つまり連載当時から高い評価を受けていたわけだが、なぜ単行本化が今日まで伸びたのか? といえば理由は僕も何も知らないが、単純に忙しかったのか、もしくは連載版に比べて大幅に加筆修正をしたそうなので、「より完璧な」形を目指すのに時間がかかったのだろう。そんなこんなで期間があいたこともあって、連載版で読んではいるものの初読のような気持ちで読み始めたのだが、いやーこれがおもしろかった!
本作の舞台は2040年代の未来。この世界ではAIドローン兵器があまりに安価かつ戦場で有効になりすぎ、焦土的な戦争に発展してしまったことから、人間をあえて戦場に出し、ルールを策定してから交戦を開始する「公正な戦争」を志すようになっている。この「公正戦闘」自体はすでに出ている短篇「公正的戦闘規範」に既出の概念だが、本作はそれが行き着くところまで行き着いてしまった世界を描き出していく。
連載版から時が経ったのもあって古くさくなったのではないかと懸念する面もあったが、現代の世界情勢に内容をアップデートしており(2021年頃からの大きな変化としては、ロシアの侵略戦争なども作中に取り込まれている)、抜かりない。本作は数ある藤井太洋作品の集大成感があり、特にSFに特化した中では個人的にはベスト級だ。
世界観について
先にも書いたが物語の舞台は2045年。ドローン戦争が加熱し、AI兵器による殺戮の応酬となった2030年代の反省を経て、AIで高度化した兵器群から引き金を取り戻すための運動がこの世界では起こっている。その結果として生まれたものの一つが「公正戦」という概念だ。当事者の片方、あるいは両方が約束事に従う紛争・戦争を公正戦と呼び、この公正戦を中心に請け負う公正戦受託業者のようなものも存在する。
公正戦では当然民間人への攻撃が禁止される他、武器弾薬をどれだけ持ち込むのかも事前に申請し、勝利条件も(両軍の指揮官の行動不能など)決定される。まるでゲームのような戦争だが、「公正」であることを目指すと必然的にゲームに近づいていく。中でも本作の中で特徴といえるのが、公正戦を請け負う人々の中にいる、ORGAN(限定銃火器行使単位)と呼ばれる部隊だ。これは数百機のドローンで戦場をスキャンし敵を見つけ出す照準手と敵に向かって角度を変える曲射弾を放つ兵士からなる部隊で、最先端テクノロジーを駆使して、周囲にできるだけ被害を出さずに敵のみを射殺する。
技術描写の素晴らしさ
物語はこうした公正戦を取材するジャーナリスト追田城兵(さこだじょうへい)を中心に展開していくことになる。物語は今まさに公正戦がはじまる、という場面から幕を開けるが、その戦場や兵器についての描写は好きな人にはたまらない密度だ。たとえば下記は多脚ローダー〈マスチフ〉についての描写だが、とても良い。
(…)ぼやけた像に焦点を合わせられなくなった迫田が瞬きをすると、四本の脚を深く折り曲げたロボットが、先ほど生まれた4つのくぼみに蹄を沈ませてふんばっていた。
世界の戦場を一変させたORGAN(限定銃火器行使単位:Operator Relocalized Gun and Firearms Activation Node)を象徴する多脚ローダー〈マスチフ〉だ。
幅九十センチメートル、長さ三メートルの胴体中央には、顔全体をバイザーで覆ったオペレーターが腰掛けていた。
たったいままで姿が見えなかったのは、強化サトウキビ由来のセルロース装甲に埋め込まれた有機ELが描く光学迷彩のおかげだ。〈マスチフ〉と、〈マスチフ〉を守るORGAN兵のボディースーツは、交戦相手に自分自身の背後の風景を映し出すことができる。その精度はたったいま体験したとおり、目の前にいても気づかないほどだ。(p.5-6)
未来のテクノロジーは、文章で表現する分には「出す」こと自体は簡単だが、読者にその実在感を与えるのが難しい。その点藤井作品のテクノロジー描写の魅力は、様々な角度でその技術が実在したら、どう見えるのか、どう感じるのか、どう成立しているのかを描写していく点にある。たとえばこの後追田は〈マスチフ〉を視認し、「完全に見えなくなる〈マスチフ〉はなかなか撮れなかったんだ」と語るが、これはこのタイプの光学迷彩は仕組み上対面した敵から姿を隠すためのもので、横から撮ることが多いジャーナリストは歪んだ〈マスチフ〉をみることが多いことからきている。
その他にもマスチフの動きには遺伝的アルゴリズムが用いられていて──と、システム面からの描写もたっぷりだ。
あらすじ
冒頭から追田は公正戦の現場の取材にいるわけだが、当事者の片方はアメリカ最大の民間公正戦受託業者〈グッドフェローズ〉で、その対戦相手となるのは、152戦無敗と謳われる公正戦コンサルタントのチュリー・イグナシオが率いる防衛部隊だ。
そもそもなぜこの二者間で公正戦が行われるのかと言えば、まず遺伝子編集作物の農業ベンチャーにして300万人の企業都市を有する〈テラ・アマソナス〉がコロンビアの街レティシアごと”独立を宣言”したことに端を発している。周辺諸国が勝手な独立を許すわけもなく、ブラジル、ペルー、コロンビアの三国は公正戦闘を専門に行う〈グッドフェローズ〉に公正戦を依頼した──というのがことの流れである。
二〇四五年のいま、企業が地域を国家から切り取ることも国際独立市が生まれることも、珍しくはなくなっていた。そしてORGAN部隊が動けば独立都市は「解放」される。その流れは世界中で繰り返されていたのだ。(p.13)
〈グッドフェローズ〉らの雇われ部隊はプロフェッショナルかつ最先端の装備が揃っているので通常は負けないが、〈テラ・アマソナス〉にコンサルタントを依頼されたイグナシオもまたORGAN部隊を相手にしてさえ無敗を誇る謎めいた人物であり──と、世紀の一線なわけだが、その勝敗自体は重要ではない。
重要なのはその後、イグナシオが〈グッドフェローズ〉の捕虜5人を銃殺する暴挙をおかすのだ。ガチガチにルールを決めた「公正戦」が存在する世界だからこそ、そのルールを破る(捕虜の虐殺)ことは御法度であり、それこそルールを破ったものは周辺三国からAI兵器によって無尽蔵に蹂躙される可能性もある。迫田は別に中立のジャーナリストなのでその事実をすぐにAIで速報記事を作って広めようとするが、なぜか単純な事実を記した記事の「事実確認スコア」は低く、配信拒否されてしまい──と、謎が謎を呼び、迫田はジャーナリストとして、イグナシオの謎に迫ることになる。
おわりに
はたしてなぜイグナシオは突如として捕虜を虐殺──間違いなく自分にとっては致命傷だ──を行ったのか。それも迫田がみているまえで、見せつけるようにして? という疑問が(事実を記した記事の事実確認スコアが低いなどもろもろも含めて)物語が進行するうちに明らかになっていき、最終的に物語は公正戦という枠を超え、遺伝子編集や人体改変に人類進化、ドラッグ問題にアメリカ第二の内線と分断や気候変動など、様々なテーマとアメリカの情景を回収しながら大きくなっていく。
連載が終わってから本作の刊行まで実に3年もの月日がかかっているが、その3年の月日、この間にあった現実の変容が、本作にはしっかりと織り込まれていて──というより、藤井太洋による未来のシミュレーションが現実の進展と融合したという方が正しいのかもしれない──読み進めるたびにおそろしさを感じる作品であった。