近年、腸内細菌が健康に重要だとか、痩せるためにはこれがいい/これを食べると太るといった情報がよく出回るようになって、健康にいい食材がよく取り沙汰されるようになった。野菜は重要で、糖質や赤身肉は悪で──といったように。しかし著者らによれば、人間の健康について考えるのであれば、「何を食べるか」だけでなく、「食べるものそれ自体の栄養素」にも注目すべきなのだという。
普通の食料品店の人参は、私たちの曾祖母がその子どもたちに食べさせていたものよりも含まれる亜鉛が少ないとか、網の上でじゅうじゅうと音を立てている牛肉は、私たちの祖父母が子どものころ食べていたものより、たぶん鉄分がはるかに少ないことを、知る者はほとんどいない。栄養が減少しているという気がかりな報告は、果物や野菜から穀類、肉、乳製品まで、人間のあらゆる食物にわたっている。(p.3)
「健康に良い食べ物」とされているものの中身がスカスカであったり、害となる成分が多く含まれ健康を損なっていたら意味がない。だからこそ、われわれは土壌の健康について立ち返る必要がある──というのが、本書の中心的な主張になってくる。
何が起こっているのか?
さて、では現代の作物は栄養が損なわれているとして、いったい何が起こっているのか? まず、第二次世界大戦以後、農家は耕運機、化学肥料、農薬に頼るようになった。これは、収量を飛躍的に伸ばすためのもので、おかげさまで飢饉は起こりにくくなり、作物のカロリーも増えた。しかし、その一方で農地は劣化し、作物サイズは増大したものの、ビタミンやミネラルといった微量栄養素は損なわれたという。
なぜそうしたことが起こるのか? といえばいくつかあるが、もっとも異論が少ない理由は、現代の作物は高収量を実現するための品種改良が行われているからだ。しかしその代償として、栄養含有量が損なわれた。たとえば可食部が大きくなるように品種改良を行ったら、もとの小さい品種と比べるとその分栄養素密度は低くなる。1873年から1995年までに導入されたコムギの品種を分析したアメリカ農務省の学者が対照圃場試験を行ったところ、鉄、亜鉛、セレンが大幅に減っていたという。
もう一つの理由として挙げられているのが、「化学肥料の使いすぎ」だ。2015年の国際的レビューによれば、窒素肥料を畑にまく量に比例して土壌は酸性に傾く。土壌が酸性化すると、カルシウム、マグネシウム、カリウムなどの無機栄養が枯渇する。また、土壌の窒素が化学肥料の使用で増えると、植物は窒素、リン、カリウムを共生生物からもらう必要がなくなり、土壌の菌根菌が減少することも知られている。
ほとんどの植物はリンなどのミネラルを二つの方法で取り込む。一つは土壌から根が吸い上げた水に溶けているものを取り込む方法で、もう一つは、共生菌によるものだ。そのため、共生菌が減少すると、彼らからもらっていた他の栄養素全般──ミネラルや微生物代謝産物、抗酸化作用を持つファイトケミカルまで──を失ってしまうのだ。
全体的に見て農業化学製品は、作物の回復力と健康を損ねるような形で土壌生物に影響する。殺虫剤の世界的な需要を考えてみよう。それは二〇世紀に化学肥料のしようと歩調を合わせて増加している。作物の成長を促すために合成窒素への依存が高まり、それが耕起とモノカルチャーを標準とすることを可能にした。結果として起きた土壌の劣化と、地上と地下両方での多様性の損失は、作物の健康を損なった。(p.113)
他にも現状農業の問題点としては、除草剤による土壌の健康の減少、耕起による炭素と有機物の濃度の低下&土壌生物を衰えさせることあたりが挙げられている。
環境再生型(リジェネラティブ)農業
で、現行の農業にいろいろ問題があるとして、じゃあどうしたらいいのよ、という観点でいうと、本書では環境再生型(リジェネラティブ)農法が紹介されている。これは耕起や化学肥料など、先の問題点を一個一個克服していくような農法で、たとえば不耕起(なるべく耕さない)、被覆作物の活用(主な作物の休閑期に雑草の抑制や土壌侵食防止を目的として地面を覆うように食物を植えること)、輪作(同じ土地で異なる作物を周期的に変えて栽培すること。土の中の栄養素や微生物生態系のバランスがとれる)、合成肥料の不使用・有機肥料の使用がそれぞれあげられている。
まず土壌有機物を有機肥料の使用や不耕起によって増やすことで、それが土壌細菌と菌類の餌となり、微生物バイオマスと植物バイオマスを増大させる。そうした植物が生きている時は分泌物の形でまた炭素が土壌に与えられ、それが枯れると、収穫されなかった部分はまた堆肥となって、有機物を土壌に還元する。栄養が循環し土壌は良い状態で保たれるという利点が環境再生型農法にはある。除草剤を使わないから雑草や虫の被害が甚大なんじゃない? と疑問に思うが、必ずしもそうではない。
堆肥が土壌生物の個体数と活性を高め、それによって作物を害する病原体を抑制できるようなのだ。たとえば、一種類の作物だけを栽培し多様性がないと、捕食昆虫の多様性も低下する。一方、多様な作物を植え、土壌を健康に保つことができれば、鳥やクモや菌類などの多様な捕食者を呼び寄せ、害虫とのバランスがとれるようになる。
たとえば、同じ品種のトマトを類似の土壌で慣行と有機で栽培したときの違いを研究したところ、後者のほうが生物学的害虫駆除が活発になり、合成肥料と農薬の使用が減った分を埋め合わせることができるという結論が出た。この研究は、カリフォルニア州セントラルバレーの二〇ヶ所の農場を比較したもので、有機農家は雑草を耕起で抑制していたが、慣行農家は耕起と除草剤の使用で行っている。(p.205)
害虫がまったくいなくなるわけではないが、一度バランスがとれるようになった環境再生型農場では、作物の成長が妨げられるほどではないという。また、植物は小さな虫害や低レベルの病原体への曝露はあったほうがいいという考えもある。
というのも、小さなダメージを受けると植物はその防御反応として人体に良い作用をもたらす栄養素であるファイトケミカルの濃度を増すためで、慣行農業でファイトケミカルの含有量が少ないのも、これが理由の一つだと考えられている。
おわりに
環境再生型農業は銀の弾丸ですべての問題を解決するわけではない。大規模な農場ではこうしたやり方は難しいだろうし、本書でも少なくとも最初は主に小・中規模農場向けと考えているようだ(『多様な野菜や果物の栽培に特化した、土壌が健康で肥沃な小中規模の農場が増えれば、いかに新しいビジネスモデルを農村の生活に提示するかという、現代アメリカが長年抱えている問題への対処に役立つだろう』(p.154))
土壌の健康と作物の栄養度、その人間への健康との関連については、今後より研究がまたれる分野だろう。こうした食物の栄養素は慢性疾患とも関係しているとみられるが、それがどの程度の関係なのかは、いまだによくわかっていない。そういう意味では、未来に向けての課題が見える一冊で、それがまたおもしろかった。