基本読書

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ロマンタジーブームの火付け役となり全米で400万部以上を売り上げた近年最大の話題作であるドラゴン・ファンタジイ──『フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫-』

この『フォース・ウィング』は現代を舞台にしたロマンス物の著作が多数あるレベッカ・ヤロスの初のファンタジイにして、全米で400万以上を売り上げ超大ヒット作となった(すぐにドラマ化権もAmazonに購入された)長篇シリーズの第一部だ。ロマンス✗ファンタジーをかけあわせた単語「ロマンタジー」ブームの火付け役として知られ、本シリーズの第二部も記録的な予約数を誇り──と、とにかく人気がスゴい。

読み始める前は《ロマンタジー》ブームの火付け役といったって、ファンタジイには多かれ少なかれロマンスの要素はあるし、特筆すべきことか? と、期待値としては高くなかったんだけど、読み始めたらそんな懐疑的な姿勢も一瞬で吹き飛んでしまった。まず、確かに本作はロマンスに重点が置かれているのだが、それ以上に物語のプロットは実に少年漫画的で、そこに様々なエンタメの要素が爆盛されているのだ。

冒頭のあるシーンは完全にカイジだし、あるシーンはSASUKEだし、あるシーンはドラゴンボールだし──と、ロマンスからバトル、駆け引き、JOJO三部ぐらいの能力の複雑さの能力バトル的なおもしろさもあり──と、ロマンスで終わらない、多角的なフックのある作品なのだ。そうした複合的な要素の中心にどっしりとロマンスと竜を駆る騎手たちの命を賭けた学園物としてのおもしろさが据えられている。

これはたしかに幅広い層にウケるのも頷ける出来だ。単行本で上下巻なのでそうやすい買い物ではないのだけれども、《ハリー・ポッター》シリーズが世界を席巻しその後のファンタジイに大きな影響を与えたように、「新しい標準」になるかのようなどっしりとした間口の広さと底の深さを両立している作品なので、特に竜や戦争といった要素が前面に押し出されたファンタジイが好きな人にはぜひおすすめしたい。

あらすじ・世界観など

物語の舞台は王国ナヴァール。この国は同じ大陸の隣国ボロミエル王国と戦争状態にある。竜や魔法が存在する世界なので、魔法や竜を駆る方法を教え、研究する国防のための軍事大学も存在する。そんなナヴァールで、主人公で女性のヴァイオレットは王国ナヴァールで書記官になることを目指して勉強を続けていたが、軍の司令官である母に勝手に竜を乗りこなし前線に立つ騎手科への入学を強いられてしまう。

書記官になるために勉強を続けていたのでヴァイオレットの身体は貧弱なうえ、そもそも騎手科は死と隣合わせの場所だ。騎手科を目指す数百人はこの時のために準備をしてくるので身体を鍛えてきているし、騎手科の人間は竜と特別な絆を結ぶのだが、希望者にたいして契約を望む竜の数が釣り合っていない。そのため、事故を装って同じ騎手科の人間を殺すことに成功すればそれだけ自分が竜とパートナーになれる可能性が上がるので、殺し得である。そのうえ、竜は人間よりも強く対応を間違えるといつでも殺される可能性があるので、竜と付き合うこと自体のリスクも高い。

ヴァイオレットの姉ミラ(騎手ですでに中尉になっている)は小柄なヴァイオレットには無理だ! と騎手科入学の決定を覆そうと駆け回るが、厳格な母がその意見を曲げるはずもなく、貧弱な体のままヴァイオレットは騎手科の荒波に揉まれていく──というのが冒頭のプロット。しかも、ただでさえ過酷な騎手科生活だが、ヴァイオレットの場合母親が軍の司令官という関係上余計な敵まで大量に存在している。

というのも、かつてナヴァールに対して反乱を起こした反乱軍の子供たちが大量にこの騎手科に入ってきており、反乱軍の親たちを処刑した司令官とその子供であるヴァイオレットを死ぬほど憎んでいるからだ。彼らからすればヴァイオレットは親の仇そのもので、あの手この手で訓練中にヴァイオレットの命を狙ってくるのだ。

中でも騎手科の三年生であるゼイデンは、父親が反乱を率いた〈大反逆者〉で、本来であればヴァイオレットの命を真っ先に狙ってくる人物である。しかし、そのゼイデンを見た時のヴァイオレットの描写と反応は一目惚れそのもので──と、これぞロマンスのはじまりよ! と喝采をあげたくなるぐらいねっとり描写されている。

