で、これがまーおもしろかった。FBIの爆発物科学捜査班の仕事は多岐にわたるが、その究極的な目標は「爆発物による事件を防ぐこと」、また爆破事件が起こってしまったとしたら、犯人に繋がる手がかりを提供し、同様の事件を二度引き起こさないようにすることにある。たとえば2001年、パリ発マイアミ行きの飛行中に爆破未遂事件が起こった。実行犯はイギリス人で、靴底に仕込んだプラスチック爆弾の起爆剤に、一般的に手に入る化学物質で生成できるもののひとつである過酸化アセトンを使っていた。これは後に空港で靴が検査対象になった理由でもある。爆弾の材料とその威力を仔細に理解していれば、爆発するまでのどこかで検知できる可能性は高まる。
課題はつねに相手の一歩先を行くこと、相手の動きを阻止できるだけの先を見通せることだ。これはチェスのゲームに似ているが、ルークやクイーン、ビショップ、ナイトが予想どおりにたて横ななめに動くのとは違い、1列まるごとを全滅させられる「戦闘機」を誰かが持ち出してくる。そうなることを予見する必要がある。
相手の一歩先を行くために、私は悪いやつらが読むものを読み、テロリストと同じ材料を使って爆発物をつくることにキャリアの多くを費やしてきた。(p.8)
敵を知り、敵を倒すために、敵と同じように爆発物に精通していなければならないという、初代仮面ライダーのような存在が爆発物科学捜査班なのだ──というと、世界を救うヒーローのようでカッコいいが、その仕事にはドラマやサスペンス物のようにわかりやすいプロットや顛末が待っているわけではない。何日どころか下手したら10年にわたる調査。FBIは他国に協力依頼をされて国外に出ることもあるのだが、政治的な軋轢や現場のすれ違いから支援が十分に受けられないのもざらにある。
爆発物のにおいをたどり、犯人の居場所を特定する訓練されたブラッドハウンドが怪しい地域を突き止めたとしても、捜査手続き上の問題でそこから先に進めず歯がゆい思いをすることもある。爆発四散した爆発物をパズルのように繋ぎ合わせる作業など、とにかく地味で、過酷な仕事ばかりだ。しかし──それらはあまり表に出てこない情報であると同時に間違いなく価値のある仕事で、だからこそおもしろい。
FBI爆発物科学捜査班の仕事
爆発物科学捜査班の仕事は多岐に渡る。大きな爆破テロがアメリカで発生したら現地におもむいて、爆弾の種類を特定し、どのような素材を使っているのかを特定し、どれだけの爆薬が使われたのかを推定し(これがわかることでどれだけの素材が必要かがわかり、その購入者や所持者を追いやすくなる)できるかぎり事件を解決に導く。
しかし成功した爆弾事件はほんの一部で、大半の爆弾魔は最初の犠牲者が自分になってしまう。何しろ基本的に聞きかじった知識で爆弾を作るので、注意が圧倒的に足りないのだ。たとえば2018年、ウィスコンシン州に住む28歳のモローは、爆弾に使う中サイズの瓶13本に入ったTATP(過酸化アセトン)がキッチンに転がっていても気にせず(TATPは敏感なのですぐに反応してしまう)、混合火薬をコンロで調合しようとしたところ、本人も意図しないうちに爆弾作りに成功し、うっかり自爆してしまった。
自が吹き飛ぶだけならいいが、彼の作業場所には大量の爆薬が残っている可能性があり、その駆除には多大な危険が伴う。結局この時は残骸を除去することができずに、10日後に焼き払ったが、爆発物科学捜査班はこうした判断も下す必要がある。人を害するための爆弾ばかりではなく、ネズミを殺そうとして誤って爆発した爆弾など、想像以上に世の中には素人が作った爆弾が溢れて(そして暴発して)いるのだ。
世界中を飛び回り、知識を授ける
