基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

早川書房の3000作品以上が最大50%割引の電子書籍セールがきたので、新作SF・ノンフィクションを中心にオススメを紹介する

プライムデーに合わせて恒例となっている早川書房の50%割引のセールがきているので、今回も一年以内に刊行された新作SF・ノンフィクションを中心に紹介していこうかと。セール期間は2024年6月25日〜7月17日までで、セール対象は2023年12月までの作品になり、直近半年についてはまた次回。
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SF小説のおすすめを紹介する。

めぼしいものをみていたが今回は特にSFが豊作だ。目玉の一つは、『三体』の劉慈欣による中篇相当の作品『白亜紀往事』。物語の舞台は白亜紀末期、独自に知性を発達させた大きな恐竜と、その反対に小さな生き物の蟻、二者の協力関係を主軸に描き出していく。恐竜は初歩的な言語を使いこなすなど知性が高いが、細かな作業は不得意であり、その弱点を蟻が補うことで、文明は相互発展していくのである。

最初両者の関係は蟻が恐竜の歯を掃除するような簡単なものだったが、次第に文字の発明、建物の建築と発展していき──しまいには劉慈欣らしい壮大なヴィジョンへと至ってみせる。短くすぐ読み終えられるので、劉慈欣入門にも最適だ。

先日2024年の星雲賞(国内のSF賞で、投票形式で決定される)が発表されたが、その海外・国内の両長篇が早川書房のもので、どちらもセール中だ。

海外長篇の受賞作は『老人と宇宙』などで知られるジョン・スコルジーによる怪獣SF『怪獣保護協会』。怪獣がもし、並行宇宙の地球に存在したら、それを保護し研究する人もいるだろう──という発想からはじまって、楽しそうに描き出していく。もともとスコルジーがコロナで参って何も書けなくなってしまったあと、リハビリのように書いた作品ということで、軽快でキャッチーなポップソングのようなノリとおもしろさがある。とはいえ、どのような世界と生態なら巨大な怪獣が生存できるのか、など理屈の詰めはしっかりしており、ただ軽いだけで終わる小説ではない。日本長篇の受賞作は高野史緒による並行世界ものの青春長篇『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』。21世紀の夏紀の世界では月や火星の宇宙開発が進みながらもインターネットやパソコンの発展は遅く、スマホも存在せずまだフロッピーが利用されている。もう一方の登志夫の世界は宇宙開発が発展途上のかわりに量子コンピュータもすでに運用されていて──と、技術レベルの違う両者の世界、両者の記憶が、表紙にも描かれている飛行船グラーフ・ツエッペリン号によって交錯する。青春✗並行世界はハヤカワ文庫JAに限っても『僕が愛したすべての君へ』や『なめらかな世界と、その敵』など傑作ひしめきあう場所だが、本書もそこで存在感を発揮した作品だ。韓国人作家五人が飲み会で盛り上がってできた企画である、シェアワールド物のスチームパンクアンソロジー『蒸気駆動の男』もこの一年の海外SFの中ではおすすめの一作だ。取り扱われているのは現代ではなくて1300年代から1800年代頃、朝鮮王朝があった過去の時代であり、そこにもし蒸気機関があったとしたら──というイフを挿入していく。スチームパンクとはいえ歴史、イベントは史実をなぞっていて、あの歴史的出来事の裏側はこうだったのかもしれない……という部分を蒸気機関技術が埋めている。スチームパンクとしての魅力と、朝鮮史物としての魅力が両立した一冊だ。韓国SF繋がりで紹介したいのがキム・チョヨプによる”人間の感覚、認知”をテーマにしたSF短篇集『この世界からは出ていくけれど』。現実には身体完全同一性障害といって、脳の異常により自分の足が自分のものだと感じられなくなった人たちが存在するのだが、本書収録作の「ローラ」はその逆に、自分には三本目の腕があると信じ込んでしまった女性の物語で──と、様々な形で人間の認識、その相違を扱っていく。世界の情景がバラバラのピースとして感じられるようになったモーグという人々を描き出す「マリのダンス」など、SFの醍醐味を堪能させてくれ短篇集だ。ル・グインの『闇の左手』などの傑作群が属する《ハイニッシュ・ユニバース》ものの短篇が集まったSF短篇集『赦しへの四つの道』もセール中。今回はテーマが奴隷制や女性の権利獲得の物語で展開や文体は重苦しいが、同テーマではトップクラスのおもしろさを誇る『キンドレッド』に比肩しうる作品である。最後に、SFではないのだがおすすめしておきたいのがゲーム制作に青春をかけた男女の友情の物語、ガブリエル・ゼヴィンの『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』。1990年代の半ば、MITの学生のセイディは幼少期に一緒にマリオを遊んだサムと久しぶりに再会するのだが、その時連絡先と同時に自分の自作ゲームを渡して──という冒頭から、二人はゲーム制作へとのめり込んでいく。