 三人目がこちらを向き、わたしの心臓はただ……動きを止めた。
背が高く、風に乱れた髪も、眉も黒い。暖かな淡褐色の皮膚に覆われた顎の輪郭は力強く、かすかにひげを剃った痕がうかがえる。体の前で腕組みすると、胸と腕の筋肉が波打って動き、わたしは唾をのみこんだ。それにあの目……黄金の散った黒瑪瑙の瞳。その対照ははっとするほどで、衝撃的でさえあった──この男に関するすべてがそうだ。あまりにもけわしくて鑿で刻んだように見えるのに、驚くほど完璧な顔立ち。まるで彫刻家が生涯かけて彫り込んだかのようだ。しかも、そのうち一年は口もとに費やしたに違いない。
こんな極上の男を目にしたのははじめてだった。*1

と、そんな感じでヴァイオレットの波乱の軍事教程がスタートすることになる。

さまざまな試練がヴァイオレットを襲う!

では騎手科でどんな目に合わされるのかと言えば、これがおもしろいくもありバカバカしい部分でもある。たとえば最初に騎手科に入った人間は、大学本部と、騎手科の砦を隔てる渓谷にかかっている石の橋をわたる必要があるのだが、その幅は45センチしかない。高さは地上60メートルで、落ちたら間違いなく死ぬ。

実際に、ヴァイオレットが参加した年は通過者301人に対して67人が落ちている。長期にわたる戦時中で危険な騎手科を選んだ勇敢な人間を無意味な試練で無駄死にさせているのはアホだろと言わざるを得ないが、とにかく訓練過程で次々と死んでいくので(生きて卒業するのは統計によれば4分の1)、こんな石橋渡り程度もクリアできないなら最初から参加資格なしということなのだろう。ハンター試験でトンパに下剤飲まされて脱落するぐらいならハンターになる資格なしみたいなものだ。

この後も幅一メートルの丸太を飛び跳ねたり回転する杭を避けたりする超難関障害物コースを走らされたり(完全にSASUKE)、とにかく一筋縄ではいかない。バカバカしいとも書いたが、退屈になりがちな序盤の設定開示・修行パートをキャッチーな要素の連打で引き付けているわけで、個人的には高評価だ。

竜周りの設定がかなりおもしろい

数々の試練を乗り越えた果てに竜と絆を結ぶ時がくるのだけど、この竜周りの設定がまたおもしろい。まず竜は人間と契約を結ぶとは言え基本的に危険な生物で、選んでいない人間を許容しないため目があったりするだけで普通に殺されてしまう。

そして、竜には何種類も存在する。たとえば蠍尾の赤竜はもっとも気が短く、緑竜は鋭い知能で知られ、竜属の中でもっとも理性的で棍棒尾の場合は包囲攻撃に向いている。黒竜は身体が大きく力も強いが希少だ。黒竜は竜種の中では戦闘竜として畏敬され、ほぼ生まれず数体しか確認されていない。おもしろいのが、こうした竜と契約すると験(しるし)と呼ばれる特殊能力を顕現するようになること。しかもこれは竜が騎手に力を注ぐことで発現し、能力は”騎手の核”に根ざすものなのだ。

験はわれわれの力と、騎手の媒介する能力との組み合わせだ。おまえという存在の核にあるおのれ自身を反映する。*2

奈須きのこの『空の境界』には「起源」が各人各モノに存在しすべての存在は起源によってその方向性を縛られているという設定があるが、本作の験もそれに近い発想のものだ。氷を操る験、力を吸い上げて分配することができる験、心中のイメージを外部に投影することができる験、召喚の験、金属操作の験、他者の記憶を読み取る験、風を扱えるものもいれば水中で呼吸できるなど戦闘用に限らない験も多数あり、それぞれがキャラクターの個性と関連している。組み合わせで効力を発揮するものもあり、このへんは能力バトル物的なおもしろさがかなり出ている部分だ。

さて、では主人公であるヴァイオレットはどのような竜と契約し、験を発現するのか──というのが発覚するところから、物語はノンストップ。

おわりに

本来ならば宿敵ともいえるゼイデンとヴァイオレットがどのように恋に落ちていくのか? という描写もこの世界だからこそ形で描かれていて、作り込まれた世界観とロマンスが不可分に結びついているのも、”ロマンタジー”の火付け役とされている本作ならではの醍醐味だろう。とにかく隙のない作品なので、興味がわいたらぜひどうぞ。

*1:レベッカ ヤロス. フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 上 (pp.40-41). 株式会社早川書房. Kindle 版.

*2:レベッカ ヤロス. フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫- 上 (p.385). 株式会社早川書房. Kindle 版.