もう一つ重要な仕事が、国外からの支援要請に答えることだ。『どの国もいずれはそれぞれの9.11を経験する』(p.84)とは著者の弁だが、その言葉通りに、世界中で爆破テロは起こっている。著者はバリ島やモロッコまで世界中を飛び回っているが、まーとにかく恐ろしい事件ばかりだ。バリ島の2002年の爆破テロでは自動車爆弾が繁華街で爆発し外国人観光客が202名も死亡した。2003年、モロッコのカサブランカでは、14人の自爆テロリストが、5箇所の標的にたいして攻撃を仕掛けている。
著者らはそうした現場に赴き、できるかぎり爆弾がどのような種類のものかについての特定に協力する。モロッコの事件では自爆テロ犯たちの体から分離した頭をみることで、爆薬の量を推定し(頭部は特定の範囲の爆薬量では胴体についたままで、それ以上ではもげる傾向にあるので、今回は爆弾は9キロの範囲内と見積もられた)、事件に使われた爆弾の分析に協力する──のだが、ここが専門性の生きるところだ。
その時使われているTATPは先も書いたが過酸化アセトンで、アルカイダなどテロ実行犯が好んで使う。TATPは基本的でありふれた化学薬品であるアセトン、過酸化水素、酸を組み合わせることで容易に生成できるからなのだが、欠点がひとつある。非常に敏感で、機嫌を損ねやすいのだ。しかしそのことを知らないと押収したTATPを警察は気楽に扱っていて──と、そうした「知識がないと危険であることすらわからないもの」の取り扱いを伝えるのも、爆発物科学捜査班の仕事のひとつであるようだ。
首輪爆弾事件
本書中もっともドラマチックな事件は、2003年に起こった首輪爆弾事件だろう。犯行現場はアメリカ合衆国ペンシルベニア州のエリーで、ピザ配達人の男性ブライアン・ウェルズが銀行強盗を行った。しかし、彼は単に実行犯というわけではなかった。
彼の首には爆弾が取り付けられており、彼が所持しており、強盗時に窓口係に手渡したメモによると、彼自身も何者かによって銃で脅され、爆弾を首に取り付けられ、銀行強盗の指示を出されているというのだ。窓口係に渡されたメモには25万ドルの要求金額などが記載されていたが、首に爆弾のついた男が目の前にいる状況で悠長に4枚のメモを読めるはずもなく、窓口係は引き出しからあるだけ現金を犯人に手渡して、あとはさっさと警察に通報してしまった。そしてその後ウェルズは金を持って犯人のもとに帰るかと思いきや、近くの眼鏡店の駐車場に向かいそこで警察に逮捕された。
逮捕されたとはいえウェルズには爆弾がついているのである。その事実に気がついた警察は距離をとってウェルズを座らせて見守った。30分も経つと警告音がなり始め、数秒間続き、爆弾は爆発。ウェルズは即死した。
爆弾は爆破してしまったので現物は残っていないが、FBIが破片を集め、復元した限りでは芸術的な品だったようだ。ひとつひとつの部品が手作りで、一度動き出した時限爆弾は鍵を持っている人間以外には止められぬようになっていた。特定のピンを抜くことで、爆発を遅らせられる仕組みさえあった。しかも、ブービートラップ──容器の前面にはガラス窓があり、内部は二重構造になっていて、ガラス窓を割って中に手を入れようとしたら、爆発するようになっていたと思われる。
著者は爆弾の仕組みを解き明かしていくたびに、この人物は長年ものづくりに携わってきた人間で、どのような意図や動機を持っていたのか、その人間性の深い部分に近づいていく。数年にわたる調査のすえに事件は一定の決着をみたが、爆弾の制作者として最も可能性が高いとみられている人物は調査途中で癌で亡くなってしまい、その話を聞くことはもう叶わない。
おわりに
爆弾は弾けた瞬間から証拠が四方八方に飛んでいってバラバラになるから、その捜査官はカオスを相手にしているようなものだ。現実はCSIのようではなく、ひたすら泥にまみれている、というのも本書では何度も語られるところである。そのためすっきりしない事件の顛末も多いが、そこに「爆発」を相手どることの奥深さがあるともいえる。シンプルでわかりやすい物語に収束させないぞという覚悟の伝わる、良いノンフィクションだった。