取れるようになっていたのは「勉強を勉強と思わない下積み」の時間が長かったからだ。つまり、僕は本書を読む前からここに書いてあることを実践していたのだ──ということで、僕にとってはそう新しいことは書いてはいないが、僕みたいにやってる人がいるんだなと新鮮な驚きがある本だった。

おわりに

とはいえ橋本さんももともとめちゃくちゃ本を読む人だし、同じようにできましたと言っている僕もそうだしで、人間としては外れ値感がある。普段そこまで本を読まない人たちもここで書いてあるような多読を実践できるのか。実践しようと思うことができるのかはよくわからない。

それでも本書の基本的なテーマ──「楽しむことで、10000時間英語漬けになる」──を知ることは無駄にはならないだろう。結局、最終的には、自分の好きなもので、時間を作れば良い。海外のプロゲーマーや配信者で驚くほど日本語がうまい人がよくいるが、大抵そういう人は日本のアニメをひたすら観て勉強してるんだよね。

特に洋書多読をしてみたいと思っている人におすすめの本だが、本書には他にも、小説の読み方だけでなくノンフィクションの読み方について。どんなサイトや人を洋書を読む際の参考にすればよいのかについて。Bing AIやChatGPTの活用術(このあたりに触れているのは、2023年の本の強みだ。)、リスニングや英語で書評を書く方法についてなど、かなり細かく取り上げてくれている。