MITのゲーム制作ゼミの講義・演習の過程などもじっくりと書き込まれていて(お互いのひどいゲームを酷評しあったりする)ゲーム好き、特にゲーム開発そのものが好きなタイプの人間にはたまらない作品だ。物語冒頭でメタルギアソリッドのあるシーン*1を見て、セイディが「こんなのやりたくない。こんなどこか男の妄想の寄せ集めみたいなゲーム」と批判しそれに対して彼氏が「しかし、コジマは天才だよ」と返すシーンがあるのだが、その小島秀夫本人が本作に帯を寄せているのもちとおもしろい。

ノンフィクションのおすすめを紹介する。

続いてノンフィクションを紹介していこう。今回セール対象になった中で個人的な目玉は技術革新の歴史を概観しながら、それが経済成長や不平等とどのように関連してきたのかを解き明かしていく『技術革新と不平等の1000年史(上・下)』。

一般的に、AIの発展など技術革新が起こったらそれによって生産性は上がって、経済は成長し、雇用も生まれ、経済全体にとっても良いことがあるとされてきた。しかし、本当にそうだろうか? 本書は、新しいテクノロジーが生産性を向上させても、それが繁栄をもたらすかというとそんなことはなく、不平等と貧困を増大させることもある──という事例を、1000年にわたってみていく一冊である。

単純な話だが、新たなテクノロジーが業務を自動化し、労働者を不要なものとするなら、労働者に利益が還元されるはずがない。たとえばセルフレジ技術が発展し、レジ係を廃止してセルフレジに置き換えた場合、面倒な作業がユーザーに転嫁され、労働者はただ減らされただけだ。助かったのは経営者だけである。では、どうしたらテクノロジーの発展を不平等と貧困の解消に役立てられるのか──? という問いが下巻では論じられていく。AI失業が話題になる今、読んでおきたい本だ。

続いてオススメなのが、『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』などで知られるライアン・ノースの最新邦訳『科学でかなえる世界征服』だ。今作はタイトル通りに、マーベルやDCのようなヒーローコミックの世界における「ヴィラン」になって、世界征服を試みるとしたら、われわれは一体何をすればいいのか? 何が必要なのか? を考察していく一冊だ。たとえば秘密基地はどこに作るのがよいかの考察からはじまって、恐竜のクローン作成、気候のコントロールなど、数々の悪事を現実的に行うために何をしたらいいのかを取り上げている。

著者はコミック・ライターでもあって、実際にマーベルの漫画作品の原作者でもあるからこそのノンフィクションでもある。*2

近年気候変動で地球がヤバいとはよく言われるところだが、実は昆虫もその数をかなり減らしている。そうした昆虫が絶滅しつつある現在について語ったのがオリヴァー・ミルマン『昆虫絶滅: 地球を支える生物システムの消失』だ。デンマークの田園地帯では、97パーセント減という壊滅的な減少率を記録しているなど、昆虫が減っている実例がデータと共に記されていく。昆虫がいなくなった時、生態系に何が起こるのかはまだまだわからないことも多いが、受粉を媒介する受粉昆虫がいなくなれば植物や作物は壊滅的なダメージを受けるし、とにかく悪いことが起こるのは間違いない。

昆虫はそもそもの総数すら把握が困難なことから目で見てわかりやすい動植物と比べてその減少が問題視されることが少ないので、本書の存在は貴重である。

英国人記者ジャスティン・マッカリーによる競輪の解説本『KEIRIN』もおもしろかった。なぜ英国人記者が日本の競輪を語っているんだと疑問に思うかもしれないが、その理由は簡単で、著者のジャスティン・マッカリーは日本研究で修士号を取得し、読売新聞で編集者や記者として活躍。その後ガーディアンに入社し日本特派員として活動する、日本在住歴が30年にも及び、同時に競輪の熱狂的ファンだからだ。

僕は本書を読む前まで競輪のことを何も知らなかったが、日本の競輪には一時的なチームを組んで走る「ライン」という概念があり、個人戦でありながらもチーム戦でもあるのだ。それがどう競技を変質させているか──といった記述やドラマがおもしろく、一瞬で読み終わって、すぐに競輪の動画をあさり始めてしまった。まだ賭けたことこそないが、いずれチャレンジしたい。著者の熱量が伝わってくる一冊だ。

デイヴィッド・グラン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』を紹介して締めとしよう。オクラホマ州のインディアン居留地で暮らすオセージ族の人々が一人、また一人と殺されていく連続殺人事件を追ったノンフィクションで、その死者記録にあるだけでなんと24人。しかも、捜査に協力すると脅迫されるので、保安官は捜査をするふりすらやめてしまう。

はたして誰が、何のために──というところで、FBI初代長官エドガー・フーヴァーに任命された、超有能な男がこの地にやってくる。彼はこの事件を解決に導くことができるのか──ー! と、徐々に盛り上げていく演出が見事だ。まるで極上のミステリー小説を読んでいるかのように楽しませてくれる一冊だ。

おわりに

ざっと紹介してきたが、それ以前の作品も大量にセールになっているので、それに関しては過去記事を参照してみてね。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

*1:メリルが下着姿でエクササイズだかストレッチだかをしているのをスネークが盗み見するシーン

*2:彼がマーベルで原作を手掛けた漫画のひとつに、リスと同様の身体能力を持ち、リスと意思疎通できる能力を持つ女性が主人公の『The Unbeatable Squirrel Girl』(邦題『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』)がある