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思念言語を使う異星人と人間の通訳官が、殺人事件に巻き込まれるSFミステリ長篇──『人類の知らない言葉』

この『人類の知らない言葉』はイギリスの作家にして〈ドクター・フー〉などの脚本も手掛けるエディ・ロブソンによる、2022年に刊行されたSFミステリ長篇だ。近未来、テレパシー(思念言語)を用いて会話するロジ人が地球にやってきた世界を舞台とし、ロジ人と人間の通訳を務める女性のリディアを主人公に物語は進行していく。

緒賀岳志さんの装画もよく、装丁が全体的にかっこよかったので(あと、全米図書館協会RUSA賞のSF部門受賞作でもある)そこそこ期待して読み始めたが、これはおもしろかった! なにか具体的に突き抜けた点があるわけではないのだけど、異星人通訳という特殊な仕事の困難さをはじめとしたひとつひとつの描写や演出が丁寧で、作家の素晴らしい技術をみせてもらえたな、と安心して読めるエンタメ作品だ。

世界観、あらすじなど

最初に世界観などを紹介していこう。舞台は先に書いたようにロジ人が地球にやってきた近未来。ロジ人同士は思考言語を使って音を使わずにコミュニケーションをとるが、人間には理解できない。そのため、ロジ人が人間とやりとりするときには基本的には通訳を必要としている。物語の中心人物であるリディアはロジ人の通訳を務める人間で、ロジ人の文化担当官のフィッツの専属担当となって同行している。

物語はそんなフィッツ(ロジ人)とリディアがブロードウェイにある劇場で芝居を観劇するシーンから始まる。人間の芝居なので、リディアはその内容を随時フィッツに通訳するのだが、芝居の言葉を同時通訳するのはものすごく難しい作業だ。言い回しも凝っているし、物語ならではの文脈があり、設定を深く理解せねばまごついてしまう。そして、本作ならではの設定として、思念言語の通訳を続けると体力の消費だけでなく酒に酔ったような状態となり、判断力が損なわれていくのだという。

通訳の仕事、その難しさを丁寧に描き出していく

最初に本作を「描写や演出が丁寧で」と紹介したが、それは物語がこうして観劇のシーンから始まることからもわかる。芝居の同時通訳で負荷がかかるのは明らかなので自然に「思念言語の通訳を行うと酩酊する」設定を開示できるし、何より「いかにこの難しい仕事をリディアがこなしていくのか」をきちんと冒頭から描き出していくことで、本作が安易な設定として主人公を通訳にしたのではないことがわかる。

たとえば、リディアが今回の芝居の同時通訳をするにあたって、入念な準備をしてきたことも開示される。

「たいへんよかったです」リディアがアンダーズに通訳してゆく。「登場人物たちの複雑な関係が、よく描かれていたと思います」この感想が、原作となるヘンリック・イプセンの戯曲と、それをみごとに演じている劇団にむけられたことをリディアはよくわかっているけれど、通訳である自分への賛辞も含まれているように感じてしまう。なにしろ彼女は、今夜のため『ヘッダ・ガーブレル』を二度も読み、テレビ・ドラマ版を二本(どちらもすごく古い)、映画版を一本観て準備してきたのである。芝居の途中で混乱して立ち往生し、焦ってメガネ型端末で検索することだけは、絶対に避けたかった。同時通訳だけで手一杯なのだから。

こうした「異星人との通訳(に限らないものが多いが)における苦労」のこと細やかな描写は、どれも本作を豊かなものにしてくれている。もう一つ、個人的に気に入った描写をピックアップすると、リディアがこの通訳の仕事をはじめてからトイレの時間をとても貴重に感じる、と語るシーンがよかった。政府関係者のフィッツの通訳として同行していると、常に他の人の発言と行動に即座に対応しなければならない。

そうした緊張から公然と離れられる数少ない機会が、トイレに行く時で、だからそこで過ごす時間は長くなりがちだ──など、いわれてみればそうなのだがこうした描写のひとつひとつから、「異星人の通訳の仕事」が立ち上がってくるのだ。

あらすじに戻り、読みどころを紹介する。

芝居をみた後なんやかんやあって(リディアが通訳の負荷で酩酊状態になって失礼な男を殴ってあわやクビになりかけたり)、いくらか月日も経って、フィッツが「ロジア側の文学作品における地球人類の描かれ方」というテーマで基調講演を行い、リディアが通訳疲れで酩酊状況下にある時、(フィッツが)何者かに殺害されてしまう。

死体の第一発見者にして親しい人間であり、殺害されたはずの時刻にリディアの記憶が(酩酊していて)ないことから、彼女は最初の容疑者となってしまう。記憶がないのでひょっとしたらリディアも自分がやったんじゃないのか? と疑ってしまうのだが、なぜか(フィッツが殺害された)宿舎の部屋からフィッツの声がリディアだけに響き、二人(一人とフィッツの霊的な何か)は共に事件解決へと向かうことになる。

誰がフィッツを殺したのか、なんのために? などの謎を追う過程で、特殊なVRゲームやロジ人と人間の最初の接触がどのようなものであったのか、ロジ人と人類の確執など、この世界の背景が浮かび上がっていく。ミステリー的にもどんでん返しがいくつかあって鮮やかだし、異文化間の対話・コミュニケーション・翻訳の問題が絡んでくる謎解きも見事で、SF的にもミステリー的にも隙のない作品といえる。

おわりに

あと、近未来が舞台なだけあってAIが人間の仕事の多くを肩代わりしていたり、メガネ型端末やVR、ゲーム配信が広く普及していたり、真実度判定フィルターがありしきい値を設定してみるものを選択できるなど、細かな未来描写がしっくりくる。

全体的に良い作品なので、ぜひ読んでみてね。

最後に宣伝

SF入門者向けの本を書いたのでよかったら読んでね〜〜〜。