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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

テンペスト/池上永一

ファンタジー

テンペスト  上 若夏の巻

テンペスト 上 若夏の巻

あらすじ

 時は十九世紀。主人公は容姿良し、頭脳良しの完璧超人真鶴。女の身では政治の表舞台に立てぬことを悔しがり、男装し、科挙より難しいと言われる科試に挑む。かくして、真鶴の男と女の間を揺れる二律背反の激動の人生が始まった。

感想──『真面目な世界観で馬鹿をやる』

 本書は琉球王国が、現在の沖縄県になるまでの歴史ファンタジーである。また多種多様なキャラクターが織りなす愛憎劇、恋愛劇でもある。池上永一の凄いところは(シャングリ・ラとこれしか読んでいないくせに)正直いっていくらでも挙げられる。だがあえて一つ挙げるとすれば世界観と物語の構築力。シャングリ・ラしかり、テンペストしかり、読み始めた後しばらくは見事な世界観にこれは真面目な小説なのだと騙されてしまう。とても土台がしっかりしていて、舞台設定は真面目なSF世界、歴史小説そのままなのに中身が言うならば非常に漫画的な、ぶっ飛んだキャラクター達だとは想像もできない。真面目な世界観で馬鹿をやる、そんなところが魅力的である。

 さて、本書の見どころのは琉球の歴史的側面を書いた、というところにある。今でこそ当たり前に日本の一部である沖縄県だが、その実明治維新の時までは一つの王国であったのだ。知識では当然知っていても、その知識が実感を伴うことは普通に生活していたらあまりないだろう。数多く物語化されている幕末の明治維新の時代にあって、何故か琉球に触れている作品はとんと聞こえてこない。その理由は琉球が持つ独特の文化故だろうと思われるが、本書ではかなりよく調べられている。よくこれほどまでに調べたものだ、と驚くと同時に、ファンタジー的な側面と全く見事に融合しているので二度驚く。本書の始まりなどは、空中にて龍が交尾をしまくる元で、主人公が生まれるという気が狂ったような状況から始まるのだ。『真面目な世界観で馬鹿をやる』そんな池上永一節全開であることは言うまでもない。

 池上永一の前作であるが、『シャングリ・ラ』では物語が破たんしているなどという言葉では言い表せないほどの狂気に満ちていた。人はゴミクズのように千切れ飛び、倫理感のかけらも感じられないキャラクター達が物語の中で跳梁跋扈している。それは非常に楽しいものだったが、また一方で物語自体が拡散し続けていてまとまっていないという欠点もあった。その点が『テンペスト』では解決されている。歴史という現実にある程度準拠して、SF的要素を少なめにし、キャラクターのイカレ具合をかなり落とすことによって物語の拡散をふせいでいる。そうはいってもこれだけの(分量的にも、作中で流れる時間的にも)物語だ。多少の破たんは見られるし、物語をエピローグに持っていくために強引なところも多々ある。物語が破たんを抑えられてしまっている点はシャングリ・ラが好きな読者には馬鹿げた表現が少なく気に喰わないだろうし、初めて池上永一に触れた人間には中途半端に突っ込み所が残る作品となっているかもしれない。Amazonのレビューなんかは本当にひどいもので、最も参考になったカスタマーレビューの上位三つが評価星1,2、1ってそんなに評価の低い作品じゃないですよ、本当に。

 ひとつだけ注意しておきたいのは、あまり倫理観などを池上永一に期待しない方がいいということです。平気でひどい描写を連発するので(たとえばレイプみたいな)そういうのが嫌いな人は読むのをやめた方がよろしいかと。以下ネタバレ

高い描写力?

 描写力というのかわからないけれど、池上永一の描写は過剰だ。美人だということを伝えるためにありとあらゆる手段を使って描写する。どう考えても過剰描写、行きすぎと言わざるを得ないのだがそこが面白い。シャングリ・ラでは過剰描写がどんどん物語を侵食していって、キャラクター性から何から何まで過剰になってしまったのだが今回はそういうことにはなっていない。ただ時たま思い出したようにひょっこり変態性が顔を出すことがあって、少し引用する。

 大親はこんなとき昆布になりたいと思う。憂いもなく、迷いもなく、喜びもあまりないかもしれないけど今の自分よりちょっとだけマシだ。何も考えず何も感じずただ波に揺れている。そんな昆布になりたい。
 大親がそんなことを考えているのも聞得大君はお見通しだ。
 「昆布になったらクーブイリチー(昆布炒め)にして食ってやるぞ」
 「いっそ食べてくださーい」

 いっそ食べてくださーいておま…。昆布になりたいとかも意味がわからないし、時たま狂気が混じり込むのが非常に面白い。他の狂気の例だと、思戸というキャラクターがいる。彼女が、何故か突然鶏のヒナを拾ってきて、かいがいしく世話をしている。しかしある日突然闘鶏場にて大切に育ててきた鶏が、闘鶏場最強の鶏と戦わせられるのだが勝利(理由はうまいもん食ってたから)。いったいこの話になんの意味があるんじゃ…? と思いながら話を追っていったら、突然鶏はチキンにして食われてしまっていた。などと意図のわからない話も多い。結局のところ、高い描写力というよりも、誰も考えつかなかったような比喩を使ってくる才能と言った方が正しいのかもしれない。

聞得大君の悲惨な人生

 隠された変態性の発露がこのキャラクターでもある。最初は主人公に敵対するただの嫌な奴という役柄だったのだが、後半に行くにつれ描写も増えてきてそれ以上に彼女には苦難が大量に降りかかる。正直いって主人公より聞得大君の方が悲惨な目にあっている。しかも全く報われる事はない。

 王宮で権威の限りを尽くしていて、霊力も並大抵のものではなかったのに主人公の罠にハメられて王宮を追い出される。身分を平民にまで落とされ、王宮に戻ろうと画策し、主人公に復讐を果たそうとするもバレて遊女にされる。散々男の相手をさせられたあと素朴な男と恋に落ち、幸せな余生が待っているかと思いきや、米国の男たちに輪姦され気が狂う。それでも男が根気強く世話をしてやると、奇跡的に意識が回復する。しかし男は聞得大君の借金を払うために遊郭に火をつけ斬首。最終的に自殺。む、むなしい…。単純に悪いやつではなく、義侠心はあるだけになお悲しい…。非常にフリーダムな性格で、何かあるとすぐに主義主張は曲げぬ! とかいうくせに本当にピンチになると主義主張は置いて逃げる、なぁーに、あとで取りにくればよい! などという豪快な女で非常に良かった。

ジェットコースターのような

 ジェットコースターのような物語とは池上永一の作品によく言われる評価である。苦難→脱出の繰り返しが非常に早いのがその要因なのは言うまでもない。基本的に完璧超人な主人公なので、弱点といえば女なのに男と偽っている点しかない。しかしそこが致命的で、何度も敵に知られ、それを盾にピンチに幾度となく襲われることになる。このピンチの連続…どこかで読んだ事があると思ったら、金庸笑傲江湖だった。本書を気にいったひとは、こっちも読んでみると楽しめると思う。『テンペスト』以上のジェットコースターが味わえる。